クラゲとコウモリ
「うん、そうなのよね。学校の歴史の授業などを聞いていると、何かおかしいとは思っていたんだけど、そして、親に対して反感も持っていたんだけど、それは私だけに限ったことではなく、同い年の皆も同じ思いをしていて、それは口にしてはいけないタブーなことなんだって思っていたの。まさか、本当に私の家庭がそこまでおかしいとは想像もしていなかったわ」
と綾香がいうと、
「確かに稀に、そういう家庭もあったりするけど、それが普通だと思い込んでいる子供もさらに珍しいんじゃないかしら?」
と友達に言われて、
「どういうこと?」
と聞き返すと、
「どういうことではなくて、普通は、思い込んだりはしないということよ。皆おかしいということを理解しているけど、親に逆らえないという感覚でいるのね。そういう意味ではあなたは、よかったのかも知れないけど、不幸だったとも言えるわね」
というので、
「ますます分からない」
と綾香がいうと、
「分からない? でしょうね。あなたはね。親から洗脳されていたのよ。マインドコントロールされていたということ。怪しいという気持ちが端の方にありながら、当たり前のこととして結局はそちらに考えがすべて集中してしまって、意識の中に吸収される。それが洗脳というものなんじゃないかしら?」
と言われた。
洗脳という言葉、もちろん聞いたこともあるし、怖いものだという意識はあった。しかし、それはすべて、自分とは関係のないところで存在しているものだという意識があるので、余計なことを必要以上に考えないようにしていた。
考えないのではなく、考えることから逃げていたのだということを、自覚できないでいた。それが綾香の中での自分の気持ちであると思っていたが、それがまさか親からの外圧だったなどと、夢にも思っていなかった。しかし、友達の話には説得力があり、抗えない自分がいたのだ。
おばあちゃんが、父親の転勤の時に、ついてくることなく、老人ホームに入所した気持ちが今となれば分かってきたような気がする。
「おばあちゃんには分かっていたんだ」
と思った。
自分が育てた子供のはずなのに、その子供から迫害のような洗脳を受けるのが耐えられなかったのだろう。
母親はすでに洗脳されていて、どうしようもない。ただ気になるのは綾香のことだったのだろうが、これも、親に親権がある以上、どうしようもない。そんなことを考えていると、綾香はいろいろなことが見えてきたような気がした。
だが、分かるのは、その時々のシチュエーションで、
「昔だったら、こういう感じだったのに」
と思うことを、まわりの皆から、
「あなた、考えがずれてるわ」
と言われて、引かれた時に分かる。
引かれた時はさすがに、ショックだが、考えてみれば、やっと解決したと思えばいいだけなので、その思いが、新しい発見に繋がるのだから、喜ばしいことであった。
やはり、一番感じたのは、欲というものだった。
食欲など、今まで家にいる頃には感じたことがなかった。
「お腹が空くから食べるんだ」
というのを食欲だと思っていた。
確かに本能としての食欲ということなのだろうが、楽しむという意味の食欲とは、まったくかけ離れたものであった、
たまに、
「贅沢をしよう」
と言って、ステーキや、焼き肉、すき焼きなどをすることがあったが、決しておいしいとは思わなかった、
「これの何が贅沢なんだろう?」
と思ったほどで、確かに、値段が張ることくらいは分かっていたが、だからといって、贅沢という感覚ではなかった。
むしろ、家族と一緒に食べなければいけないことに苦痛を感じるだけで、おいしいなどと感じることはなかった。
正直、朝の味噌汁の匂いを嗅いだだけで、吐き気がするくらいだった。食事に対してだけ。いや、親との生活の憎しみや恨みが、食事という生活の一部に凝縮されていただけのことで、親のことを思い出すのは一番最初が食事だというのは、当たり前のことだったようだ。
「家族なんて言葉、大嫌いだ」
と、友達に愚痴をこぼしていたが、皆それを聞いてくれた。
嫌々聞いているというわけではなく、
「自分が同じ立場だったら、どうなのだろう?」
と思って聞いている人もいれば、
「うちは放任主義で助かった」
と思っている人と、様々であろう。
だが、ひょっとすると我が身だったと考えると皆恐怖を覚えたのではないだろうか。
綾香も、いろいろな家庭の話を訊いて。
「羨ましい」
と思う人がほとんどだったが。
「まだ、私はマシな方だったのかも知れない」
と感じる人も稀にいた。
それだけ、家族にもいろいろいるということで、それだけでも、世界が広いということを思い知らされた。これまでそれを知る機会を遮断されていたことに怒りさえ覚え、まるで、江戸時代の鎖国をしていたかのような感覚だった。
そういう意味では、急に世間を広めるのは、ちょっと危険な気がした。とりあえず、まわりの話を訊くことだけは、最優先なことには変わりはない。そう思うと、
「慌てることはない。これからいろいろなことを吸収していけることに、まずは喜びを感じるところから始めればいいんだ」
と感じていたのだ。
そして、まずは、人を憎むという今の姿勢を少し和らげておかなければ、ここから先、今まで相手にしてくれていた人が相手をしてくれない可能性があるということに気づいたのだ。
それまで友達というと数人しかいなかったが、大学に入ると、環境が一変したこともあって、友達が作りやすくなった。まわりからは気軽に声を掛けてもらえるし、こちらからも声を掛けやすくなる。
特に一年生の頃は声をかけまくって、友達を増やした。挨拶を交わすだけの友達がほとんどだが、一緒に街に出かける人も結構いる。
友達はそれぞれで分けていた。
「飲み友達、ランチ友達、趣味友達など」
その中で被っている人もいるが、ほとんど被っている人はいなかった。
被っている人とは自然と仲が深まっていく。お互いに意識もするし、趣味が同じなどであれば、友人というだけではなく、ライバルでもあったりするのだ。
中学、高校時代はライバルというとガチだった。どうしても、受験戦争からは避けては通れないからだ。部活をしていた人は勉強だけではなく、部活でも皆がライバルだった。もっとも、好敵手がいるから続けられるという人もいたので、ライバルは悪いことではない。一歩そこから離れると、友達の人だっているだろう。
そういう意味では、部活などをしていると、他の学校の生徒とも仲良くなったりする。競技の上ではライバルであるが、それ以外では友達だ。一緒に買い物に行ったり、食事をしたりと、そんな関係も悪くないと思っていた。
ただ、部活の中では全国大会常連などの厳しい部活もある。そんなところでは、
「ライバル校の生徒と仲良くするなどありえない」
という風潮のところもあるかも知れない。
さすがにそんな関係は嫌だったので、綾香は最初から部活をしようとは思わなかった。
かといって、友達がいたわけでもない。ライバルもいなければ、友達もいなかった。寂しいという感覚はそれほどなかった。
「友達なんか、いないならいないでいいんだ」