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バラとスズラン、そして、墓場まで……

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 歩いているうちに、その放射線状になった影が、自分の足を中心にぐるぐる回って見えてくるのだ。
 そのまわり方によって、大きくなったり小さくなったりと、急に自分の影なのに、それを分かっていながら、怖がってしまうのであった。
 自分の影なのに、自分以外の影も感じるようになってくると、どんどんと怖くなってきた。だが、それはこの場所を恐怖に感じるからという錯覚ではなく、本当に彼女を追いかけてくる人がいたようだ。
 そういうのが二、三日感じられるようになって、いよいよ錯覚ではないと思った時、彼女は思い切って、交番に駆け込んだ。
「どうしたんだい?」
 と言って、中年の警官g声を掛けてくれた。
「はあはあ」
 と、最初は何も言えずに呼吸を整えていると、警官も察してくれて、彼女が落ち着くのを黙って見ていてくれたのだ。
 その時感じたのが、
「学校の先生の一人でもいいから、これくらいの気を遣ってくれる人がいれば、それでよかったのに」
 と思うのだった。
 彼女は呼吸が落ち着いてくると、
「塾からの帰り道なんですけど、最近、誰かにつけられているような気がして怖いんです」
 と言った。
「最近、怪しい人もいるようなので、私たちも警戒を強めているんだけど、君はいつも同じ時間に帰宅するのかい?」
 と聞かれたので、
「塾の帰りはいつも同じ時間のバスです。だから、十時前くらいに近くのバス停につくんですよ」
 というと、
「じゃあ、そのくらいの時間に、なるべくその通りを警戒しておくようにすると、そういう輩は、誰か一人をターゲットにしているという人もいるけど、自分の行動パターンに合わせる形で相手よりも時間と場所というやつもいるので、何とも言えないんだけど、少なくとも、その時間に君の警護になるような時間を知っておくと、パトロールの強化にもなるからね」
 と言った。
「どちらのパターンが多いんですか?」
 と訊かれて、
「それはよく分からないんだけど、君は、毎日この時間なのかい?」
 と聞かれたが、
「いいえ、塾がある時だけなので、週に二階だけですね」
 というと、警官は、
「じゃあ、分かりやすいかも知れない。もし君が乗っていない曜日はすでに分かっているだろうから、君がいない時に、そういう怪しいやつがいれば、その男は君がターゲットではなく、その時間のその場所で誰でもいいということになるよね?」
 と言われた、
「確かにそうですね。もし、私をターゲットにしていて、その男が捕まると、私が逆恨みされる可能性はあると思うんだけど、私がターゲットでなければ、誰が通報したのかって分からないだろうから、少しは安心な気がするんですよね。やっぱり逆恨みって怖いじゃないですか。だから、怖い目に遭ったとしても、本当に通報しようと思う人は少ないと思うんですよ。それに相談に来ておいて、こう言っては失礼ですけど、警察がどこまで信用できるかというのは、一般市民からすれば、非常に意識するものですよね。犯人逮捕に協力したおかげで、自分がひどい目に遭うとかいうのは、本末転倒も甚だしいと言えるのではないしょうか?」
 と彼女は言った、
 その時は、それから怪しい男は現れることはなかったので、気のせいだったのかとも思ったし、
「警官が警備してくれているから、犯罪を未然に防げたのかも知れない」
 とも感じた。
 そもそも警察は検挙率を挙げるよりも、犯罪をいかに未然に防ぐことができたかということの方が重要である。
 ただ、犯人も捕まったわけではないので、不安が消えることはなかった。
「もし、あの男がまた私をターゲットにして狙ってきたらどうしよう?」
 と感じた。
 彼女が自分から交番に駆け込んだことで、犯行を起こしにくくなった。捕まることは怖いが、それ以上に精神的なストレスをどうしていいのかも問題である。
 彼女はそんな状況が、自分にとっての、
「負のスパイラル」
 ということを感じていたのだ。
 そのようなことを考えるようになった。
 その時はそれ以降何もなかったのでよかったのだが、今回は、実際の問題なので、交番ではなく、直接警察署にやってきたのだ。
 ちょうど、以前交番で話をした時、警官が、
「こちらから、K警察署の生活安全課の方に連絡は入れておきます」
 と言っていたのを聞いていたので、ストーカー被害などは、生活安全課であるということはわかっていた。
 警察署というところは、刑事課のイメージもあったが、刑事課のようにいつも事件で大変なところもあれば、総務部や広報課のような、切羽詰まったところでもない部署もあるので、一概に警察官が怖いものだということはいえないとは思っていた。
 刑事課というのは、刑事ドラマなどでしか見たことがないが、なるべくなら行きたくはないと思っている。
 ただ、生活安全課という部署は、言葉だけではどういうものを扱うのか分かりにくいので、一応下調べをしてきた。
 どうやら、「保安」と「防犯」の全般を担っているところのようで、少年犯罪、経済環境事犯、サイバー犯罪などを扱っているということである。もちろん、都道府県によって、その組織体系は違っているようだが、特に東京警視庁ではストーカー犯罪は、生活安全総務課というところで行っているということだ。そこには、家族への暴力、虐待と言った、ドメスティックバイオレンスも含まれているようで、同じ総務課の中には、女性安全対策室ということで、通称「さくらポリス」と呼ばれている部署もあるようで、かなりの広範囲に及んでいるようである。
「ところで、お嬢さんは、どういう用件で来られたんですかな? 私たち生活安全課というのは、結構幅の広い犯罪を扱っているので、まずそのあたりから伺いましょうか?」
 と、老練っぽい刑事に言われた。
 中年の刑事に見えたが、どうも、初老に近い雰囲気があり、おっとりしたその雰囲気は、気軽に話をできそうであるが、見た目頼りになるのかどうか、そのあたりが気になるところであった。
「実は、私、ストーカー被害に遭っているんです」
「ほう、それはどういう程度ですかな?」
「私は一人暮らしをしているんですが、マンションというよりもコーポのようなところなので、当然オートロックでもないんですが、ピンポンダッシュのような感じで、ブザーを鳴らすので出てみると、そこには誰もいないんですよ。最初は昼間で、数日に一度くらいだったんですが、そのうちに時間がどんどん遅くなっていって、真夜中などに、毎日のようにブザーが鳴って起こされるんです。この間は、バラの鉢植えが置かれていたりしたんです。その次はスズランでした」
 と彼女は言って、一つ溜息をついた。
「バラと、スズランですか……」
 と刑事がいうので、
「それが何か意味でもあるんですか?」