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高値の女王様

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 しかし、白壁が多いのは上の方で、テーブル席の横あたりは、ほとんど木目調の壁で、本来落ち着いた佇まいなのだが、少し明るく感じるのは、少し上の白壁が照明に照らされることで、客は気付かない間に、暖かな明るさに包まれるという、粋な演出ができている喫茶店であった。
「これが、昭和の佇まいと残した中で自然とできる演出なんだよ」
 とマスターは説明してくれた。
「なるほど、よく考えられていますね。昭和にはそういうお店が多かったんですか?」
 と聞くと、
「思ったよりもあったかも知れないね。でも、私も昭和の頃は、まだ子供だったので、そこまで詳しくは分からなかったんだけどね」
 と言ってマスターは笑っていた。
 実は、似たような細かい演出は結構ところどころに施されているようで、
「このお店を始めようとした時、実は私の知り合いに、内装のコーディネーターのような人がいて、その人にいろいろ相談して、決めたんだよ。私などのような素人が考えもつかないような発想が頭の中に詰まっているようで、しかも、昭和の頃のこともよく勉強しているようで、かなり参考にさせてもらったんだ」
 とマスターは言った。
「だから、ここは本当に昭和の懐かしさが感じられる場所なんですね?」
 と、ひなたがいうと、
「昭和のような古き良き時代が、今は本当に遠い過去になりつつあるからね。古いものでもいいものはいいという発想が、駆け抜けるように時代が進んでいくと、なかなか感じることはないからね。だけど、一度感じてしまうと、病みつきにもなるというもので、きっと、ひなたさんも、私が感じたのと同じ思いができればいいなと思っています」
 と、マスターは話してくれた。
「ここのお店には、結構芸術を志している人が多いんですよ。早朝の時間の大学生も、この近くにある芸術大学の学生さんが多いようで、たまにデッサンなんかしている人もいたりするので、その絵を覗いてみるといい」
 とマスターは言ったが、
「そんなことしていいんですか? 人の作品を覗き込むなんていうのはまずいのでは?」
 というと、
「そんなことはないさ。彼らは自分の作品を見てもらいたくて仕方がないんだ。出来上がったら、その作品を、この店で飾りたいと言ってくるんだ。だから、彼らの個展ようのスペースも設けているんだよ」
 と言って、マスターは、奥の数枚の絵を指差した。
「あれは、大学生の絵なんですか?」
「そうだよ、彼らはこういうmi瀬谷ギャラリーを求めている。本当は個展でも開きたいんだけど、お金もかかるし、何よりもプロでもないのに恥ずかしい。それだったら、個展のようなかしこまった場所ではなく、喫茶店の一角なんかいいだろうと、結構探している人も多い。だから、うちも店だけではなく、どこでもいいから、展示の場所を提供しているところを探しているみたいなんだよ」
 というのだった。
「近くに似たようなお店あるんですか?」
「似たような店ではないんだけど、サブカルチャーを応援するという形で、カフェとギャラリーを併設しているような店もあるんだ。どっちが本職なのか私にも分からないが、あのお店はマスター自身が芸術家なので、アーティストが大学生に限らず集まってくるんだよ。自分で個展を開くこともできるし、数人で集まってサークルのような形での作品展示もやっている。スペースを借りるのもただではないので、数人で集まってできるというのもありがたいことだよね」
 と、マスターは教えてくれた、
 ひなた自身は、さすがにプロではなく、ただ趣味としてデッサンなどを書いているだけなので、今まで考えたことはなかったが、今のアスターの話を訊くと、
「いずれ、自分もそれらのギャラリーのどこか一角でもいいから、展示できればいいな」
 と思うようになった。
 自分が大学生になって、今までは中途半端にしか過ごせていなかったが、せっかくデッサンを趣味にしているのだから、いずれはどこかで発表できればいいと思っていた。ネット上で公開はしているが、やはり実際に作品としてナマで人に見られたいと思うのは当たり前のことで、その意味でも、
「この喫茶店をアルバイト先に選らんで正解だったわ」
 と感じたのだ。
 その大学生たちが描いた絵というのは、さすが喫茶店ということもあり、風景画が多かった。
 デッサンをしていると、風景画というよりも、目の前にある小物を描くことが多かった。電気スタンドであったり、瓶であったり。難しいところでは、瓶に生けられた花を描くこともあったりした。
 最初の頃はなかなかうまくいかず、途中まで描いて諦めることも少なくなかったが。この喫茶店でアルバイトをするようになってから、なぜか、思っていたよりも完成することができるようになっていた。
 マスターからも、
「芸術というのは、まずは完成させることが一番で、その後の体裁は、徐々についてくるものなんだよ。ローマは一日にしてならずというだろう?」
 と言われた。
「そうですね。千里の道も一歩からっていいますからね」
 と言い返すと、マスターは無言でニコニコしていた。
「このお店って、昭和にしたのは、今のようなデジタル時代であっても、基本は昔から変わっていないんだという意識があったので、昭和の佇まいにしようと思ったのと、私自身、子供の頃に親から連れて行ってもらった喫茶店で、何時間もいても、飽きることがなかった記憶があるので、そんなお店にできればいいと思っているんですよ」
 とマスターがいうと、
「じゃあ、ここでは、コーヒー一杯で何時間もいる人とかいるんですか?」
 とひなたがいうと、
「そうだね、私はそういうお客さんを無碍にすることはないんだよ。大体そういうお客さんはここで何か自分の趣味のようなことをしているからね。だから、ここでは電源もネット環境も十分に使えるようにしているんだ。私はこのお店を芸術を愛する人でいっぱいにしたいんだ」
 とマスターは言った。
「それはいいことですよね。私はその考えに大賛成です。でも、今の時代では、何時間も粘っている人は、ゲームばかりしている人もいますけど、それもいいんですか?」
 と聞くと、
「ああ、いいと思うよ。他のお店とか、今の時代しか感じない場所だったら、そこから別の発想は生まないだろうが、集中していて、ふと我に返った時、こういう昭和の佇まいの中にいると、急にタイムスリップしたかのような感覚になる人だっていると思うんだ。そうすれば、それまで芸術にまったく興味のなかった人でも、興味を持つようになるかも知れない。確率は低いかも知れないけど、皆無じゃないんだkら、それはそれで楽しみだよね」
 とマスターはいう。
「確かにそうですね。私も少しデッサンのようなものを最近始めたんだけど、それも、何か普段と違った環境にいたような気がしたからなんですよ。いつもと同じ自分の部屋だったんだけど、いつもよりも何か薄暗さのようなものを感じたんです。その時にふと、デッサンでもしてみようって思ったんですが、その時一緒に何か匂いも感じたような気がしたんです」
 と、ひなたは言った。
作品名:高値の女王様 作家名:森本晃次