バラとスズラン、そして、墓場まで……
「こうでもしないと勝ち目はない」
というシナリオを多大な犠牲があったことに目を瞑ると、勝ち目の通りになったのだから、これも一種の、
「神風が吹いた」
と言えるのではないだろうか。
元々は、鎌倉時代の、モンゴル帝国が日本侵略計画の中、台風と言われる神風で、相手が全滅したという言い伝えからきているのだろうが、まさにいつわりではあないと言えるのではないだろうか。
ゆいも、いちかも二人とも歴史が好きで、一度嵌ってしまうと、夜も寝ないで話をするくらいのことは今に始まったことではなかった。最初、そんなに仲がよかったというわけではない二人の距離が一気に縮まったのは、お互いに歴史の話を相手ができるということに気づいたからだった。
「ゆいは、そういう歴史の話ができる相手というのは、私だけなの?」
と聞くと、
「いいえ、他にもいるわ。その人も女性なんだけどね」
と言った。
「ところで、あなたは今お付き合いしている人がいるようなことを言っていたけど、その人は、浮気をしているとかいうのはあるの?」
と訊かれて、
「それが分からないのよ、デートの時も彼が主導権を握っていて、私は何もすることがないのよ。だからせめてお弁当を作ったりとか、そういう感じかしらね。昔でいう、男の仕事と女の仕事というところに、厳格な線のようなものを設けているような感じなのよ」
とゆいがいうと、
「じゃあ、その人は完全に、自分が仕切っているという感じなのかしら? いわゆる結婚すれば、亭主関白になるような感じなのね」
と、いちかが聞いた。
「そうね、女はあまり口出すなという方なのかも知れない。だから、少しでも気の強い女性であれば、きっとついていけないんじゃないかって思うのうp」
とゆいが言ったが、それを聞いていちかは、少し意外だった。
――何言ってるのよ。あなたは十分に気が強い女よ。でもそれなのに、ついていっているということは、ゆいには何かの力が働いているのかも知れないわね――
と考えていた。
ということは、気が強いゆいのその性格を分かっていて、逆に利用して、彼女が自分のことを従順だと思わせるように仕向けたとすれば、この男はかなりのものだ、
計算高いというか、女性の心を操るのが天才的だと言えるのではないだろうか。
そういう男であれば、他に女がいても、ゆいに、そのことを悟らせないようにするくらいのことは簡単ではないだろうか。例えば、自分に対して別の意味での疑惑を持たせるとかである。それは他に女がいるというほど大げさなものではないが、少しずつでも気になっていることが自分の中で、どんどん膨らんでくれば、それを抑えようとすることで、他のことは考えないようになる。特にゆいのように、何か一つのことに集中すると、他のことが見えなくなるような女性には効果的ではないだろうか。
主導権を握っていると、男は気が大きくなって、女の心境の変化であったり、自分が掌握しているので、その女に知り得るはずのないことであっても、知ることになるということに、往々にして気付かないものだ。
「それにしても、バラというのは、私が考える二、男色しか考えられないのよね。それを何が目的でその男があなたに何を教えようとしているのか? 付き合っている男が、男色とでもいいたいのかしらね?」
といちかはいった。
「彼を見ている限りではそんな素振りはないわ。セックスも普通だし、嫌がっている様子もない、そもそも、嫌がっていたら、私と付き合ったりはしないと思うの」
というと、
「でも、男というのは多少なりとも、変態的なところがあってしかるべきだと思うのよ。私の経験からのことで恐縮なんだけど、そのあたりもお互いに曝け出して、一皮むけないと、結局はうまくいかないものだと思うのよ。失礼ないい方だけど、男色の人って、男色のカモフラージュで結婚するっていうじゃない。それに、女性が苦手だから、男色に走るというわけでなければ、両刀なんじゃないかって思うの。だけど、普通の女性だったら、男色ということがバレてしまう。それが怖くて、この人んあら騙せると思った人と付き合っているとすれば、理屈としては分かる気がするわ」
といちかは言ってのけた。
「ということは、私が相手の本性を見抜けないほどの女だということになるの?」
と訝し気にゆいは言った。
「あなたが、いい悪いというのではなくて、その男にとって、ゆいが都合のいい女ではないかということを言っているのよ」
と、まで言われると、さすがにゆいも、
「どうしてそこまで言われなければいけないの」
と少し興奮気味になっている。
そこをすかさず、いちかは、
「じゃあ、ゆいは、その人のどこが好きだと思っているの?」
と訊かれて、考えてみた。
――あれ?
さっきまでであれば、もし、この質問をされたら、どう答えるかという答えを用意していたはずであった。
それなのに、今の状態でこの質問をされると、何と答えていいのか分からなくなってしまっていた。
――どこが好きって、優しいところだわ――
と思い、
「優しいところ」
と答えると、
「うん、優しい。それから?」
「いつも、自分に自信を持っていて、間違ったことはいっていないこと」
という。
「なるほどね。あなたは、今私の質問に、どう答えていいのか分からない状態になったのよね。たぶん、私が彼の悪口を言うまでは答えを用意していたと思うの。だって、私はさっき、恥ずかしげもなく、赤裸々な話をしたでしょう? それを聞いて、あなたの中で、なるほどと思いながら、きっと彼との比較をしたはずなのよ。その時に出てきたことが、たぶん、彼を好きになった理由だと思うんだけど、私がマイナスな思考ばかりを植え付けたおかげで、あなたは分からなくなってしまった。私もそれは分かっていたわ。だから、今の状態も感情も分かっていないあなたに、直接攻撃をしたらどうなるかということを考えたの。すると、私の思った通りの答えが返ってきたことで、私は確信を得たわ」
と言われて、ゆいは、まるで白洲の上でござを引かれて、後ろ手に縛られた状態で、役人に左右から首を棒で抑えられた、奉行所の吟味を受けているような感覚に陥っていたのだ。
「確信ってどういうことなの?」
と聞くと、
「「ゆいは、バーナム効果というのを聞いたことがあるかしら?」
というではないか?
「バーナム効果?」
「ええ、これは、一種の洗脳、つまりマインドコントロールの一種なんだけど、この場合はちょっと逆の状態なので、逆バーナムとでもいえばいいかしら?」
と言って、微妙にいちかの表情が歪んだが、その顔には、いかにもしてやったりの表情が浮かんでいた。
「バーナム効果というのは、一体どういうものなの?」
と聞かれたいちかは、
「バーナム効果というのは、星占いなど個人の性格が判断すかのような準部行動がともないことで、誰にでも該当するような曖昧で一般的な性格をあらわす奇術を、自分、もしくは自分が属する特定の特徴をもつ団体だけに当て嵌める性格だと捉えてしまう心理学の現象なのよ」
と、スマホで検索した内容を読み上げた。
作品名:バラとスズラン、そして、墓場まで…… 作家名:森本晃次