高値の女王様
そんな風にしてどれだけの友達を失くしたか。相手は、
「そんなつもりはない」
と言いたいのだろうが、ここまで来ると相手も、諦めてしまうのか、もう何も言わないかわりに、もう二度と口をきいてくれなくなる。
ひなた自身はそれでいいと思っているが、これもよく言われる中で、
「人から言われているうちが花よ」
という言葉を思い出させるのである。
友達との仲がこじれてしまっても、修復しようとは思わない。どうせ、ロクなことしか言われないのだから一緒にいても、同じことだと思うのだった。
友達との仲が、こんなにも薄っぺらいものだということを分かってはいたので、別に友達が自分からどんどん離れていっても、構わないと思うようになっていた。
それは、先生と別れることになった時と感情が似ている。
「結局、私は、反省も寂しさもその時限りのことなんだわ」
と感じた。
それが自分にとっていいことなのか悪いことなんか、正直分からなかったが、ショックが少ない分、今のところ悪いことよりもいいことの方が多いような気がして、
「別にこのままでもいいか」
と感じるようになっていた。
この感情が、まわりから見ると、
「上から目線」、
「女王様」
と言われるゆえんなのかも知れない。
別に上から見ているつもりはないのだが、そんな態度に見えるのは、やはり、自分から離れて行こうとする人を目では追っているが、感情が籠っていないからなのかも知れない。
「皆私のことをその場限りだっていうけど、少し離れて見ていると、皆もその場限りに見えてくるんだよね。ということは、皆最初から私のことを、最初から距離をとって見ていたということなのかしら?」
と思ったが、それが違うということを少ししてから気が付いた。
人というのは、元々、誰かに近づいていく時、最初から目の前まで接近するわけではなく一定の距離から相手を観察するところから始まる。だから、相手がその場限りの人間だということを分かってうえで、付き合い始めるというわけだ。それなのに、ひなたは、いきなり相手の懐に飛び込んで行こうとするので、相手のことをよく分からずに、行動する。それがひなたを孤立させることになるのだが、それでもひなたというのは、誰に対しても臆することのないところのある性格だということで、ある意味、素直な性格が災いしているということなのかも知れない。
「それにしても、皆がそんなに打算的な目で人を見ているとは思わなかった。一体、いつ頃から皆そんな風になってしまったのだろう?」
とひなたは感じたが、
「私が知らなかっただけで、思春期くらいの頃から、皆変わっていったのかも知れない。それが目立たなかったのは、個人差があったからで、一人ずつをそんなに気を付けてみているわけではなかったので、余計に気付かなかった」
ということなのだろう。
ひなたは、大学時代に一度、まわりから完全に孤立してしまった。
しかし、それも半年くらいのもので、また友達と仲良くなったのだったが、どうして急に仲良くなれたのか、自分でも分からない。
何かのきっかけがあったに違いないが、そのきっかけは、一体どこから来たというのだろう?
絵の具の匂い
ひなたは、大学生になってから、初めてナンパされたのが、喫茶店でアルバイトを初めてすぐのことだった。
喫茶店でのアルバイトも、すぐに決まり、
「あなたが、来れる日を決めてくれればいいですよ」
ということで、
「じゃあ、三日後から来させていただきます」
と言って、曜日とすれば、ちょうど月曜日からということで、キリもいいような気がした。
月曜日の朝七時に来てみると、開店時間すぐくらいから客は入ってきていて、そのほとんどの人が寡黙で、スマホをいじっていたり、新聞を読んでいたりいう人が多かった。皆スーツ姿でモーニングセットを頼んでいる。これから通勤しようとしている人たちであろう。
早朝、スーツ姿の人ばかりかと思っていたが、少し時間が経ってくると、ラフな服装の人もいれば、すでに疲れたような人のいた、マスターに話を訊いてみると、
「ラフな服装の人は、近所の大学に通うために、このあたりの部屋を借りている大学生なんだと思うよ。そして、少し疲れた様子の人は、夜勤明けの人、昔からなんだけど、結構不規則勤務の人って多いんだよ。仕事が終わって、始発電車に乗ってくる人もいるようで、ちょうど駅についてこの店に来るのにちょうどいい時間のようなんだ」
という話だった。
ひなたは自分も大学生なので、大学生の佇まいというのは分かる気がした。なるほど確かに大学生。早朝の喫茶店に行くなら、あれくらいラフな服装をしているだろうと思えるほどの雰囲気は、大学生でしか出せないだろう。ダサいというわけではないが、下手をすれば、裸よりマシという程度の、ひなたから見れば、みすぼらしくみえて、本当は見るのも嫌だが、仕事だから仕方がないという程度のものだった。
それに比べて、夜勤明けの人というのは、服装はラフではあるが、動きやすい服ということで、機能性を生かした服装なので、そこまでみすぼらしくは見えない。これはひなたの独自の考えだが、
「どうせなら、作業着のままの方が恰好よく感じられるくらいだわ」
と思っていた。
ひなたは、どちらかというとマッチョな男性に憧れを持っていた。高校時代に付き合っていた先生もどちらかというとマッチョだった、見た目は着やせするタイプなのか、裸を見るまで、
「こんなにいい身体をしているなどと思ってもみなかった」
と思っていたほどで、最初はそこまで先生に嵌るつもりはなかったのに、関係が続いたのは、身体に魅了されたからではないかと思っていた。
それからというもの、マッチョな人に特に惹かれている自分を感じていた。もう、スリムな男性には、性的魅力を感じないのではないかと思うほどで、先生と別れてから、男性に抱かれたことはないので、最後の男性の想い出は先生であった。すでにあれから、二年ほどが経っているので、そろそろ男性の身体を忘れかけている自分がいるのは分かっているので、そろそろ、誰か付き合える相手がいればいいと思うようになってきた。
ひなたの中では、その頃までは、
「身体を許す相手は、付き合っている相手ではないとありえない」
と思っていた。
ただ、付き合うことを前提に、まず身体の相性を確かめてみたいと思うのはありだと思っていた。
ひなたにとってのありえないという相手は、
「一夜限りの一期一会のようなセックス」
であった。
あくまでも、身体を差し出す最低限の条件は、付き合うことを前提に、
「身体の相性を確かめ合う」
ということであり、その日だけの、
「お持ち帰り」
など、考えられなかった。
それはひなたの仲のプライドであった。このプライドはずっと前からあったものだと思っていたが、どうやら、先生と付き合ったことでできたプライドのようで、もし、先生と付き合うことがなければ、こんあプライドは自分にはなかっただろうと、ひなたは思うのだった。
その喫茶店では、店内の壁が木の柱とコンクリートで基本はできていて、白壁部分も結構あった。