高値の女王様
「そうですか? 私は大学の頃から小説を書くようになって、最初はファンタジーのようなものを書いていたんです。でも、あまりにも子供っぽいし、猫も杓子もファンタジーという感じがいいじゃないですか。ライトノベルというんでしょうか? そこに少し飽き飽きした部分もあったので、ファンタジーは、一年くらいでやめました。その代わりに書き始めたのが、ミステリーだったんですが、これも、なかなかトリックとストーリーが結び付かなかったんです。そもそも、トリックの主なものは、もうとっくの昔に出尽くしていて、あとはストーリーを含めたバリエーションなんです。つまり、最初に、トリックとバリエーションによるストーリーというのは、一体なんです。そうでなければ、ミステリーは成立しないのではないかと思ってですね」
と店長は説明してくれた。
「私も、大学時代に喫茶店でアルバイトをしたことがあったんですが、その時に、そのお店が昭和のレトロさのある店だったので、昭和初期の探偵小説を結構読んだんですが、それで少しミステリーを書いてみたことがありました。あの頃はストーリーとトリックがセットになっていて、それが許される時代背景だったんですよ。トリックも今のように科学が発展していなかったので、いろいろ使えたんですよね。でも、今はアリバイトリックなども、防犯カメラや、車だったらボイスレコーダーがあったり、死体損壊トリックなどでは、指紋や身体の特徴さえ消せばよかったのに、今ではDNA鑑定というものがあるので、被害者を特定することは、昔に比べれば結構容易になったりしていますからね」
と、、ひなたは言った。
ひなたは、喫茶店でバイトをするようになって、絵画よりの小説の方に興味を持った。ただ、絵画をしていた時の、遠近感であったり、バランス感覚のようなものが、小説にも生かせることに気が付いた。特にミステリー系では、ストーリーとトリックの関係など、バランスや遠近感に通じるものがあると思ったのだ。
その時に、一緒に感じたのが匂いに関する話で、自作小説の中で、結構好きな話の中には、匂いを絡めた話も多く。店長には、その手の小説を読んでもらいたいと感じたのだった。
今から思えば、小説は現在夫になっている療治の考えに似ている課のようで、
「その場限り」
と言われるような作風で、いわゆる、
「質より量」
と言った感じで、思い付きのまま書くことが多かった。
好きなトリックや題材は、惜しげもなく何度も使うのだが、自分の作品でのことなので、盗作ということもない、そういう意味で、喫茶店や匂いというシチュエーションがよく出てきたり、まだ社会人というものを知らないことで、登場人物の設定は、大学生以下の話が多かった。
自然と青春小説もどきのようなものになるのだが、その手の小説は結構あったりする。ただ、その設定の基本になっているのは、
「大人の探偵を助手として補佐する少年」
というどこかで聞いたような話ではあった。
だが、その小説の元になっている話は、昭和初期の頃で、すでに、著作権も切れているような昔の作品なので、問題になることもない。
もっとも、プロの作品として、本屋に置くわけでもないので、そこまで気にする必要もないのだろうが、一応は茶策兼に引っかかったり、当さ熊谷のことには気を付けている。そもそも、ノンフィクションを小説と認めたくないほど、オリジナリティこそが小説なのだと思っているのだから、気に掛けるのも当然である。
そんな小説の中で、思い出すのが匂いの中でも、トリックとして使った。
「甘い香りと悪臭が混ざれば、さらに気持ち悪く、人を近づけない」
というものであった、人が近づかないことで、アリバイトリックを完成させようと思った作品だったが、今でも、
「よく考えたものだ」
と感じた。
そのトリックは、トリックとしては、根幹部分なのだが、話としては、どちらかというと、隠そうとしていた。そこが小説としてのテクニックのようなもので、ある意味、ミステリーの醍醐味だと思っていた。
「トリックというのは、実はすでにそのほとんどが出尽くしていて、後はそのバリエーションが問題なんだ」
ということが言われている。
その作品はmそれを地で行っているような作品だったのだ。
その先品は、同じく小説を書いていた、付き合っている当時の譲二も褒めてくれた。
「なかなか面白い作品だね。ミステリーとしても面白いし、どこか恋愛小説にも感じるし、読者にいろいろな想像をさせる作品だよ」
といってくれた。
「そうなの? 恋愛小説という感覚はあまりなかったわ」
と、ひなたがいうと、
「それは、作者だからそう思うのかも知れないね。読者目線で見ると、恋愛小説の部分もあって、そこがm料理でいう隠し味のようになっていて、そこが読んでいて、小説の膨らみのようなものに感じられるんだ」
といっていた。
あの小説は、浮気をする人が出てきて、その嫉妬のための殺人事件というミステリー―だったが、それをまさか、恋愛小説と解釈するとは思わなかった。
「恋愛小説というものには、普通の恋愛、つまり純愛という話もあれば、不倫や嫉妬などのようなドロドロしたものが渦巻く、愛欲と呼ばれるものがあるんだよ。愛欲だって立派な恋愛小説のジャンルになるのさ。意外と売れている恋愛小説というのは、こういう愛欲経過も知れない。純愛というと、今流行りのラノベ系の小説に多く、特に、ティーンエイジャーと呼ばれる年齢に多く、愛欲は大人の小説と呼ばれるように、若い人でも、二十代後半くらいがよく読む小説なんじゃないかな? ひなたの感情からすると、本当は愛欲の方が書きたいんじゃないかと思うんだけど、ひなたの場合は、経験からしか書けない性格のようなので、どこまで書けるかが注目だね」
といっていた。
あの言葉は皮肉だった気がした。確かに彼の言うと落ち、自分の経験からしか書けないひなただったので、当時はなかなか書き始めても、完結させられるだけの技量はなかったと思う。そもそも、プロットの時点で挫折するのではないかと思われたからだ。
そういう意味もあって、ひなたは、
「私には恋愛小説というのを書くのは難しい」
と感じていたのだ。
その思いは今でも変わっていない。店長が小説を書いていると聞いた時、久しぶりに小説を書いていた頃のこと思い出せて新鮮な気がした。大学生の頃は、
「卒業してからしばらくして、一度やめたとしても、再度小説を書きたくなることもあるだろう。その時は恋愛小説を書いていたい」
と思ったのは、愛欲のことを思ったからだろう。
まるで、自分が将来、不倫をすることを予言していたようだ。
不倫相手というのは、さすがに考えてしまう。最初は、旦那に対しての不振不満から生まれたものなので、衝動的に、
「不倫をしたい」
と思ったから、目の前に現れた人を不倫相手に選んだだけだと思っていたが、実際はそうでもなかった。
まだまだ、新婚に近い頃で、不倫してしまったことに後悔するかも知れないとも頭の中で分かっていて、それでも不倫の相手をと考えた時、そんなに安直に決めるわけもないだろう。