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クラゲとコウモリ

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 そもそも、女性と付き合うのは癒しをもらいたいからだと思っているわけで、本当に相手のことを好きなのかどうかもよく分かっていない。それなのに、好きなふりをしようとするから、ぎこちなくなって、せっかくモテているのに、相手にこちらの心境を見透かされ、逆の効果を生んでいるのかも知れないと思った。
 言い寄ってきた女性に対して、こちらから歩み寄る気持ちにはならなかった。相手が寄ってきても、一歩下がって、いわゆる、恰好をつけるようにしていたのだ。
 そうすると、お互いにすれ違うことはない。こちらから歩み寄ることがないからだ。意外とその方がうまく付き合えるようで、相手もこちらが望んでもいないことを次々にしてくれたのだ。
「なんだ、こんなに楽なのか」
 とその場の雰囲気に流されるかのように付き合っていると、今度は優位性が自分にあるのを感じてきて、相手が何を考えているのかが分かってくる気がした。
 たまに、相手がしてほしいと思えることをしてやると、彼女はいたく感心してくれる。
「倫ちゃんって、本当に優しいのね。嬉しいわ」
 と言って、今まで何もしなかった分を、いや、それ以上のことをしたかのように喜んでくれるのだ。
 いわゆる「サプライズ」だと思ってくれるのだろう。
 だから、頻繁に行うと、意味がない。ハードルがどんどん高くなるからだ。なかなかモテずに、
「これを逃したら、もう俺には女性と付き合うチャンスはない」
 と思っている人には、どんなにハードルが高くてもやらなければならない。
 相手の希望や欲望の上をいくような考えを持ち、行動に移し続けるしかないだろう。
 それに比べれば、何と恵まれていることだろう。
 何もしなくても、相手は寄ってくる。欲望も希望も満たしてくれて、女性関係に関しては、何んら不満はないだろう。
 そうなってくると、大学内において、自分に寄ってくる女性以外が、実は敵であるということも分かっていない。
 何かgあって助けてもらおうとしても、誰も助けてはくれない状況になっていることも分からなかった。
 一度、失敗して誰かに頼ったことがあったが、その時は助けてもらえず、何とか自力で対処できたのだが、それ以降、まわりに対して初めて敵対意識を示した。
 完全に、ぎこちなくなっていたが。それでもこの男に女は寄ってくるのだった。
 まわりの連中も不思議で仕方がなかった。
「あの坂下という男に、どんな魅力があるというんだ?」
 と一人がいうと、
「そうだよな。表から見ていても女性に優しいというわけでもないし、ストイックという感じでもない。そして、それ以外の人間を寄せ付けようとしない。よく分からないやつなんだよな」
 と言っていた。
 倫太郎がまわりの人を寄せ付けようとしないのは、自分に寄ってくる女性と緊密にならないように一線を引いている感覚と似てはいるが少し違っていた。
 倫太郎は、集団の中で行動しようとすると、まわりから嫌われているような気持ちになるようだ、それは、以前失恋した時、半年間も悩んだのだが、その時、自分が悩んでいるのに、まわりはお構いなしで誰も助けてくれようとしないことから、まわりを寄せ付けなくなったようだ。
 まわりからすれば相手に対して気を遣っているつもりで、悩んでいるのは分かっていたが、声を掛けられる雰囲気ではないと思っていたのだ。
 そういう意味ではただのすれ違いのはずなのに、どうしてここまですれ違えるのかとも思う。これも自分に寄ってくる女性を相手にするように、相手との距離感をうまくつけることができれば、それに越したことはないはずだった。
 うまくいくいかないは紙一重であり、一度掛け違ったボタンは、最後まで綺麗に合うことはないのだった。
 そんな倫太郎に対して先に近づいて行ったのは、綾香の方だった。
 綾香も別に放っておけば自分もモテるのだから、わざわざ男によっていくことはないはずだ、
 まわりが見ると、どちらもモテるのだから、普通なら二人が仲良くなるのは別に変ではないと思うのだろうが、綾香が近づく方がおかしいと思えた。
 だが、綾香はこの男に、他の男性にはない何かを見つけたようだ。
 それは、昔付き合っていた男の想い出を捨てることができないという綾香の性格が、倫太郎には気になったようだ。
 その頃倫太郎は、チンピラのような恰好をしていた。なるべく人を自分に近づけないようにしようという意識があったからだ。
「どうせ、友達ができたとしても、肝心な時に助けてくれる人なんか誰もいないんだ」
 と感じたからだ。
 それくらいなら、自分に吸い寄せられる以外の人間は、最初から寄せ付けないようにしておいた方が分かりやすい、特に、中途半端に近づいてくる連中の方が分かりにくい。人を近づけたくないと思っているくせに、どこかいざとなると人を信じてしまおうとすることで、損をすることもあった倫太郎によって、その思いは真剣に考えるべきことであったのだ。
 さすがに、時代遅れのチンピラのような姿をしていると、誰も近づいてはこない。今まで自分が吸い寄せてきた女性の数も減ってはきたが、却って、選別できるという意味でもいいのではないかと思った。
 チンピラのような恰好をしていても、それでも寄ってくるのだから、よほどの変わり者か、よほど、倫太郎と考え方が合っているのではないかと思うからだった。
 綾香のことは最初、変わり者だと思っていたが、そうでもなかった。綾香に対して、元カレとの思い出の品であったり、もらったものを捨てることができないと言って笑った綾香を、倫太郎は気になり始めたのだ。
 ここまでくれば、二人は両想いなので、付き合ってもいいのだろうが、綾香は最初からその気はなかったようで、倫太郎の方も、今までの感覚から、女性と付き合うことに対して、かなり深い考えを持っていたのだ。
 綾香とすれば、親に対しての反発から、倫太郎に引かれた部分はあった。ここでいう、
「ひかれた」
 という言葉は、漢字にすると、
「惹かれた」
 ではなく、
「引かれた」
 なのだ。
 感情が引き合っているわけではなく、ただ、関係が均衡を保っているという意味で引かれているということなので、漢字にすれば、そういう字を当て嵌めることになるのだ。
 ちょうどその頃、ちょうど反対側からと言ってもいいだろう、あいりが、倫太郎に近づいていた。
 あいりの側から倫太郎が影になって、綾香を見ることができず、綾香の方も、倫太郎が影になって、あいりを見ることができなかったのだ。
 あいりと綾香は、その頃まで、クラスメイトだったので、存在を知ってはいたが、話をしたこともなかった。
 彼女たちが、それぞれ、「くらげ」や「コウモリ」などと言われていることは、その頃まで知らなかった、
 ただ、倫太郎は、それぞれ二人のことを知っていて、そのあだ名も把握していたのだ。
 あだ名は知っていたが、どうしてそう言われているのかまでは知らなかったが、それを教えてくれたのは、倫太郎のそばにいた別の女性だったというのも、実に皮肉なことだった。
作品名:クラゲとコウモリ 作家名:森本晃次