クラゲとコウモリ
だから、この男は、これまでに女の子を好きになったことはなかった。なったことはなかった。別に自分の方から好きになることはなく。相手から近寄ってくるので、しかも、お互いに束縛をすることもなく、少しの間付き合っているだけで、いい思いは十分にできた。
さらに、この男、安芸っぽうところもあって。
「そろそろ、この女にも飽きてきたな」
と感じてきた頃、相手の女も同じように彼から去っていくのだ。
お互いに真剣に愛し合っているわけではないのだから、いつ、どちらから去ったとしても、恨みっこなしだった。
「この人に飽きたから、次を物色」
という程度にしか考えていない。
まだ、大学に入った頃は、恋愛を弄んでいるくらいでよかったのだが、そのうちに、女がお金を持っていることに気づくと、
「せっかくだから、女がその気の間に、お金を使っていただこう」
と思っていたのだ。
この男からすれば、女性が、
「好きな男のために、お金を自分から使おうというのだから、別に悪いことをしているわけではない」
と思っていた。
しかも、相手もどうせ交際相手としてしか思っていない。もし結婚を考えているのだとすれば、最初から結婚を前提に考えていることを匂わせると思っていた。
そもそも、そんなお堅い考えの相手とは続かないと思っていたので、普段よりも、飽きが早くくると思っている。
実際に、付き合ってみて、いきなり、
「これまでとは違う」
と思って付き合っていると、その女性はやたらと身体を求めてくるのだった。
倫太郎も、半分は身体目的ということもあるので、相手がその気なら、気兼ねなく抱くことができると、最初は違和感がなかったのに、そのうちに、性行為自体が煩わしくなった。
その時に倫太郎は気付いたのだ。
「俺は、癒しを求めていたんだ。身体の関係も癒しという前提があってこその欲望だったんだ」
と感じた。
やたらと身体を求めてくるその女は、次第に結婚も口にするようになった。お互いに身体を重ねて、契りを結んだと考えているのか、結婚が前提であると思い込んでいるようだった。
倫太郎が癒しを求めているのと違って、その女性は何かを求めていたわけではない。
「不安を取り除きたかった」
というのが本音だったようだ。
チャラい男ではあるが、そんな男こそ、束縛もなく、自分を肯定してくれることも少ないだろうが、否定もしないだろう。否定するということは、それだけ不安を増幅させるものであって、最初に勇気を持って身体を差し出して、男が自分を否定しなければ、その男はそれ以降も自分を否定しないだろうと思ったのだった。
だが、倫太郎は、何とその女性と初めて、今までと違い女性として好きになっていた。
鬱陶しいという思いと、身体ばかりを要求してくることで、本当は、
「早く別れたい」
と思っていたのも事実だった。
しかし、その思いも、心のどこかで躊躇した部分もあった。今まで付き合ってきた女性とは違うという意識から、別れることへの躊躇だったのだろう。その思いは長くなるほど、別れられなくなってしまったのだ、
そのうちに、自分が癒しを求めているということを分からせてくれたということ、そして彼女が絶えず不安から自分に接しているということが分かると、今度は今まで自分に感じさせていた思いを、自らで感じるようになったのだ。
「男の中にも母性本能のようなものがあるのか?」
と感じたのは、その女性のことが放っておけなくなったからだった。
相手が不安を何とか払拭しようと思っていて、その相手に自分を選んでくれたことが嬉しかった。
今までは彼女ができたと言っても、それは何かと自分が利用するためだという意識があったから、人から好かれたということで嬉しいという感情はなかったのだ。
だが、この時、彼女の出編で、初めて他の女性が感じるような恋愛感情を抱くことができたのだと自覚できた。
別れたいと思っていた感情がいつも間にか、一緒にいることを望むようになった。
セックスも嫌ではなくなった。
なくなったとたんに、彼女の方も無理に求めてくることはなくなった。お互いに自然な時に求め合うのだが、そのほとんどが相手も求めている時なので、これほど自然な営みもなかった。
お互いに激しく燃えあがるということもなかった。ごく自然な高鳴りが、安心感と癒しが生まれ、
「今までのは何だったんだ?」
と感じた。
多分に演技もあっただろう。
自分の性欲を奮い立たせるために、相手をその気にさせるという感情、その方が性欲が増すということもあるのだろうが、相手に癒しを求めている以上、それはやはりおかしい。お互いに自然なやり取りが一番よく、そこから求めるものが相手に癒しを与えられるというのが、一番の自然なことなのだろう。
そのことを彼女から教えてもらった倫太郎は、そこで、それまでのチャラい恰好をやめたのだった。
金髪に染めていたものも黒髪の短髪にした、まるでスポーツマンのような爽快さをアピールしようと思ったのだ、
だが、イメージチェンジした倫太郎を見て、彼女は引いてしまった。もう、セックスを求めてくることもなくなり、倫太郎が抱きしめようとすると、拒否するようになった。
「どうしてなんだよ?」
と不思議でしょうがない倫太郎は、身体を求めて拒否された時に聞いた。
「どうして、イメージチェンジなんかしたの?」
と言われて、
「何でって、君にふさわしい男になろうと思ったからさ」
というと、
「ふさわしい? 何言ってるのよ。それを決めるのはあなたではなく私なの。今までのあなたが好きだったのに、イメージが変わってしまったら、もうあなたに魅力は感じない」
というではないか。
後から考えれば、その気持ち分からなくもないが、その時はまさかの自体に陥ったことで、自分が青天の霹靂にまったく対応できないことも分かり、相手に対して、自分も勝手に思い込んでいたことが分かった。
「やっぱり俺は、母性本能を擽らせて、寄ってきた女に、癒しを貰っていればいいんだ」
と感じたのだ、
その方が、不測の事態に陥った時に、立ち直るまでに時間が掛からないと思ったからだ。この時の女への失恋のショックから立ち直るために、半年が掛かったのだ。
立ち直りかける寸前まで、まったく先が見えないトンネルの中にいた。出口が見えてくると、その先に何があるかが分かってきて、立ち直るのはあっという間だったのだ。思春期から結婚するまでの青年期というのは、長いようでも短いのだということを、半年間のショックから身に染みていた。
「俺にとっては、半年は出口のないトンネルを味わうには、十分な期間だったんだな」
と感じたのだった。
自分がこんなにも女性関係が下手くそだったとは思ってもいなかった。
「別に自分からモテようとしなくてもモテるというのに、どうしてこんなにも付き合い始めてからがうまくいかないんだろう?」
と考えた。
その一つとして、
「相手を好きになろうとしているのが悪いのではないか?」
と考えたのだ、