バラとスズラン、そして、墓場まで……
「ところで、さっそくなのですが、あなたは、大学の音楽サークルの先輩で、山下和彦という男性をご存じですか?」
と聞かれた袴田は、
「ええ、山内先輩でしょう? ええ、一年先輩なんですが、ベースがとてもうまくて、先輩がいてくれたおかげで、バンドがうまくいったと私は思っているんですよ。うちのバンドの顔だったと思っています」
と言った。
「ほう、それほど素晴らしいバンドマンだったんですね?」
という刑事に対して、
「バンドマンとしてだけではないですよ。先輩は後輩の面倒見がいいんです。面倒見がよくて、ベースの腕前もすごかったんですけど、リーダーにはなっていないんですよね」
と袴田がいうと、
「ん? それはどういうことですか?」
と、刑事が訊く。
「先輩は、少し悪いくせがあって、ファンの女の子とすぐに仲良くなってしまうところがあって、そのあたりがリーダーの資質に欠けると、実際にリーダーになった先輩が言っていました。私たちバンドマンは、実際に結構モテるので、ファンの女の子と仲良くなることは別に悪くはないんですが、一度に複数ということもあったようで、どうもそのことが問題だったようなんです」
と、袴田は答えた。
「実際に、袴田さんから見て、山内先輩はそういうタイプだったんですか?」
と刑事に聞かれた袴田は、
「ええ、そういうところはあったと思います。ただ、山内先輩は、体格もよくて、行動力もあり、りーだーの資質のあるくらいの人なので、肉食系の女性などは、女性の方から放っておかなかったと思うんです。だから、一度に複数というのは、よくはないとは思うんですが、先輩がまわりの女性を惹きつけて離さない魅力を持っていて。さらに、その魅力のとりこになった女性も、たぶん、自分以外に他にいるということを分かっていて。黙認していたのではないかと思うんです。ある意味、これが山内先輩の人徳のようなもので、私は、今でもリーダーは山内先輩でもよかったと思っています。もちろん、実際のリーダーも十分なリーダーとしての資質はあったと思うのですが、複数の女性と仲良くしていたという理由だけで、山内先輩のリーダーシップを否定するのは、何か違うのではないかと思うんですよね」
と言った。
「なるほど、そういうことですね。山内さんがどういう人なのかということは、私どもでもいろいろ調べて行こうと思いますが、今の袴田さんのご意見も参考にさせていただきます」
と刑事がいうと、
「ところで、先輩のことをお聞きに来られたんですか?」
と袴田がいうので、
「ああ、いえ、実はその山内さんが、ある事件の容疑者として、我々が身柄を拘束しているんですが、その中で、十日前のことなんですが、四月十五日の午後九時のことをお伺いしたいんです」
と刑事が言った。
「四月十五日の午後九時、というと、何曜日のことですかね?」
と袴田は聞いた。
過去のことを思い出そうとすると、日にちよりも曜日の方が記憶にある場合がある。日にちというよりも、曜日の方がルーティンという意味で、記憶をほじくり出すには好都合ではないだろうか。
刑事は、手帳をめくって、
「土曜日のことですね」
と言った。
平日であれば、どの曜日だったかなどというのは、仕事と絡めての記憶になるので、日々前に進んでいる仕事であったり、曜日ごとに仕事内容が違う内勤の仕事であったりしたとすれば、少し前のことでも記憶は曖昧かも知れないが、土日などの祝日であれば、ちょっと前のことであれば、ある程度は覚えているものだろう。十日くらい前であれば、そこまで記憶が薄れているとは思えないので、袴田としても、刑事に聞かれる前に答えようと、記憶を引き戻していた。
「ああ、そういえば、確かあの日、山内先輩と出会って、立ち話をしましたよ。正確な時間まではハッキリとは覚えていないですが、でも、私が仕事仲間と夕飯を食べて、軽く飲んでから別れた後だったので、九時前後だったような気がしますね」
と証言をした。
刑事とすれば、こちらが聞きもしないのに、向こうから答えるということがどういうことなのかを考えてみた。
ますは、山内の言う通り、二人は久しぶりの再会だったので、お互いに興奮状態にあったことで、鮮明に記憶にあったということが考えられる、一番オーソドックスな考えだが、違和感はない。
もう一つは、二人が示し合わせていたという考えだ。これも、違和感はない。山内が少しの間黙秘を使っていたのに、急に思い出したかのように、袴田の話を持ちだしたのにも、何か違和感があったような気がしたからだ。
大体は、この二つくらいの考えに落ち着くのだろうが、しかし、最初に袴田に会った時、何か必要以上に恐縮していたのが気になった。
刑事がいきなり訪問してくれば、ビックリしない方がおかしいだろうが、それにしても、まるで自分が疑われているかのようなあの恐縮ぶりは、刑事の勘として、違和感があったのも事実である。
しかも、袴田は、刑事と話をしているうちに、どんどん顔色がよくなってきて、饒舌にもなってきた。このままであれば、こちらが聞きたいことをすべて向こう主導で話してくれるのではないかと思うほど、人見知りなどをするタイプではないように見えたのであった。
刑事は、袴田の話を訊いて、
「そうですか。場所はどこだったんdすか?」
と刑事は聞いた。
「あれは、駅近くの歩道橋を降りてきたところだったと思います。私が普通に歩いていると、後ろから声を掛けられたんですよ。ちょうど歩道橋の降り口と重なるところを通り過ぎてからすぐのことだったので、きっと、山内さんは、歩道橋から降りてきたんだと思います」
と袴田は言った。
この話は、山内の話とも合致している。話の内容も山内が話したこととほぼ変わりはなく、袴田氏自身の結婚の報告をしたという。
「その時、袴田さんが何か煮え切らないような表情をされたと伺ったんですが?」
と言われた袴田は、
「ええ、実は先輩の悪い癖を思い出して、自分が結婚するなどというと、先輩のことを皮肉ったかのように思われたのではないかと思ったんです。先輩がおめでとうと言ってくれたんですが、その言葉に何か重みを感じたんです。その時に大学時代の先輩を思い出して、思わず恐縮してしまったというわけです」
と、袴田は言ったが、それも一理あると刑事は、袴田が山内の前で取った態度に抱いていた違和感が払拭できた気がした。
ジレンマ
「袴田さんは、山内さんとは大学時代は結構仲が良かったと思うのですが、卒業すると、疎遠になったりするものなんですか?」
と言われた袴田は、
作品名:バラとスズラン、そして、墓場まで…… 作家名:森本晃次