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クラゲとコウモリ

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 その時は分からなかったが、彼の気持ちが最後の言葉に出ていたことが分かった。そして、それが彼の本音であり、綾香のことを、もう愛することはできないと言ったのと同じだった。
 それは、彼が言った、自分のことばかり見ていて、まわりのことを見ていないというところであった。
 普通付き合っている関係の男女であれば、まわりというところを、俺というのではないだろうか。つまりは、
「君はいつも自分のことばかりで、俺のことは見ていない」
 というはずである、
 なぜなら、今の会話は別れについての理由を聞かれているのに、自分がどう感じているかということをいう場面で、第一人称が出てこないというのはおかしいではないか。
 それを、まわりという言葉でごまかしたのだ。それは、二人の関係の中で、自分が思っている二人は、すでに付き合っていないということを言いたかった。だから、自分という言葉を口にしたくなかったのだろう。
 綾子は、この言葉を聞いてショックだった。それは、自分が自己中心的な人間だと言われていることに対して、自分としてショックだと思っていたのだ。すでに別れを告げられた相手を引き付けておこうというつもりはなかった。だからこそ、別れに対しての理由が必要だったのだ。
 だが、このセリフは明らかに彼が悪いというわけではない、何しろ、彼の口から自分自身のことが出てこないからだ。それはあくまでも綾香が彼に理由を聞いたわけを最初から分かっていて、そうはさせじと、考えて答えたのではないかと思うと、これほど癪に障るものもなかった。
 こんな言葉で綾香は別れることを納得できるはずもない。
 どっちに転んでも、何かを得られると思っていた綾香の考えは、脆くも崩れ去ったのである。
 そして、残ったのは、自己嫌悪であった。
 こっちの考えを簡単に見破られたという思いと、これでは、最後まで自分が悪者であることが確定してしまったかのような結果がいたたまれなかった。
「自分で自分の首を絞めてしまった」
 墓穴を掘ってしまったことに、後悔の念は激しくなり、綾香はそのことを自分でまたしても理解できない状態になった。
「自己嫌悪は自分でなるものであって、こんな形でなるのは初めてだ」
 と感じたのだった。
 そして、その後、しばらくしてまた告白してきた人と付き合うことになった。最初こそは前のことがあったので、少し戸惑ったのだが、結局押されて付き合うことになったのだ。
 だが、今回も長続きしなかった。その理由は
「モノを捨てられないこと」
 にあったのだ。
 綾香は、最初に付き合った男からプレゼントしてもらったものを捨てられなかった。捨てられないどころか、それをそのまま身につけているほどだった。
 別れても、すぐの頃は必至で彼のことを無視しようとしたが、一度は好きだと思って付き合っていた人なだけに、別れてしまうと、思った以上に未練が残ってしまったのだ。
 彼は完全にこちらを意識していないようだった。何しろ相手から別れを告げてきたのだから、未練などあるはずもない。逆に未練を持たれてしまっては、自分が惨めになるだけだと思ったので、こちらを無視してくれるのはむしろありがたかった。
 しかし、そのくせなぜか、相手が意識しないことが、却って自分が意識することになろうとは思ってもいなかった。チラ見してしまう自分がまるではしたない女になったかのようで、恥ずかしかった。
 ただ、彼がたまに綾香を意識することがあった。その意識する先が、手だったり耳だったりするのが気になった。最初はなぜなのか分からなかったが、彼の表情を見ているうちに気づくようになった。
 彼の表情は、
「お願いだから、勘弁してくれ」
 とでも言いたげな複雑な表情だった。
 それは綾香にしか分からないことであり、他の誰も分かるはずはないと思うのだった。
「そうだ、私。彼からもらった指輪だったり、イヤリング、さらにはネックレスもしていたんだ」
 と気付いたのだ。
 だが、綾香はそれを気にしていなかった。彼がなぜそんな表情をするのが分からない。綾香には、
「別れた相手からもらったものを身につけるなんて、相手に失礼というよりも、自分のプライドが許さない」
 という感覚が分かっていなかったのだ。
「もらったんだから、していてもいいんじゃないの?」
 という程度にしか感じておらず、
「それなら、捨ててしまえばいいじゃないか?」
 と言われたとしても、元々がモノを捨てられない性格だということもあり、すてることもできない。
 それに、せっかく身体にピッタリきているのだから、使ってもいいじゃないという思いから、実用性重視に考え方がシフトしていたのだ。
「別れた相手に貰ったものをつけていて何が悪いというの?」
 と、自問自答をしてみた。
「せっかくもらったのに、使わなかったり、ましてや捨ててしまうなんて、モノに対して悪いわよ」
 と考えていたのだ。
 綾香がモノを捨てられないというのは、整理整頓ができないというだけの理由ではなく、本当に物持ちがいいということにも繋がっているのではないだろうか。
 そういう意味で、モノを捨てられないというのが、本当に悪いことなのかと、最近は感じるようになった。
 そのせいもあってか、整理整頓ができないのは相変わらずだが、モノを捨てられないことに関して正当性ができた感じがして、自分で自分を納得させられたことで、安心感が広がったのだ。
 そのおかげからか、彼への未練は急速になくなっていった。彼からもらったものを想い出として持っていればいいと思ったからだ。
「思い出は自分だけのもので、まわりからとやかく言われるものではない」
 と考えるようになり、大っぴらにつけるようになった。
 もちろん、まわりの人はそれが、元カレからのプレゼントなどと思わないので、誰も何もいう人はいなかった。
 たまに、気にする人がいても、
「そのアクセサリーに合っているわ」
 と褒めてくれる人ばかりなので、実に楽しい気持ちにさせられた。
 しかし、それが以降の交際に響いてくるとは思ってもいなかった。
 本当は誰にも気づかれていないと思っていたのは、綾香の勝手な思い込みだった。考えてみれば、イヤリングやネックレスは別にして、指輪はさすがに目立つというものだ。それを指摘しなかったのは、下手にその話題に触れて、女性同士で余計な諍いを起こすことを避けていたからだろう。
 今は綾香のことだけど、もし自分が同じ立場になれば、攻撃されることは確実に分かっていたからだ。
 だが、男はそのあたりをあまり気にしない、デリカシーがないというべきか、いや、それだけ綾香のことを好きになったからではないだろうか。もしそうであれば、綾香はその男性に対して実に失礼なことをしているわけで、指摘されたり嫉妬されたりしても、それは本人が悪いのだ。
 だが、前述のように綾香はそのあたりには無頓着だった。だから、指摘されるとどうして自分が指摘されたのかを悟ることもなく、結果、相手を傷つけていることも分からずに。どうしていいのか分からない状態になった。
 それでも、まだお互いに付き合い始めてすぐであれば、
「俺、何か勘違いしていたようだ。さよなら」
作品名:クラゲとコウモリ 作家名:森本晃次