恐怖症の研究
だが、社交性があり、人徳があったことで、研究室の後継者として、F大学が研究者肌に一番似合っている川村教授を押したのに対して、T大学の方は、研究者というよりも、組織の長としての魅力という意味で、里村教授を推したのだった。
里村教授は研究もさることながら、計画の立案であったり、スポークスマンとして、マスコミなどの前に自分から率先して出ていくという意味で、世間からは、
「実に万能な教授だ」
と思われているようだった。
研究書籍の出版も頻繁で、その著書の多さから、執筆かとしても、テレビに引っ張りだこだったこともあった。そのたびに、
「私は研究者ですから」
と謙遜していたが、実際には、謙遜などしておらず、
「俺ならこれくらい普通だよ」
と言わんばかりだったのだ。
そんな里村教授を慕って研究所員に加わりたいと思っている学生はたくさんいた。
そもそも、T大学入学を第一志望にしている理数系の人のほとんどが、
「里村教授がいるから」
ということを志望動機にしていた。
里村教授のウワサは高校生の間でも有名で、理数系の進学を目指している人で、彼のことを知らない学生はいないほどだった。
「里村教授は、学生からも慕われていて、その著書も多く、尊敬すべき研究者です」
と、研究員は、皆口を揃えてそう言っていた。
川村教授とは正反対で、
「川村教授は、研究者としては、第一人者だとは認めるけど、どうも気難しい人で、真面目過ぎるがゆえに、融通が利かないところがるので、どう接すればいいのか分からないところがあるんですよね」
というのが、同じ学部の他の教授の評価だった。
「だけど、あんなに研究に対して真面目に取り組んでいる人はいないですよね。そこだけは見習わなければいけないと思っています」
と、いう言葉で世間に釘を刺すのを忘れていなかった。
T大学も、文部科学省から、支援金を得ていた。こちらには、F大学のように、研究支援金の打ち切りの話は来ていなかった。
「うちの大学は、これからも、国家のための研究に邁進していきます」
ということなので、支援金が貰えた。
しかし、川村教授の方は、
「我々の研究はあくまでも、人類の平和と、生活の安心安全のために行うものなんです。どこからも、指示される覚えはありません」
という姿勢を貫いていた。
ここでいう、
「どこからも」
というのは、完全に文部科学省を相手に言っていることであって、文部科学省とすれば、宣戦布告されたも同然であった。
「これじゃあ、支援金を打ち切られるのも無理もないだろうな」
と言われたが、一度頑なになると、頑固さが叙実になっていき、自分でも抑えることができないくらいの状態になってしまうのだろう。
それが、川村教授であり、普段の冷静沈着な態度からは想像もできないほどになってしまうのだった。
だが、川村教授には、自分の信念のようなものがあった。その信念のせいで、そのやり方に付き合わされる研究員は気の毒だったが、それが研究員の研究員たるゆえんで、
「俺たちだって、研究者の端くれ、研究者のプライドを捨てるくらいだったら、川村教授と心中するくらいの心構えは持っている」
と思っていた。
しかし、川村教授は、裏で実は文部科学省の重鎮と繋がっていた。
しかも、その文部科学省の重鎮は、これも裏で厚生労働省とも繋がっているので、心理学的な研究を進める川村教授のその手腕を、厚生労働省も注目していた。
「文部科学省が見切りをつけるのであれば、それだったら、厚生労働省が載り出そうではないか」
と、いうのを、文部科学省の重鎮が抑えたのだった。
「ここは水面下で進めた方が、国民から余計な攻撃を受けることもないし、今後の選挙にも響かない。うまくいけば選挙対策にもなるというもので、川村教授を裏でバックアップして、お互いに甘い汁を吸おうじゃないか」
という密談ができていた。
そういう意味で、川村研究室は、お飾り、表向きの隠れ蓑になっていたというわけで、厚生労働省が今開設を控えている研究室の客員として、川村教授を招くことにしている。あくまでも、最初は客員ということであるが、次第に関係を深くして言って、最終的に、そこの室長に就任させるということである
厚生労働省にとっても、自分たちが甘い汁を吸うために、お抱えの研究者が必要だということである。
彼らは今。T大学の薬剤学部に目をつけている。
そこの教授を抜擢しようとも思っていたが、彼は真面目過ぎるだけで、裏の仕事を任せるには心もとない。
変に改心でもされて、マスコミにリークでもされれば、どうしようもなくなり、一気に破滅の道を歩むことになる。
あくまでも、その教授の目を表だけに釘付けにしておくには。そもそも裏表を持った川村教授のような人が中に入っていてくれないと困るのだ。
「いざとなったら、川村教授にすべての責任を押し付けて、俺たちは攻撃する側になればいいんだ」
という、本当に悪代官と越後屋のような関係になってしまいそうであった。
さすがに、そこまで政治家がズブズブの悪党だということを川村教授も知らなかった。
それを教えてくれた人がいたのだが、その人の助言もあってか、自分だけが悪者になるという構図だけは避けなければならないということで、厚生労働省と、文部科学省の重鎮が、料亭で密会しているところを証拠として、抑えていた。
これが、川村教授にとっての保険であり、キリ札でもあった。
「これが公表されることになったら、内閣が総辞職ということにだってなるかも知れないよな。下手をすれば政権交代だよ」
という話が出るほど、このズブズブの関係を国民が知れば、誰も許す人はいないだろう。
ただでさえ、内閣支持率は最悪だった。砂遊びでの山崩しでいうところの、
「あと一回分」
つまりは、首の皮一枚だけで、引っかかっているだけだった。
「本当にひどい。これは、以前に年金を消した自体が起こった時のような、国民を舐めているとしかいいようはない状態だ」
というのが、国民の意見だろう。
あと一押しで瓦解する内閣なのに、それ以上の大波が押し酔えるのだ。内閣どころか、政府与党も一網打尽、それほどのものだった。
内閣の総辞職くらいはありえるだろうが、解散総選挙ともなれば、与党に勝ち目があるのだろうか、
ただし、野党もろくな政党があるわけでもない。
金権政治と今の与党のマネをしているのではないかと思えるほどの野党もあれば、批判だけはするが、代案を出すことは決してなく、しかも、トンチンカンな内容で、国会を引っ掻き回すだけの野党、
この間など、大臣が少し遅刻したというだけで、大切な法案を話し合う場所であったのに、全員が退室して、その日は審議に入れなかったという、まるで子供の喧嘩のようなことしかできない政党である。
そんなところに、国家の興亡を任せるなどできるはずもなく、そうなると、消去法で、またしても与党が政権をとるということにしかならない未来も選択肢としてはあるのだった。
「本当に与党でいいのか?」
国民は皆そう思っている。