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恐怖症の研究

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 記者会見の時間は、約一時間だが、質疑応答を最後にせずに、その都度行うというのは、意外と時間を取られないでよさそうだ。これが政治の話題などになると、質疑も結構あるので、最後に持っていった方が、同じような質問が頭に浮かんでも、誰かが代表で質問するような感じなのだが、途中で質疑を入れると、その時々の質問になるので、金太郎飴のように、同じような質問になってしまう。それでも、状況が違っているので、似たような質問でも同じではないということで、いちいち答えなければいけない。それは、実に質問を受ける側は億劫なものだ。最後に質問を回せば、話の流れから、質問する方もなるべく同じ質問をしないようにしようと意識するだろうから、質問の数も少ない。何よりも、最後に回すことで時間が限られているということで、ごまかしも聞く。いや、質問をする方も最後だと何を聞いていいのか分からなくなる人もいて、ごまかしがききそうな感じなのだ。
 だが、それは、誰にでも分かる話の時であり、学術発表などの専門的な話になると、質疑応答を最後に回せば、質問自体がなくなってしまう。それも記者会見を行う方とすれば、困るのだ。一応、プレス関係の人の反応を見ておきたいという意識があるからで、そのためには今回のように、記者会見の合間に質疑応答を挟むのもいいことであった。
 あらかた、説明も終わり、時計を見ると、所要時間の一時間にほぼピタリだった。発表自体は三十分くらいだろうと思っていたので、少し幅を持たせて一時間という時間にしたが、ちょうどいいくらいの時間になったということは、それだけ充実していたということなのだろう。
「もう、これ以上何もありませんか?」
 という進行役の人が言ったが、さすがにもう誰も何もなかった。
 進行役の人も誘導がうまいもので、途中に質疑応答を挟んだうえで、一番最後に、この言い方をすれば、誰も質問をしてこないだろうということを分かっての確信犯であった。会場から記者の人たちが去り、教授は進行役の人に一礼すると、そそくさと、研究室へ戻って行った。
 普通なら、この記者会見を主催した大学側の人に挨拶をするのが礼儀なのだろうが、研究室の人は、昔から、進行役の人にだけ挨拶をして、すぐに研究室に引きこもる。
「普段から記者会見など慣れていないだろうから、しょうがない」
 というのが、大学側の考えで、そもそも、大学のために研究して、その完成を発表するのだから、本来であれば、大学側の仕事なのだろうが、何しろ専門的なことなので、開発者、あるいは、研究室の室長が記者会見をしなければいけない。
 しかも慣れていないのだから、記者会見が終われば、相当なストレスになっていることは分かっている。そのあたりを大学側も考慮しているに違いない。
 そのためにも、質疑があれば、記者会見中にしてもらうのがm必須である。研究室に戻った教授を呼び出すわけにもいかず、他の人がこの手の質問に答えられるわけがない。下手なことを答えて、それが間違いだったり、まだ極秘事項であることをうっかり喋ってしまわないとも限らない。そうなれば、大学の信用問題であり、下手をすれば、社会問題を引き起こしかねないだろう。
 研究室に戻った教授は、その日は皆をねぎらうと、残業もせずに、皆を定時で帰らせた。教授自身も定時から三十分以内に研究室を出て、馴染みの飲み屋に顔を出すことにした。
 以前、門松記者と話をしたあの店で、しかも、今日があの日以来の来店となる。
 あの日にはすでに研究は完成していて、後はプレス発表の準備をするだけだった。あの日、実際に研究が完成していたので、精神的には少し楽だった。
 その思いもあるからか、門松記者には、研究について、ある程度的を得ているような、それでいて、話の展開によって、開発すれば面白いと思えるような話を思いつくことができた。さぞや、今日のプレス発表を聞いて、門松記者は、
「しまった」
 と思っているかも知れない。
 さすがに今日は門松記者が来ることはないだろう。もし現れるとすれば、今日ではない日にすると思ったのは、彼がすでに、川村教授の性格を見切っているからではないかと思えたのだ。
 川村教授が今日は記者会見で疲れているだろうということ。そして、研究のような、自分の集中力を最大限に生かせるものに対しては、無双の力を発揮するが、それ以外の、今日の記者会見のようなあまり気乗りしないことで疲れている時には、本当に一人になりたいと思うことを分かってると感じているのだ。
 しかも、そんな時は怒りっぽくなるのは、学者あるあるで、そんな時には、声を掛けることもしてはいけない。放っておくしかないのだ。
 そういう意味で、マスターも今日は川村教授に話しかけない。普段であれば、川村教授に軽く挨拶程度の声を掛けるのがいつものマスターだった。その日の気分は、見た目でも分かるが、どのような話題がいいかというのは、早めに推察するようにしている。早めに聞いておかないと、教授の場合は酔いが回ってくると、その性格が左右に揺れてしまって、どう対処していいのか分からなくなってしまう。要するに、教授は、
「酒には弱いが、たまに一人になって飲みたくなることがある」
 という、そんな客だったのだ。
 だから、その日は、話しかけてもいいと思うと結構早い目から一度話しかけてみる。注文を聞く前に話しかけることもあるくらいで、教授も話しかけられるなら、そのくらいの時間の方がいいと思っていた。
 だが、その日は最初から、今日が記者会見だということも分かっていたので、表情を見ていると、今日という日が、
「話しかけてはいけない日」
 だということは分かったのだ。
 マスターが話しかける時は、まずマスターから話題をふるようにしている、普通の状態であれば、教授はマスターの投げたボールを普通に投げ返してくるので、非常に話題も作りやすい。比較的話題にNGがないのはありがたいことであった。
 その日、店には比較的客が少なかった。まだ早い時間ということもあったが、川村教授にとってはありがたかった。こういう日は、二時間くらいで引き揚げればいいと思っているので、今日は酒というよりも、食事をしに来た気分だったのだ。
 やはり、普段やり慣れていない記者会見などをすると、お腹が空くものである。普段ならあまりこってりとしたものは食べなくて、しかもアルコールが入ると、最近では、時短メニューと言われるような、枝豆や卵焼き、サラダのようなものが多かったのだが、この日は焼き鳥もお任せで作ってもらった。それだけ腹が空いていたということだろう。
 これにはさすがにマスターも少しビックリした。若い人であれば、焼き鳥に行くのは分かるが、
「この年齢になると、あっさりしたものが口に合うようになってね」
 と、常々言っている教授だったからだ。
 それはきっと、最初は、そういい続けているうちに、あまりこってりしたものを食さないように、いざとなれば、マスターにとめてもらおうという意識があったからだろう。
作品名:恐怖症の研究 作家名:森本晃次