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恐怖症の研究

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「今回、ご紹介させていただくメガネの効用は、今申したように二つです。一つ目の高所恐怖症に関してですが、皆さんの中には、高いところが怖いという人もいると思います。中にはまったく平気だと言われる人も多いと思いますが、まず高所恐怖症というか、高所に恐怖を感じるということが、人間であれば、誰にでもあることだということを前提としてお話させていただきます。高所恐怖症と呼ばれる人は、高いところから下を見ると、身体が勝手に反応して、身が竦んで動けなくなり、そこから痙攣を起こしたり、嘔吐を催したりする人が多いと思います。それは、いくつかの原因があると思います。小さい頃に高いところから落ちた恐怖であったり、恐怖に至るまでの外的障害のようなものが影響して、恐怖を感じます。まずは視覚で、感じたものが脳に恐怖として送られるのか、それとも、脳に送られたものを脳が恐怖と感じるのか、そのどちらなのかということですが、私は、前者だと思っています。つまり、視覚で恐怖を感じる。見た瞬間を抑えてしまわないと、高所恐怖症は収まらないのだと思いました。そういう意味で、恐怖というものを根本からなくしてしまうしかないんです。その根拠として、子供の頃のトラウマを思い出して、高いところは怖いものだという先入観を抱いていると、本当は恐怖でもないものを恐怖に感じる。それが、疑心暗鬼という先入観で物事を見てしまうと、実際に視界に入ってくる前に、すでに目がくらんだ形で見えるということなんですよ。見ているつもりで、まったく見えていないのと同じですね。いわゆる『幽霊の正体見たり枯れ尾花』と呼ばれる心理と同じですね。だから、このメガネはそんな心理を最初から怖くないという意識で見せるものなんです。そもそも、トラウマというものが恐怖の錯覚を見せるのだから、恐怖に至る前に解消できればいいのではないかというところから始まった発明なんです」
 と、まずは、高所恐怖症に関しての話だった。
 今回の記者会見は、最後に質疑応答の形をとっておらず、途中で質問があれば、発言が途切れた時に、言っていいというルールで開催されている。だから、このタイミングでの質問は許可されていた。
「はい」
 と言って、一人の記者が質問をした。
「教授は、高所恐怖症にいろいろな原因があると言いましたが、今回の発明ですべてを網羅胃できているとお考えですか?」
 と訊かれて、
「すべてだとは思っていません。原因というのはさまざまで、一つの恐怖症の原因を克服すると、別の恐怖症が生まれてくる場合もあります。それは高所恐怖症に限らずだと思っています。そういう場合の複雑なメカニズムがなかなか解明されていないので、我々はそちらの研究も並行して行っているのです。これからの話の文脈の中でお伝えできるかと思っていましたが、先に質問されてしまいましたね」
 と言って、教授は微笑んだ。
「ありがとうございました」
 と言って、その記者は納得したようだが、他の記者も納得してくれていたのか分からないが、とりあえず、話を進めることにした。
「もう一つの効果になるんですが、その効果を示すという意味のパフォーマンスとして、まずこの会場を、普通の記者会見場と別の形にしていたので、皆さんは違和感を感じられたと思いますが、それは、舞台効果のような演出が施されていることですね。普通の記者会見であれば、前に長机が並んでいて、主催者側の人が並んでいて、近くに記者席が折り畳み式の椅子かあるいは、筆記できる簡易の椅子のついたテーブル椅子のようなものがあるのが普通だと思いますが、今回は、大学の講堂をお借りしての舞台効果を用いらせていただきました。これは、もちろん、発明に対しての演出であり、ただの奇抜な趣向というわけではありません。最初に私が、皆さんの方を見渡して、目が合った時、会釈していただいた方に対して、こちらからも会釈をしたことに気づかれた方も多かったと思います。これに関して、何か違和感を持たれた方、いらっしゃいませんか? これが私どもの発明に関係してくるのですがね」
 と言って、また、まわりを見渡した。
 まわりの反応は普通なら真っ暗なのだが、手に取るように分かった。
 一生懸命にメモを取っている若手の記者もいれば、半信半疑なのか、何かを書くつもちもなく、身体を崩して、まるで他人事のように訊いてり人もいる。かと思えば、何かあれば、重箱の底を突いてやろうとして、虎視眈々と狙っている人もいる。
「暗いものというのは、恐怖を煽りますよね? 目の前に何があるのか分からない恐怖。それはまるで、暗黒の世界で自分がどこにいるのか分からず、前に踏み出そうにも後ろに下がろうにも、どうしようもなくなってしまう。そもそも、どっちが前でどっちが後ろなのかも分からないですよね? それが恐怖というものなんです。そして考えることは、このまま身動きもできず、自分がどうしていいか分からない。頼みは助けがあるかも知れないというだけで、そのうちに、その可能性もないことに気づいてしまう。そうなると人間はどうなるでしょう? その人の性格にもよると思うんですが、無駄に過ぎる時間であっても、このまま、じっと待っている人。あるいは、どうなるか分からないが、覚悟を決めて動き出す人、皆さんはどちらなんでしょうね?」
 と、まわりに問いかけてみた。
 すると、その中の一人が手を挙げるので、
「はい、そこの人」
 というと、
「私なら、覚悟を決めますね。じっとそのまま時間だけが過ぎても何も起こらないわけでしょう? それが分かれば、奈落の底に落ちて死んでしまうかお知れないけど、それでも仕方がないと思って、動きます。後で後悔しようにも死んでいるので、その心配はありませんからね」
 と、最後に笑い話にならない笑いを交えて話をした。
 それを聞いた演台の上の川村教授は、
「ええ、その通りでしょうね。私もそうします。可能性としては、半々だという思いでですね。でも、実際には、暗闇の中で奈落の底に落ちるということは、まずありませんからね。自分の考えすぎだということで、ほっと胸を撫でおろすということになるんでしょうが、その時の恐怖は拭い去れませんよね? 実際にこういう経験は、夢うつつの状態では得てして起こりやすいことなんです。夢というのは、目が覚める前の一瞬で見るということを言われていますが、私はその発想を少し発展させています。今のような怖い夢は、本当に目が覚める前に見るものなんですよ。だから、怖い夢だけは覚えているんです。眠りの浅い時に見た夢は、潜在意識が働く余地がないので、眠りが深いと思われるところで見るんだと思われます。そういう意味では、さっきのような恐怖を感じるような夢を見る確率は高いと思うんですよ。それでですね、皆さんにもう一度お伺いしますが、この恐怖を拭い去るにはどうすればいいと考えますか?」
 と、言われたので、皆考えているふりをしているが、実際には誰も考えていない。
 考えたとしても、最初の一瞬で、それ以上何も勘変えていなかった。ただ、それは考えられないというべきで、最初のとっかかりが思い浮かばないのだ。
作品名:恐怖症の研究 作家名:森本晃次