バラとスズラン、そして、墓場まで……
「自分が、男色だという情報は間違っているというのよ。でも、変態に関舌は否定しなかった。ただ、自分を信じてほしいというだけだったわ」
といういちかに対して、
「それでも、結婚をやめようとは思わなかったということね?」
「ええ、その通りよ。だって、元々、結婚なんて、分からないものじゃない。昔は成田離婚なんて言葉が流行ったくらいだからね。要するに、それは、結婚してから、今まで見えていなかった部分が見えてくるからだということ。逆に言えば、結婚するまでは、相手のいい部分しか見ようとしていないということと、相手も、嫌われないように見せたくない部分は見せないようにしているでしょう? 結婚前は、これだけ付き合ってきたのだから、相手のことはすべて分かるなんて自惚れているから、結局何も知らないのに、知っているかのように自信満々で結婚してしまうと、本当は相手を見誤っていたことに気づいても、それはすでに後の祭りというわけね」
といちかは言った。
「なるほど、それは何となく分かる気がするわ」
とゆいは、相槌を打ったが、いちかは、どこまでゆいが分かっているのかということにはまったく触れることもなく、
「結婚してからの生活は、二人にしか分からない。少しずつ、この人は自分の感じていた人とはどこか違っていると気付くと、それが、小さな穴となって、次第にどんどん広がっていく。それが自分でも分かってきて、広がりが大きくなるのに比例して、自分でもどうすることもできなくなってしまうのよ。しかも、新婚なのに、そんな感覚を持ってしまった自分が悪いのか、今まで隠してきた相手に対する不信感なのかなのよね。でも、自分がそう思っているということは、相手も同じように思っているかも知れないということを分かっていないと、不公平な感じがしてくるのよ。夫婦って、何でも分かち合うものだって勝手に思っている人がいるでしょう? そういう人にはきっと、その間はたまらないと思うし、そういう人に限って自分のことしか考えていないのよね。自分と同じように、相手も悩んでいるかも知れないなんて、決して感じることはないのよ」
というのだった。
「お互いにすれ違ってしまうということかしら?」
とゆいがいうと、
「そうね、目と目で話ができるくらいの至近距離で見つめ合っているような関係を、どちらからともなく目線を逸らすような感じになり、前に向いて歩いていって、相手を通り越してしまうと、どちらかが、振り返らない限り、二度と会うことはない。それが何を意味しているかというと、結局、お互いに自分のことしか考えていなかったとすると、そこでもう終わりだということ。そして、どちらかが振り返って、相手の後ろ姿に視線を向けた時、相手がそれに気づいてくれるかくれないか、それによって、将来も決まってくる。結婚した時というのは、将棋でいえば、一番最初に並べたあの状態なのよね。結婚生活というのは、一つ一つ駒を進めていくのと同じ、最初にすれ違った場合というのは、お互いにそのことを分かっていないということなんだって思うの。将棋で一番隙のない布陣というのが、一番最初に並べたあの形なんだからね」
というではないか。
「じゃあ、いちかも、その時に振り返ったの?」
「うん、でも、そもそもすれ違ってもいなかったのよ。最初に見つめ合った視線を最初に切ったのは私だったんだけど、顔を逸らしながら歩いて行こうとすると、彼が私の前にたち塞がって、抱きしめてくれたの。それが、彼の私への抱擁であり、愛情だったのよ」
と、訊いているだけで、こっちまで顔が真っ赤になってきそうだった。
「ごちそうさま」
と言ってニッコリと笑うと、
「だからね。私も今は、SMのプレイに実は夢中なの。こんなこというと恥ずかしいんだけどね。でも分かったの。私が婚約中に変な女から彼の性癖を聞かされてショックを受けている時、彼も私の様子を見て、何かおかしいと思ったんでしょうね? きっと婚約を解消されるんじゃないかって思ったかも知れないわ。でも、彼の性格から言って、まず私が何も行動を起こす前から自分が気になっているからということで、気持ちを言ってくる人ではないということをね。実際に、彼は自分の意識をしっかりと持って、私を見てくれた。後で聞くと、自分も私が何かに悩んでいることは分かっていたけど、どうすることもできないと思ったので、何も言わなかったというの。私がね、だったら、私が婚約解消を言い出せばどうだった? と聞くと、最終的にはしたがったと思うって言ったのよ。もし、自分が必死になって止めに入ると、却って相手の気持ちを意固地にするかも知れない。少なくとも相手を疑って、信じたいと思っているのを超えてからの気持ちだからってね。彼がいうには、女性というものは、最初は必死になって我慢するけど、我慢の限界を超えると、何を言っても逆効果になる。つまり、女が別れに関して口にし始めると、もう後戻りができないところまで覚悟をしてから当たってくるから、男にはどうすることもできないんじゃないかって思っていたのよ。私は確かにその通りだと思った。彼の言う通りであって、それ以上何も言えないと思ったの。それが私の持った疑いに対しての彼の気持ちの上での答えであり、そして、SMプレイが、身体に対しての答えだったのよ。彼は、精神面でも肉体面でも、私に対して、十分なくらいに接してくれていると、そう思った時、別れるなんてありえないと思うのが普通なんじゃないかしら? 今まで知っていると思ったことを、ある程度リセットして、彼は新婚というものをしっかり見つめて、私に不要な不安感を抱かせないようにしようと、考えてくれたのだと思うと、本当に感激だったのよ」
というのだった。
「本当にすごいわね。私はそんな感覚を持ったことがなかったわ」
とゆいがいうと、
「それはそうでしょうね。婚約している時に、新婚生活がまったく分からないのと同じで、結婚も婚約のしていない人が、この話を訊いたとしても、なるほどとは思うかも知れないけど、理解まではできないと思うの。だって、もし、異性とお付き合いをしているとしても、その付き合いがどれくらいのものなのかって、普通は分からないでしょう? ちゃんと相手のことを考えているのか、自分で勝手に想像が妄想を膨らませて、勝手にお花畑を広げているだけなのかも知れないしね。でもお付き合いをしている間はそれでいいの。逆のそれが特権とでもいうんじゃないかと思うのよ。交際期間というのは、その期間にしか味わうことのできないものもあって、その人にしか分からないことがある。それをどう過ごしていくか、そして、愛をどのような形で育んでいくかは自由なのよ。そこで性格が違うといって別れるのは、別に問題はない。むしろ、もっと深い関係になって別れるとなると、いろいろとややこしくなるのは当然のことよね? それを分かっての男女交際ではないと思うんだけど、本当は一番楽しい時期なのかも知れないわね。何と言っても、どっちにも転べるんだからね」
と言われたゆいは、
作品名:バラとスズラン、そして、墓場まで…… 作家名:森本晃次