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クラゲとコウモリ

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 あくまでも倫太郎が、これまでに感じたことのない感情を、初めて新鮮に受け入れたのだ。
「皆には悪いと思うが、一抜けさせてもらいたい」
 と倫太郎がいうと、皆、
「約束だから」
 と渋々別れることになった。
 というよりも、解散と言った方がいいかも知れない。
 その人だけを必死に愛していくことに決めた理由は、その女性に今までに感じたことのない種類の癒しを感じたからだった。母性に近い愛ではあるが、微妙に違う、裸になっている姿を想像しようとすると、身体が透けて、向こうが見えているようだ。透けている向こうに見えている光景が、最初から分かっていて見えているような感覚だ。
「人間の身体が透けて見えるはずがない」
 と思いながらも、その状態を見ていると、
「水の中にいて自由に泳いでいるクラゲ」
 を想像した。
 しかし、クラゲが自由に泳ぐということが自分の寿命を縮めていると考えると、この想像は実に酷なことであった。
 彼女が次第に弱っていくのを何となく感じていた。
「大丈夫かい?」
 と聞いても、
「ええ、大丈夫よ」
 としか聴かない。
 もっと気遣える男性であれば、無理にでも病院に連れて行こうというくらいのことがあってもいいのだろうが、倫太郎は、
「それならいいんだけど、体調が悪くなれば、ちゃんと言ってくれよ」
 というだけだった。
 彼女も、病院に行くことは嫌がったこともあって、あまり強く言えない自分が、どうしてそんなに引っ込み思案なのか、考えざるおえなかった。
「ひょっとすると、彼女が短命ではないかと感じたから、他の女性と別れてでも、彼女と一緒にいたいと思ったのだろうか?」
 と感じた。
 そして、その間は、彼女のいうことをできるだけ叶えてやろうと思ったこともあって病院に連れて行くこともしなかったのだ。
 彼女に対して、クラゲのように透き通った身体を見ていると、自分も水の中を泳いでいる気がしてきた。だが、自分は自力では泳げない。泳ごうにもその力もなければ、その術も分からない。
 クラゲと同じように、水流に流されて漂っているだけだ。
 だが、その場所は水流などなかった。目いっぱいに水に包まれていて、元来真っ暗なはずなのに、なぜか照明がついていて、光で水が光って見えた。
 そこは、非常に狭い場所だった。自分が一人漂うだけの十分な広さしかなく、、身動きすらできない状態であった。
 手も足も動かすことはできない。身体を丸めて、まるで冬眠でもしているかのようだった。
 目も開いていないのに、見えている。光っているものも分かっているが、理解できているのかどうなのか分かるはずもなかった。
「どうして流れがないんだろう?」
 そもそも、思考回路など備わっているわけではないのに、どこで誰がそれを感じているのだろう。
 いや、それは自分が考えているわけではなく、遠くの方から聞こえた声がそう言っているのだった。
 その声は、明らかに女性の声で聞き覚えのある声だった。
「そうだ、今俺が一人に絞って付き合おうとしている彼女の声ではないか」
 と感じた。
 倫太郎は今見ているものを夢だと思っているのだが、夢の中で、彼女が、しかも声だけで姿が見えないというのもおかしな感じだった。
 彼女のことを思い出してみようと思ったが、どんな顔だったのか、思い出すことすらできなかった。
 ただ、声だけは覚えていて、その覚えている声が聞こえてきたのだった。
 水流が存在しないその場所は、どこかの水槽の中のような気がしたが、誰かが水槽を覗き込んでいた。どこかで見たという感覚もあったのだが、思い出せなかった。それを思い出すことができたのは、彼女がいなくなってから、しばらくして、あいりや綾香と知り合ってからのことだった。
 その覗き込んでいたのが、あいりだということを、倫太郎が気付くまで、すぐのことだった。
 あれは、いつかの夢で見たのを思い出したのだが、綾香がアルプスの少女ハイジに出てくるような山の中での高原の家の前で遊んでいる時、ちょうど羊飼いの少年のところにある羊が逃げ出した、そして、羊は自分たちの領域である、牧場に戻ったのだが、綾香と羊飼いの少年が走ってそこまでやってくると、山の向こうから一人の巨人がこちらを覗き込んでいた。
「うわっ」
 と、少年は叫んだが、綾香は微動だにできなかった。
 踏み出そうとするのだが、綾香はその巨人に見つめられて動くことができない。その巨人というのは女性で、見覚えのない人だった。
 その女性はまったく表情を変えることもなく、綾香だけを見つめていた。お互いに緊張で時間だけが過ぎていく。
「この人も、身動きができないんだろうか?」
 彼女の無表情さが不気味だった。
 だが、よく考えてみれば、綾香もその時、自分が無表情であることを自覚していた。顔も緊張していて、表情を作ることができないのだ。
 そう思うと、巨大な女性も怯えているが、顔が硬直してしまって、動かすことができないのかも知れない。それを思うと、お互いに同じ立場であることを理解した。
 すると、綾香は今度、自分が相手の巨大女性の目になっていることに気が付いた。
 まるで、箱庭のような中を覗き込んでいて、中にいる人を見ている。女の子なので、ちょうどイメージとしてはドールハウスのような感じであろうか、その中に模型のような家や山、そして高原が広がっていた。
 そこには無数の羊の模型と、男の子と女の子の模型があった。上から見ていると、皆模型なのだが、女の子だけが動いているのだ。まるで虫のようであり、ちょこまかしていて、女の子なら気持ち悪いと思うだろう。
「こんな風に見えていたんだ」
 と思うと、あの時は夢から覚めた気がした。
 今思えばあの夢に出てきた女性は、あいりだったのではないかと思えてならない。
 そして一緒にいた男の子は倫太郎を子供にしたのを想像した姿だったのではないかと思うと、おかしな感覚になってきた。
 綾香がそんなことを考えているのと同時刻に、倫太郎は、水流の中にいた。そこがどこなのか、次第に理解できるようになってきた気がするのだが、そこは、どうやら、母親の胎内であり、水中だと思ったのは、羊水に浸かっているからだろう。
 綾香が、アルプスの高原で、羊飼いの男の子を、小さい頃の倫太郎だと思って見ていたのも、あながち偶然ではないかも知れない。
 綾香の夢の中にいた倫太郎が、さらに生まれる前の胎児になって、まだ母親の胎内にいる感覚を持っていたのだ。
 身体は小さく、意識があるはずのない母親の胎内であったが、倫太郎の意識はすでに大人になっていた。
 羊水の中でクラゲのように蠢いているあいりの姿を追いかけている倫太郎。そして、あ倫太郎の母親というのは、倫太郎の彼女であった。
 倫太郎が彼女の胎内にいると思ったのは、自分の子供を彼女が宿したからで、そのことを倫太郎は、彼女よりも先に分かっていて、羊水に浸かっているような癒しを、彼女がいつも与えてくれていたことを思い出すと、イメージとして胎内を想像したのではないだろうか。
作品名:クラゲとコウモリ 作家名:森本晃次