着地点での記憶の行方
それにしても、風俗が好きな国立だったが、国立は別に女に不自由しているわけでもない。かといって、飽きっぽい性格なので、一人の女性だけでは我慢できないというわけでもない。風俗では何人もの女性と逢瀬を交わしたが、あくまでも疑似恋愛だということを分かってのことなので、後腐れがないという意味では、ほとんどの議員が不倫をしている中での風俗通いというのは、見る人によっては、気色が悪いと思われるかも知れないが、倫理上は問題がない部類であろう。
国立はそもそも不倫というものに興味はなかった。
「人のものを奪うところに背徳感があって、燃えるというのか?」
とも考えたが、正直一度、恋愛をした相手が旦那もちだったことがあった。
相手は完全に不倫目的で、この年になるまで独身でいる国立を狙って、言い寄ってきたのだ。
普段から女性に言い寄られることはなかったのだが、それは国立が女性に対して、相当にストイックに見えたからであって、国立にとっては最初その女性に対して興味はまったくなかったと言ってもいい。
好みのタイプではなかったのが一番であるが、相手があざとい雰囲気で攻撃してくると、男としては、
「据え膳食わぬは男の恥」
という気持ちが盛り上がって、一夜を共にしてしまった、
かなり酔いがまわっていたのもその一つだが、そんなことは言い訳にもならないだろう。
だが、一度身体を重ねてしまうと、そのオンナは態度が一変した。
「県会議員が不倫なんて、表に出たら、あなたどうなるかしらね?」
と脅しをかけてくる。
「何が目的だ?」
というと、
「そうね、お小遣いくれるかしら?」
と言ってきたので、そのオンナの目的がやっと分かった。
しかし、そのオンナも相手が悪かった。国立は同時、県議会の中でも中心的なところにいて、スキャンダルはまずかった。しかも、ちょうど彼の入っていた組織には、そういうことを切り抜けるためのエキスパートがいて、最終的にうまく収めてくれた。
「国立さん、今後は気を付けてくださいよ。もう大丈夫だとは思いますが」
と、国立が元々、女に関して問題を起こすタイプではないことを分かっているだけに、エキスパートの方も、苦笑いをするだけだった。
しかし、当の国立の方は、恐縮してしまい、
「二度とこんなバカなことはしない」
と心に決めていた。
風俗に通い始めたのも、その頃からで、精神的なストレスが身体に直結していることに気づかなかったことが、余計なトラブルを招いた原因だということを考えると、風俗の存在意義をいまさらながらに感じ、しかも、記憶に定かではないと思うほど古く、そして遠く感じられるくらいの風俗経験がよみがえってくるようで、通い詰めるようになったのは、きっと、あの時に最初に相手をしてくれた女性を思い出したくて通っているようなものだった。
店も、女の子の名前も覚えていない。何しろもう、二十五年くらい前の記憶なので、覚えているわけもないかと思ったが、まだ二十五年くらい前の記憶である。何かのきっかけで思い出すのではないか、いや、思い出したいと思うのだ、
国立は、女性の性格を、顔の雰囲気から想像して、考えるようにしている。だから、自分の好みのタイプの顔は、その表情から性格が分かると思う人であって、どんなに綺麗であろうが、まわりの百人が百人、綺麗だと言っても、
「綺麗なのかも知れないが、僕が好きになることはない」
と思うのだった、
どちらかというと、皆が見て、
「どこにでもいるような平凡で目立たない女性」
という方が国立の好みだった。
それだけ分かりやすいということなのか、そういう女性は自分の性格を隠そうとして、内に籠るかのように見える。そういう女性の方が、国立にはその人の性格がよく分かるからだった。
しかも、そういう人に限って、相手も国立のことがよく分かるようで、本当であれば、相思相愛であってもいいと言われるような女性がいてもおかしくなく、今まで結婚できないのをまわりも、
「どうしてなんだろうな?」
と訝しく思っていたのだ。
国立にとって、一般の女性が何となくダメなのだと思っていた。それは、あの美人局のような女のやり口に引っかかったことでトラウマになったからではないかと思ったが、そうではなかった。
実際に、あの美人局オンナとの一夜も、決して心地よいと思っていたわけではなかった。
どちらかというと、自分が奴隷にされたかのような情けなさがあり、すべてが、
「早く終わらないかな?」
と思っていた気がした。
しまいには、一緒にいることさえ億劫に感じられ、酒に酔っていなければ、絶対に相手にしない相手だったはずだとすぐにその後感じ、後悔の念がこみあげてきたものだった。
しかも、そのオンナが悪党だったなんて……。
後から思えば、いかにも悪い女という感じではないか、今までなら絶対に引っかからないはずの女なのに、なぜあんなに簡単に引っかかってしまったのか、
「何か薬でも盛られたのか?」
と感じたほどだった。
相当時間が経ったあとだったので、クスリの存在を証明することはできなかった。
しかし、その時にトラウマになったのは確かではあったが、それがセックスに対してのトラウマではなかったことは確かだった。
女性恐怖症というのも違っていて、熟女恐怖症であったかも知れない。
そういう意味で、悪い言い方だが、お金さえ払えば、若い女の子と疑似恋愛ができるソープというのはm熟女に騙されてトラウマを負わされた国立のような男には必要なのかも知れない。
リハビリといえばいいのか、リハビリという言葉を口実に何度か通ったが、次第にのめり込んでいく自分を感じた。
「自分の給料でいくのだから、どこに問題があるというのか」
開き直りとも言える感覚に、国立はすっかり、風俗愛好家になっていた。
計画の主旨
国立のそんな気持ちを知ってか知らずか、さくらと一緒にいる高橋は、快楽に溺れていた。こんな快楽がこの世に存在するものかと思いながら、まるで夢のような時間だと思っていた。会話も難しい話なのに、よくさくらもついてきてくれる。
というか、彼女の方も自分の考えをよく話してくれて、お互いに、
「まるで目からうろこが落ちたような気がする」
と思っているのだった。
高橋は、このタイムスリップしてきた時代から、元の世界に戻れるという確信のようなものがあったので、これまで、さほど自分の今置かれている境遇を悲観することはなかったのだが、今回さくら嬢と出会って、初めて、
「こんなにいい快感を知ったのだから、このまま二度とさくらさんに会えなくなるくらいなら、元の世界に戻れなくてもいい」
と感じた。
そして、ふと、前の時代の自分を考えてみると、過去に戻って会いたい人などいないことに、そして、過去の時代に未練のようなものもないことに気づいた。
そう思っていると、次第に頭の中から過去の記憶が消えていくのを感じた。普通、記憶が消えていくことを感覚で分かるなど、ありえないと思っていただけに、
「これ、本当に自分の身体であり、頭なんだろうか?」
と感じるほどだった。
作品名:着地点での記憶の行方 作家名:森本晃次