高値の女王様
不倫の大団円
その後、ひなたは不倫をすることになる。その不倫相手は、近所のコンビニの店長だった。いつも買い物はスーパーに行くのだが、そのスーパーがちょうど店内改装ということで、数日間休むことになり、近くに他のスーパーもないことでコンビニに寄ったのだが、ちょうどその時に接客してくれた店長に、ひなたは、一目惚れをしたのだった。
実際には好みの男性だったわけではないが、どこか、高校時代に付き合っていた先生に似たところがあった。先生との付き合いは悲惨な形になって別れたわけではないので、ひなたの心の中で、
「嫌な体験」
というイメージで残ったわけではなかった。
最初の頃は、トラウマのような印象もあったが、時間が経つにつれて薄れていき、譲二と知り合ってからは、トラウマがあることも、ウソではないかと思っていたのだ。
しかも、知り合ったコンビニの店長と話をしていると、
「私ね、趣味で小説を書いているんですよ」
というではないか、
ひなたも、最近は小説を書くことを控えてきたが、元々、
「小説というものは、気持ちに余裕がなければできないことだ」
という思いと、逆に、
「あまり余裕がありすぎても、油断や遊びの部分が出てきて、気持ちが旺盛にはならない。小説は気持ちが旺盛でなければできるものではない。なぜなら、小説を書くということは、持続や継続ができなえれば、書くことができないものだからだ」
と感じていた。
つまり、この店長は、気持ちに完全な余裕があるわけではないが、小説を書きたいという旺盛な気持ちを抱くことができるほどの余裕はあるということであった。
そのことを感じたひなたは。店長に大いに興味を持った。
「私も、以前小説を書きたいと思って、学生時代にいくつか書いたことがあるんですよ」
というと、店長は大いに喜んで、
「そうなんですね、、一度読んでみたいものですね」
と興奮気味に話してくれた。
「ええ、読んでもらいたいです。ただ、今まであまり人に見てもらったことがなかったので。恥ずかしいです」
と、その時少しわざとらしいあざとさを見せてみたが、そのことに気づいたのか、店長は、
「僕の作品も見てほしいですね。僕は自信があるわけではないんですが、とにかく人に読んでもらいたいという気持ちは結構強いんですよ」
と言ったうえで、さらに、
「でも、今まで誰にも見せたことがないんです。奥さんのように、同じような気持ちを抱いておられる方に一番最初に読んでもらえると思うと、光栄に感じます」
と、店長は続けた。
ひなたはそれを聞いて。さらに嬉しくなり、気持ちとしては有頂天になっていた。趣味が合う人がこんな身近にいたという思いと、久しぶりに男性と話をしたという感動が、興奮となって、胸の高鳴りを誘発しているようだった。
結婚、三年目のことで、最初は新婚夫婦を地でいっていると思っていたが、いつのまにかそこに仮面が存在することを感じると、相手が男性ではないという意識が芽生えた。
「結婚すれば、男性ではなく、旦那という特殊な性別になる」
と感じたのだ。
もう、抱き合っていても興奮はしてこない。夜のセックスも惰性でしかなかった。そのうちに億劫になってきて、相手も同じように興奮からではなく、義務感と惰性でしか自分を抱いていないと思うと、結婚生活はセックスだけではないと思うのだが、セックスというのが結婚生活のバロメーターのようなものだと思うとひなたは、旦那を男性として見ることができなくなってしまったことを感じるのだった。
そのうちにLINEを交換したりして、連絡を取るようになった。相手の店長にも奥さんがいるので、お互いに必要最低限のことしかやり取りをしない。それでも、お互いに仮面夫婦のようで、店長の奥さんも、譲二も、お互いの伴侶のスマホを、そこまで気にしている様子もなかった。それが、さらに相手に対して感じる嫌気だった。
店長が見せてくれた小説は恋愛小説で、それを見ていると、そこに出てくる主人公が自分と重なっているのを見て、少しビックリした。
彼女は、大恋愛の末に結婚したのだが、結婚したとたん、旦那に飽きを見出したために、自分が今まで、井の中の蛙だったことに気づいた。
彼女は気分転換のために、パートに出たのだが、そのパート先の店長に恋をしたのだった。どうやら、その店長を自分と重ねているようだった。そこまで分かれば、店長のことだから、この話を愛欲物語にはしないだろうと思った。話に多少の無理があっても、自分で楽しむ分には勝手なので、そこから先は妄想を膨らませた話になるであろう。
ということは、相手の女性も悲惨な目に遭うことはないはずだ。もし、彼女が悲惨になるということは、小説の中の店長もただで済むわけにはいかない。少々無理な話にするのであれば、せめて、二人は運命共同体であるべきだ。そうでなければ、小説としての体裁は整っておらず、最低限のルールすら守られていないということになるだろう。
それを思うと、ひなたは、その話を安心して読むことができた。
そのお話は一気に一日で読むことができた。小説を読みながら、店長の顔を思い浮かべながら、主人公を自分に当て嵌めていた。完全なハッピーエンドというわけにはいかなかったが、悲惨でもなかった。そのあたりは、店長なりに体裁を整えたのだろう。
今まで、あまり恋愛小説など読んだことのなかった、ひなたは、それが恋愛小説なのだと感じた。
恋愛小説というものは、塵埃よりも、愛欲系の方が多く、純愛になると、少女漫画っぽい気がして、あまり好きではなかった。
子供の頃に少女漫画を読んでみたが、同じ作者が純愛ものも書くし、愛欲ものも書く。同じ作家の絵なので、愛欲のようなリアルな話から、純愛を見てしまうと、そのキャラクターが却って気持ち悪く見えてしまう。
少女漫画で、愛欲の絵のタッチというと、男性モノでいえば、ハードボイルドな劇画調をイメージさせる。劇画調の画質での純愛はかなりの無理があり、見ていて疲れるだけだった。
そのうちに、本当の純愛というものが分からなくなり、自分が普通に恋愛をできない体質になってしまいそうで、それが怖かったのだ。
店長の小説を読んで、改めて、マンガと違って、小説の方がリアルであり、想像力を掻き立てるものだということを理解できた気がした。
「なかなか面白い小説でしたね。店長さんが恋愛小説をお書きになるとは、ちょっと想像できませんでした」
というと、