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高値の女王様

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 もう一つは、甘い匂いの香水は、よく母親がしていたからである。バラの香りの香水を好んでいていて、ひなたが小学生の頃の参観日であったり、家庭訪問の時は必ずバラの香りだった。表に出かける時もバラの香りが多く、それ以外の時も甘い香りが多かった。
 その頃はただ、バラの香りが嫌いだった。なぜ嫌いなのか理由が分からなかった。汗の匂いと混ざっているということを理解できなかったので、単純に、バラの香水は母親の匂いで、近くに行くと、嫌な匂いがするという意識だけだったのだ。
 これは、実際には気づきにくいものなのだが、人にとっての悪臭は、発生源となっている人には気づきにくいものだ。何しろ自分が発散させているのだから、分かりにくいのも当然である。
 腋臭であったり、餃子を食べた時など、本人は分からない。もちろん、自分にとって何も感じない臭いが人にとっての悪臭だったりするのは、よくあることで、
「どういう匂いだったら、人に悪臭だと感じさせないのだろう?」
 と思っていると、行き着いたのが柑橘系の香りだったのだ。
 それほどきつい匂いではないのだが、それでいて、他の匂いと混ざり合うことのないような匂いを模索した。やはり、女の子としてのエチケットだという思いと、先生を不快な気分にさせたくないという気持ち。そして、何よりも、男性の性欲を刺激する匂いということでも、柑橘系がよかった。柑橘系は相手が感じているのと同じ匂いを同じ感覚で嗅ぐことができるという意味で、ひなたにも性欲が湧いてくる。少し汗が混じってきたくらいから一気に身体が反応してくるという媚薬に似た効果があるのではないかというほどに感じていた。
 最初の頃は先生の部屋で愛し合っていたが、さすがに、完全防音ではないので、声や音が漏れることが気になってしまった。ひなたは、
「これもプレイの一環よ」
 と言っていたが、先生はさすがにそうもいかない。
 公園のようなところでひなたが待っていると、そこに車で現れた先生を見つけ、ひなたはその車に乗り込んでいくのだった。
 二人ともサングラスをしたり、帽子を被ったりして、変装していた。先生の部屋に変装も何もせずに通っていたのがまるでウソのようだ、後から思うと、よく何もなかったものだと思うほど、ゾッとしていた。
 それだけに、待ち合わせ時点からまわりを気にしながら、変装をしているのに、車に乗り込むところから、注意深かったりする。まるで芸能人カップルが、芸能記者に追われているかのような注意の仕方だった。
 車に乗り込んでしまえば、後は先生の運転する車で、ホテルにそのまま入るだけだった。
 休みの日だけのデートなので、結構いい部屋を先生は借りてくれた。ホテル時代もグレードが高く、部屋も豪華で、何よりもお風呂の広い部屋を好むひなたの気持ちを察してくれた。
 表との間の窓にも、木の扉が挟まっているような、いかにもラブホというような部屋ではなく、大きな扉に遮光カーテンが引いてあるというオシャレな部屋だった。こんなところにも先生の心遣いがあるのだと思うと嬉しくなった。その日一日を、先生と二人で過ごすのが嬉しくて、ひなたは前の日にお弁当を作っておいたのだ。それを冷蔵庫で冷やしておいて、当日持ってくる。先生はそのお弁当をいたく気に入ってくれたようで、
「本当に嬉しい」
 と言って、いつも残さずに食べてくれる。
「普段、学校では、学食のパンだったり、デリバリーのお弁当などばかりなので、手作りお弁当なんて、本当に憧れていたんだよ」
 というと、
「そう言ってくれると嬉しいわ。このお部屋もとっても気に入っているの。でもね、私は実は先生のお部屋大好きなのよ。どうしてだと思う?」
 と聞くと、
「どうしてなんだい?」
「それはね、先生のお部屋に行った時、いつもコーヒーを淹れてくれるでしょう? 私はあの匂いがとても好きなの。コーヒーの匂いって、香水などの匂いのように、あたかも、匂ってくださいという意味のように、相手を刺激するものではなく、漂っている香りが香ばしくて、その匂いは、強くもなく弱くもなく、自然に鼻腔を刺激してくるものなのね。香水の匂いは目を瞑れば淫靡な光景が浮かんでくるけど、コーヒーの香りは、目を瞑ればというよりも、自然と目を閉じていたというような、時間が掛かる無条件反射のようなものだって気がするのよ」
 とひなたがいうと、
「そうだね、香水の匂いに反応するのが、条件反射だということになるのかな?」
 と言って、先生はひなたの身体を、クンクンと匂った。
「いやだ、先生。恥ずかしいわよ」
 と言って、はにかんで見せたが、その時、ツンとした匂いが先生の鼻腔を刺激していたようだ。
「あっ、先生」
 と思わず声を出した。
 その時はすでに、先生の鼻息は荒くなっていて、先生のスイッチを入れてしまったことに気が付いた。
 柑橘系の匂いが先生を刺激したのか、それとも、ひなたが、恥ずかしいと感じたことで、先生に対しての思いが匂いとなって表に出てきたのを、先生が感じ取ったのか、もう、先生の欲望が収まることはなさそうだった。
 なし崩し的ではあったが、そんなプレイもひなたは嫌いではなかった。最近の先生はスイッチが急激に入ると、アブノーマルな抱き方をするのだった。もう抑えることができなくなってしまったのを誰よりも先生が知っている。ひなたにも分かっていると感じているのだろうが、それでも、その思いを変に加速させないようにするために、ひなたに対して何も考えないようにさせようと思っているようだった。
 ひなたは、最初は、
「もう、先生ったら」
 と甘えたような声で、窘めているようだったが、次第に何も言わなくなる。
 その代わり、息が絶え絶えになって、先生にすべてをゆだねる気分にさせられるのだ。お互いに汗をしっかりと掻いていて、この時とばかりに、柑橘系の匂いが、二人の間の興奮を最高潮に持っていくのだった。
 汗を掻きながら、その汗がほとばしるようにお互いを貪っている。甘い吐息が漏れるひなたに、先生の声は切なげだった。
 部屋は湿気を帯びていて、遮光カーテンが少し揺れて、表の明かりが軽く差し込んでくるようだ。
 その時に見えるひなたの顔が可愛らしいと先生は思った。そして可愛らしいと思った次の瞬間に、
「何て綺麗なんだ」
 と感じた。
 セーラー服姿の愛らしさとは違った雰囲気が妖艶さを醸しだすのだが、その雰囲気は、明らかに目力によるものだった。
「彼女は、俺を見上げるように見つめてくれる」
 態度だけを見ると、どこか小悪魔的で見下しているのではないかと思える雰囲気なのだが、決して上から目線ではない。下から先生を見つめていて、そこがひなたの魅力なのだと先生は感じた。
 すると、先生の腕に急に力が入った。
「痛い。どうしたの? 先生」
 と言って、それまでの甘い雰囲気はいったん途切れてしまった。
 自分がその雰囲気を壊してしまったことに気づいた先生は後悔を抱いて、
「あっ、ごめん。ひなたの顔を見ていると、急にやるせない気持ちになってきたんだ」
 という先生に対して、
「どういうことなんですか?」
 とひなたがいうと、
作品名:高値の女王様 作家名:森本晃次