クラゲとコウモリ
と言って、軽く捨てられることになるだろう。
だが、少々深い仲になってくると、相手は気心が知れて、お互いに情も移ってしまったことから、そう簡単に別れを切り出せなくなるだろう。
相手はきっとこういう。
「俺が新しいのを買ってやるから、元カレのものなんか捨ててくれ」
というかも知れない。
ただ、綾香の方とすると、
「あなたと、元カレとは別次元の人なの。そうじゃなければ、私は恋愛ができないと思っているの」
と感じていたので、どうして彼が元カレと自分を比較するのか分からなかった。
普通に考えれば、それが嫉妬から来るものであって、嫉妬心というのが、自分のことを愛してくれているという証拠にもなるということを、どこまで分かっているのかということである。
綾香の理屈は、相手には、
「自分勝手な都合のいい解釈」
としてしか映らず、そうなると、またしても、
「交わることのない平行線」
を描くことになると分かってくるのだった。
交わることのない平行線という考え方は、元カレと別れてから少しして気付いたことであった。どうしてこんな簡単に分かる理屈が分からなかったのかと思ったほどだが、それを、
「これが初恋だったからで、仕方のないことなんだわ」
と、綾香は考えていた。
だが、そうではないことを、新しくできた彼から思い知らされた。理由はその時々で違うということも分からずに、ただ、
「私は男心が分かっていないんだ」
ということだけは分かった。
それを、異性という医学上の身体的な違いに見出してしまったことで、さらに余計な結界が自分の前にできてしまったのではないかと思うのだった。綾香は自分がいかに分かっていないのかということだけは分かったのだ。
とはいえ、やはり、元カレからもらったものを捨てることはできず、彼の前に出る時だけつけてこないようにすればいいと思ったが、それは甘かった。
一緒にいない時でも、彼は同じ学校なのだから、廊下ですれ違うこともあるだろう。彼がそこまで気にしているとは思ってもいなかったので、まさか見つかるとは思わなかった。
「どうして、俺のいうことを聞いてくれないんだ? いや、一度は聞いてくれたんだよな? ということは、裏切られたということか?」
と、切実に訴えてきた。
さすがにそれを聞くと、綾香の中で、
「この男、何て女々しいのかしら?」
と感じた。
まるで重箱の隅を突っつくように、綾香を監視している。そこまで監視されれば、まったく身動きが取れなくなって、自分はどうすればいいのか分からなくなってしまうだろう。それを思うと、綾香は、
「もう、この男とは終わりだわ」
と、今度は自分もキレてしまっていることに気づくのだった。
最初は、結構綾香のことを気にする男もいたが、次第に気にする男子が少なくなってきていた。もちろん、容姿は綺麗なので相変わらず目立っていたが、それだけに、気になる人と無視する人が極檀だと言ってもいい。無視する人も、綺麗だとは思いながら、
「こんな女は好きになれない」
という人がいるかと思えば。
「こんな女に関わってしまうと、ロクなことはない」
と思う人もいて、それだけ綺麗なだけに、辛辣な感情を抱いている男の人も多いということだ。
くらげ
綾香の大学の同級生に、少し変わった女の子がいることを、綾香はあまり気にしていなかった。そもそも、初めての彼氏ができてから、彼女の視線は男にしか向いていなかった。友達をたくさん作ったのに、彼氏ができたとたん、男子にばかり視線を向けていた。
男子は綾香のそんな視線に気づいているわけではなかったが、女性からみれば、これほどあざとく見えることもなかった。
そんなところからも、男性に対してあっちについたり、こっちついたりしているように見えて、
「コウモリ」
と言われているのを、彼女のそんなところだと思っている人も多かった。
彼女がコウモリと言われるゆえんは、
「男子ばかりしか意識せず、男子の生き血を吸う」
という意味で、男女が逆になっているが、女ドラキュラとでもいうべきか、そんな存在から、彼女のことを、皆が、
「コウモリ」
と呼んでいると思っている人も少なからずいた。
「コウモリ」
と言われて、卑怯なコウモリのイメージなのか、それとも、吸血鬼「ドラキュラ」のイメージなのか、まったく違う感覚であるが、どちらも、あまりいいイメージではない。結果として、人知れず、暗くジメジメしたところに生息していて、その姿をまともに見られることがないというイメージに結び付いているのだった。
綾香を見た男性は、
「あれだけ綺麗で、目立っているのに、そんな彼女のどこがコウモリだというのだ?」
という発想から、実際の生態系や形状よりも、完全に伝説でしか考えていないことは分かっている。
では、卑怯なコウモリのように、そんなにあっちにこっちに都合よくいい顔をしているように見えるかと言われると、別に彼女に、パシリがいるわけではない、
かといって、吸血鬼「ドラキュラ」のごとく、男の生き血を吸って、吸われた男は自分も吸血鬼になっていき、次第に皆彼女のいうことを聞くしもべのようになっていくというわけでもない、
奇しくも、もしそのような状況になってしまうと、結果的に、卑怯なコウモリにおけるコウモリの行動の結果と一緒になってしまうというのは、ある意味、
「悪しきイメージのあるものは、最終的に行き着く先は決まってしまうのではないだろうか?」
言えるような気がした。
どちらにしても、綾香のあだ名である「コウモリ」というのは、あまりいいイメージのあだ名ではない。しかも、彼女を知っている程度の男性であれば、彼女がどうして、「コウモリ」などというあありいいイメージではない皮肉を込めたようなあだ名で呼ばれているのか、まったく分からないだろう。
やはり、男性でも、ある程度仲良くなってしまわないと、彼女の本性が分からないというのが男性の見え方なのだろう。
逆に女性は、そんな彼女のことを、皆が「コウモリ」と呼んでいるということを、さほど仲良くなくても分かるのだった。
「同性から見れば、あんなにあざといのを見ていると、コウモリって言われている彼女の本性はすぐに分かるわよ」
と言っていた。
その理由を聞くと、
「彼女に限らず、女性というのは、皆どこかコウモリのようなところがあるのよ。あざとさそのものをコウモリのように感じている人は多いの」
というのであった。
そんなありがたくもないあだ名をつけられた綾香だったが、自分がコウモリというあだ名をつけられていることは分かっていたが、どうしてコウモリと言われることになったのか、自分で分かっているわけではなかったのだ。
そんな綾香の同級生の変わった女の子は、今でこそ、
「いつの間にか友達になっていた」
という吉倉あいりだった。
普通なら知り合うはずもない二人だと思えたのだが、二人の間に共通の友達がいたというだけのことだった。