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恐怖症の研究

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「そうかも知れません。そこまでは考えたことがなかったんですが、その人もプロということもあって、現地につくと、覚悟が決まったのか、ちゃんと仕事をしていたんですよ。カメラがブレることもなく、さすがに私もプロだって思ったんですけどね。取材の方法としては、最初にレポーターの女の子が先に入って、それをカメララマンとマイクが追うという形式なんですが、私は、照明も兼ねていたので、彼女にあまり影ができないようにと思いながら照明を当てていたんですが、奥に行くほど、影が深く感じられるようになったんですよ。どうしてだと思いますか?」
 と聞かれた教授は、
「そうですね、たぶんですが、最初は明かりによって目が誘導されていたものを、目が慣れてきたことで、次第に明るさに慣れてきたために、明かりではなく、感覚で見えるようになってきた。だから、ある意味明かりは補助のようになってしまったことで、光の余った力が影になって、人間の錯覚に辻褄を合わせようとしたのではないでしょうか?」
 と教授は答えた。
「なるほど、その通りかお知れませんね。前に照明の人に聞いた時も、似たようなことを言っていました。だから、照明も目が慣れてくると、錯覚をなるべく減らすため、別の方向に光を当てるようにするらしいんです。そのタイミングは微妙に難しいらしく、カメラマンの方も、同じように光を追わないようにしているらしいんです。カメラマンと照明がうまくいかないと、影が浮き上がって見えて、恐怖を必要以上に煽ってしまうんだそうです。いくら心霊スポットと言っても、やりすぎると、やらせに見えてしまうし、なるべく、自然現象は自然のままに写し出さないといけないというのが、ある意味で、放送倫理になるんだと思っています」
 と、門松記者は言った。
「そのあたりのテクニックは、さすがだとは思いますね。確かに、暗いところから急に明るい光を一瞬で充てるストロボのような効果、以前あったポケモンショックのようなもので光過敏性発作というのですが、これは光による目に対しての強烈な刺激からの発作ということですね。そういう意味で、暗いところからいきなり明るいところに出てはいけないともいうでしょう? あれと同じことなんですよ。特に、人間の肉眼で見る映像と、テレビカメラなどを通して見る映像では、まったく違う場合はありますからね」
 と川村教授がいうと、
「昔のブラウン管のテレビ画面やデスクトップパソコンの画面が、ドラマなどで映し出されると、そこには、線が入ったように見えますよね。あれと同じような感じですね?」
 と門松記者がいうと、
「そうですね。あれは、画像を光の細かい線にして表示しているからなんですよ。この線のことを『走査線』というんですが、この影響が出て、黒い帯状の横線が表示されるんです」
「そういうことだったんですね。たぶん、カメラマンの人は知っていたかも知れませんね。今度聞いてみることにします」
「ところで、その人がどうかしたんですか?」
 と聞かれた門松記者が、
「あ、いや、それがですね、取材が終わってから、その後で編集作業とかに入るんですが、その時に、カメラマンがおかしなことを言い出したんです」
「というと?」
「彼がいうには、自分が撮影中に見ていた映像と、実際に写し出された映像が、どこかが違うと言い出したんです。それで、どこが違うのかって聞いてみたんですが、漠然としていて、どこが違うのか、自分でも分からないと言い出したんです」
 というのだ。
「こんなことはよくあることなんですか?」
 という質問に、
「いや、私はあまり聞いたことがありません。ただ、私のような慣れない人間が照明を担当したからじゃないかって聞くと、そうかも知れないけど、何か、自分が肉眼で見ていたものに比べて、映像に写し出された光景にないものがあるような気がするというのですよ。何しろ、肉眼の感覚とカメラに写し出されたものの検証なので、当然、後者の方が当たっているはずですよね。それはカメラマンも分かっているはずなんです。それなのに、一生懸命に、何かが違うって訴えているようなんですよ」
「その人は、そんなに自分の意見を言い張るタイプなんですか?」
 と、教授は先ほどから、その現象が他の一般的なものと何が違うのかということを比較しようとしているかのようだった。
「そんなことはないと思います。どちらかというと気が弱いタイプなんですよ。ただ、ガタイがいいので勘違いされがちなんですが、結構、気の優しい、そして気が利く人なんですよ」
 と門松は言った。
「なるほど、がたいが強くて、気が弱いというのは、悪い言い方をすれば、うどの大木と見られがちなんでしょうが、実際には、気が優しいところがあるというのは、よく聞きまるよね。じゃあ、気が弱いんですか?」
 と聞くと、
「そうでもないですよ。自己主張はあまりしませんが、身近な人のためになるようなことであれば、その人のために必死になるタイプです。でも、こういう人は、何かの団体であったり、組織の中には一人はいそうな感じだと思いますよ」
 と門松が言った。
「そうなんですね」
 と言ってから、自分の研究室のメンバーを思い返してみれば、そんな人は一人もいなかった。
――なるほど、学者肌には、それほどいるタイプではないんだろうな――
 と、実際にその人のイメージを頭に浮かべてみると、なかなか想像することができないことから、そう感じたのだった。
「でも、ウソがつけるひとではないんでしょう? だとすると、その人がそこまで言い張るのであれば、絶対的な根拠があるんでそうね」
 と教授がいうと、
「そうなんですよ。だから、皆半信半疑ではあったんですが、信じるにしても、信じないにしても、モヤモヤが頭の中に残ってしまう。これなら、言わないでほしかったと思うのも無理もないことだと思うんです」
 というので、
「誰か、言わないでほしかったと言ったんですか?」
 と教授がいうと、
「ええ、そうなんです。レポーターの女の子がそう言って、笑ったんですが、その時、急に笑い出した女の子の表情が急展開して、世にもおぞましいものでも見てしまったというような表情をして、今度は震え出したんです」
「それで?」
 門松記者がそう言いながら、次第に声のトーンが低くなり、口調も心なしかゆっくりになってくると、言葉を切ることが多くなってきたので、川村教授が時々、背中を押すかのようにしないと、会話が進展しないかのように思われた。
「彼女は、震えた指でモニターに映った画像を見ていたんですが、他の誰も同じ画像を見ているのに、何も言わないんです、おかしいと最初に言い出したカメラマンですら、何を彼女がそんなにビビっているのかが分からないみたいで、キョトンとしていました。もちろん、私も同じだったんですが、すぐに彼女は怖くなったのか、部屋から出て行ってしまいました」
 と、門松がいうと、落ち着き払ったかのように、
「ところで、その時のそれぞれの位置関係はどうだったんですか?」
 と聞いたので、
「皆の真ん中にいたのがリポーターの女の子で、その子の両隣に、それぞれ男性陣という感じですね。だから、モニターの真正面には彼女がいた形です」
作品名:恐怖症の研究 作家名:森本晃次