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バラとスズラン、そして、墓場まで……

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 しかし、次のもう一枚を見せると、明らかに焦りの色が顔に浮かび、震えているように見えた。その写真というのは、この男がこの店に立ち寄った写真が写っているからだった。
「これを見ると、さすがにビビっているようですね」
 と刑事がいうと、
「どういうことですか? この写真が何を意味しているというんですか?」
 と分かっているはずなのに、訊いてきた。
「お分かりではないかな? この二人はまったく同じ服を着ているんだよ。しかも、コンビニの日時は、もう一枚の逃げていく犯人を写した写真の一時間前なんだ。これは、君がコンビニで時間つぶしをして、それから犯行に及んだんだが、留守だと思ったところに人がいたので、思わず殴ってしまった。だが、人が物音に気付いて駆けつけてきたので、君はとるものも取りあえず、その場から逃げ出したんだよね?」
 と言われて、さらに、反射的に背筋が伸びたのだった。
 男は喉がカラカラになっているようで、ゴロゴロと喉が鳴っているかのようだった。刑事は、この男が少し落ち着くまで、待っていた。もう、この男は袋のネズミで、ゆっくりと事情聴取を進めていけば、すぐに堕ちるだろうと思っていた。だが、実際にはそんなにうまくいかず。この男は、警察に引っ張られてから、ずっと黙秘を貫いた。とりあえず、指紋照合が行われたが、犯行現場の指紋と、この男の指紋が一致したことで、拘留を伸ばすことができそうであったが、男は一切何も言おうとしなかった。
 指紋は、以前、被害者の家に営業で行った時、ついたのではないかというくらいの証言しか得られなかった。そのうちに、
「あっ、思い出した。あの日、友達に会ったんだった」
 と言い出した。拘留三日目のことだった。
 それを聞いた刑事は、
「友達に? それは本当か?」
 と男が思い出した時に、それまで見せたこともない笑顔を見せたので。その友達の証言がこの男にとってミラクルなものになるという予感があった。
 それは逆に自分たちにとって大きな落ち度になりかねない。物証がこれだけ揃っていて、起訴するには十分なくらいのものであるが、この男が自白をしないために、ここまで引っ張ってきたことが、苦々しい思いだったのに、さらに、ここで、この男にミラクルなど決められてしまうと、一気に立場は逆転する。
 だが、考えてみれば、指紋や防犯カメラなどの動かぬ証拠をつきつけられ、さらに取り調べで、自白を強要されれば、普通なら簡単に白状しそうなものなのに、この男は思い出すまで必死に耐えていた。
 本当に彼がやっていないということで、何か大逆転になることを必死で思い出そうとしていたのか、容疑者の気持ちが刑事には分からなかった。
「友達というのは誰なんですか?」
 と聞かれた男は。
「最近、あまり会っていなかったんですが、大学時代の後輩で、名前を袴田と言います。最後に会ったのは、五年くらい前でしたか、同じサークルだったので、サークルのOB会のようなもので会いました」
 というと、
「今になって思い出したということは、待ち合わせて会ったわけではなく、偶然道でバッタリと会ったという感じになるのかな?」
 と刑事に言われて、
「ええ、そういうことです」
「そのサークルというのは、どんなサークルなんだい?」
「音楽サークルで、楽団を組んでいました。私がベースで、袴田がボーカルとギターをやっていました」
 と容姿者がいうと、
「その袴田という男は、今どこにいるんだい?」
 と刑事に聞かれたが、
「どこにいるかは、ハッキリとは知りません。でも、K大学出身の、三十一歳で、音楽サークルに所属していた袴田正幸ということで調べていただけでば、調べられるんじゃないですか?」
 と言われた刑事は、
「よし、それはこっちで捜査する。ところでその時、お前はその袴田氏とは、何を話したんだ?」
 と言われた容疑者は、
「道で出会っての立ち話程度だったので、大した話はしていないと思いますが、確か、やつは、もうすぐ、結婚するような話をしていたな。でも、私はおめでとうというと、口ではありがとうと言っていたが、何か苦虫を噛み潰したかのような表情をしていたので。あまり乗り気ではないのかなと思いました」
 というのを聞いて、
「それは妙ですね? 自分から袴田氏はその話をし始めたんでしょう?」
 と刑事が訊くと、
「ええ、そうです。久しぶりに会った相手に、いきなり結婚の話をするわけもないし、結婚の話は彼がボソッと言ったんですが、最初から嬉しそうではなかったですね」
 というのだが、
「じゃあ、一体どうして、あなたに結婚のことを言ったんでしょうね?」
「そこはよく分かりませんが、ひょっとすると、時間があれば、何か聞いてほしかったのかも知れないですね。あの日、彼はゆっくりと話をする時間はないと言っていましたからね」
 と、容疑者は言った。
 この時点で、立場は逆転してしまったかのようだった。容疑者はすっかり余裕を取り戻し、その日のことを少しずつ思い出してきたのか、それまでの黙秘がまるでウソのように、行動を時系列に沿って思い出しながら話をしていた。
 この男がいうには、犯行時刻にはちょうど、袴田と会って話をしていたという。その時間はだいたい十五分程度ではなかったかという。彼が別れたというその場所からであれば、犯行現場の被害者の家までは、三十分はかかるだろう。そうなると彼が別れたと証言する時間には、すでに犯行が行われていて、警察に通報された時間、あるいは、証拠となった防犯カメラの映像の時間も辻褄が合っているので、すべての決め手は、容疑者の証言の真意がものを言うようだった。
 警察は、その袴田という男の捜索をさっそく始めた。
 容疑者がいうように、容疑者が証言した情報だけで、袴田という男の居場所は、、すぐに発見することができた。彼がいうように、K大学音楽サークル出身の袴田正幸という男性のことはすぐに分かった。
「強盗傷害事件の捜査だ」
 というと、大学側も情報を開示してくれて、袴田の就職先に連絡を取ってもらい、袴田に証言してもらえるように取り計らってもらった。
 袴田とは、彼の会社の近くの喫茶店で会うことにした。刑事が待ち合わせの喫茶店に行くと、袴田はすでに来ていて、奥のテーブルで、神妙にしていた。
「あなたが、袴田正幸さんですか?」
 と言って、刑事が警察手帳を提示した。
 袴田は、
――テレビドラマでよく見るシーンだ――
 と感じたが、どうにも目の前に刑事が鎮座していると思うと、どうしても、委縮してしまうようだった。
 実際に、委縮しているように見えて、恐縮している袴田は、まるで自分が容疑者ではないかと思うほどであった。
 少し間があったが、やっと袴田は、
「ええ、私が袴田正幸です」
 と短く答えた。
 袴田という男は、実に気が弱そうな感じだった。顔は端正な顔立ちであるが、どうにも男らしさには欠けているようで、その分、女性が放っておけないタイプに見えて、
――意外とモテるんじゃないか?
 と刑事に思わせるほどだった。
 体格は華奢で、男性が強く抱きしめると、骨が折れてしまうのではないかと思うほど、であった。