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バラとスズラン、そして、墓場まで……

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「でも、それだったら、その時点で起訴すればいいだけなんじゃないの? それだけの証拠があれば、規則来はできるのでは?」
 といちかがいうと、
「でも、やはり万全を期するのであれば、犯人が自白することが大切だと思うのよ。だって、これだけの動かぬ証拠があれば、普通に犯人であれば、観念して白状し、後は弁護士に相談して、いかに無罪を勝ち取るか、それができないとしても、情状酌量であったり、減刑を勝ち取ろうとするんじゃないかしら? 執行猶予とかね。それを考えると、犯罪が中途半端な気がするのよ。強盗傷害と言っても、未遂でしょう? 普通であれば、執行猶予が十分につきそうな話なのに、簡単に白状しないというのは、何かそこに意味があるのではないかと思うんだけど、私の考えすぎなのかしらね?」
 とゆいは言って、ゆい自身が考え込んでいるようだ。
 そこまで来ると、いちかの方も、それ以上何も言えない感じがした。黙って傍観していた刑事も、何か突っ込もうと最初は思っていたが、次第にその気も薄れてきていた。なぜなら、それだけゆいの意見は理路整然としていて、それ以上、何を言っていいのか分からなくなっていた。
 ただ一つ言えることは、ゆいの想像、いや妄想は、刑事が漠然と考えていたことの、その先を考えているようで、話を訊きながら、まだ、ボンヤリとした部分に、いかにして光を当てるかということが重要なのだと考えるのだった。

               ゆいの推理

「さっき、ここで、いちかとですね。逆バーナム効果というのを教えてもらったんですよ」
 とゆいが言った。
「逆バーナム効果というのは?」
「バーナム効果というのはご存じですか?」
「聞いたことはあるけど、具体的には」
 と刑事がいうので、いちかが、もう一度説明した。
「バーナム効果というのは、当たり前のことを、あたかもその人にしか当てはまらないことのように話して、自分を信用させるという、一種の洗脳です。逆というのは、こっちが相手に対して容赦なく加える攻撃をいかに交わすか、あるいは、受け止めるかと考えた時に、人が自分と同じ考えであることがどれだけ安心かと思うはずなんですよ。だから、誰にでも当てはまるようなことを口走ってしまうのですが、その中で生まれた安心感から、気持ちに余裕が生まれてきて、その余裕が油断となって、うっかり本音を言葉に出してしまう。そこにこそ真実があるのではないかと思うんですよ。相手の本心を引き出すための方法として使うバーナム効果なので、私は、逆バーナムだと思っているんですよね」
 というと、
「なるほどですね。これは、私たち刑事が容疑者を自白させるために用いる方法の中にもあることですね。ただ、明文化することも難しく、人によって、微妙に違っていることから、マニュアルとしては存在しないんですよ。でも、刑事としての経験が、次第に育まれていくうちに、この逆バーナムという発想が生まれてきたのは。間違いのないことなんです」
 と、いうではないか。
「警察の取り調べを受けたことがないので。ハッキリとは言えないんですが、たぶん、相手との話の中で強弱をつけたり。相手が話しやすい状況を生んだり、時には、恫喝することで、相手を不安にさせたりするんでしょうね。一種のマインドコントロールですよね。特に、相手は、何とかごまかそうとすると、心情として、ウソをつく時の特徴に入ることがある。よく言われるじゃないですか。木を隠すなら森の中ってですね。それと同じで、人はウソをつかなければいけない時というのは、えてして、カモフラージュを考えるものなんです。それは、きっと自分に自信がないからなんでしょうね。それは無理もないことかも知れません。どんな人間であっても、警察に捕まって、朝から晩まで自由を奪われて、事件のことを言われ続ければ、次第に感覚がマヒしてきて、気の弱い人であれば、やってもいないことを白状することもある。いわゆる冤罪ですよね。でも、今の世の中というのは、実際に冤罪も多いし、それが分かると、ネットで拡散されてしまう。そうなると、刑事も昔のような恫喝での自白教養はできないですよね。かしこい弁護士に当たれば、依頼人に対して、わざと白状させ、白状という決定的な証拠を持っているので、ロクに裏付けも取らずに起訴して、裁判に入ると、警察に自白を強要されたなどと言って、どんでん返しをすることになる。特に冤罪が問題になっている時代なので、世間は警察に対して、厳しい目で見る。特に昔の刑事ドラマのように、ライトを目の前に充てたり、胸倉を掴んで恫喝の自白強要などを見せられると、世間は黙ってはいないですよね。そうなってしまうと、容疑者側が強くなります。弁護士というのは、言い方は悪いですが、弁護人が犯人だということが分かっていても、何としてでも、無罪、もしくは、情状酌量を得ようと動きます。その理由は、弁護士の仕事が勧善懲悪ではなく、依頼人の利益を守ることですからね。いくら凶悪犯であっても、弁護士は仕事上、容疑者を助ける義務があるということになるんですよね」
 と少し本筋から逸れたようだが、ゆいの話が次第に事件の核心部分に入ってきているのではないかと、刑事もいちかも感じていた。
「松本さんのおっしゃる通りなんですよね、今までにも何度もありました。容疑者が自白した瞬間に起訴したんですが、法廷で容疑者が自白を否定し、それは警察側の陰謀だなどと言い出したこともありました。そうなってくると、冤罪という言葉が頭をもたげてくるので、裁判官も少し、及び腰になってくるんですよね」
 と刑事は言った。
「だからと言って、真犯人が無罪になるなどありえないですよね。被害者の家族からすれば、その心情は計り知れない。とにかく、理由が何であれ、犯罪というのは、悲劇しか生まないんですよ。裁判は犯人に制裁を加えるだけではなく、少しでもまわりの不幸になりかけている人を救うようなものでなければいけない。なぜなら、裁判で決定したことが、この件の最終判断なのですからね」
 と、言ったのはいちかだった。
「そこで、私は、この暗号が、この犯人を無罪にしないようにしてほしいという被害者側からの暗示のようなものではないかと思ったんです。さっき、ちょっとスマホで調べてみたんですけど、スズランは五月の誕生花で、バラは六月お誕生花なんですよ。ひょっとすると、誕生日と犯人側で何かあるのではないかとも感じたんですね。そして、私が知っている限り、袴田さんは誕生日が六月なんですよ」
 とゆいは言った。
「確か、山内は五月だったと思います。ということは、この二人がやっぱり今回の事件に何か関係があるということなのかな?」
 と刑事が言うと、
「私は、よく分からないままに、実はここに来るまでに、バラとスズランについて調べてみたんですよ。ネットで公開されている程度のことですけどね、バラには、さっきいちかさんとも話をしたんですが、どうやら、男色という意味の隠語だということを聞きました。ひょっとすると、犯人が男色だったのかな? とも思ったんです」
 とゆいがいうと、