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着地点での記憶の行方

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 ここでもあすな嬢が関わってきた。この店が急に広い店に感じられた。本来なら狭く感じるはずなのに、おかしな感覚だった。
「記憶が機械によって作られたという感覚は、誰にでも思いつきそうで、実は誰かがそれを言い出さない限り、そういう感覚にならないのだから、やっぱり、最初に言い出した人が間違いなく最初に発想した人なのね、でも、ある程度までは他の人も行きついていたとすれば、後から、自分も考えていたという錯覚に陥ることも無理のないことなのかも知れない」
 と、高橋がいうと、
「でも、そうなると、過去のことが記憶というのであれば、未来に起こることは予言でしょう? 当たる当たらないは別にして、記憶が作られたものだとするのなら、予言というのももっとあってもいいと思うのよ。私は未来のことは分からないという意識があるから、予言なんてできないと思っているけど、皆同じ考えなのかしら?」
 と、さくら嬢は言った。
「僕もさくらさんと同じ感覚なんだけど、確かに予言をする人がもっといてもいいような気がする。でも、今までの歴史から、予言をすることは、まるで神の領域を侵しているかのようで、嫌う人が多かったという意識がある、それは本当は神という存在を使って、誰かに先のことを予言されると困る人がいて、その人が予言をあまり信じないように、予言者を悪魔の使いのような扱いにしているのかも知れない。予言が当たったのかどうかなど、予言を封じ込めてしまえばいくらでも封じ込められるでしょう? でも、たまに予言を公表し、当たらなければ、ウソつき呼ばわりし、当たってしまうと、その力を悪魔の力であるかのように言って、その人を迫害するということを定期的に行っていれば、予言をすることでどんな目に遭うかを示しておくことで、世間をミスリードできると思っているのかも知れないですね」
 と、高橋は言った。
「なるほど、歴史的に予言者の運命は、たいてい悲惨な目に遭っていますよね。それを思うと、今のお話も納得できる気がします」
 と、さくら嬢も感心したように言った。
「でも、記憶と予言って、相対的なものなんだろうか? たとえば、短所と長所って、相対的に思えるんだけど、でも、よく言われるのは、長所と短所は紙一重という言葉でしょう? 記憶と予言も、そういう意味では紙一重にも思うし、元々、発想は同じところから来ているのかも知れないよね? 過去と未来という前提が相対的だというだけのことでね」
 と、高橋は言った。
「じゃあ、記憶から予言が形成される場合もあるっていうことなのかしら?」
「そうかも知れないよ。中には本当に未来のことが分かる人もいたかも知れないけど、過去の記憶が他の人に比べて著しく強い人であれば、そこから未来を割り出して、本人は予言ではないけど、そうなればいいという程度に言ったことが、本当に的中したので、それでまわりが騒ぎだして、予言ということにされてしまったのかも知れない」
「逆転の発想ということね」
「うん、そうなんだ。でも、僕は一つ気になったのが、どうして君は僕がまだ童貞だって分かったんだい? 雰囲気なのかな? それとも素振り? 素振りだとすれば、まだここで出会って数分しか経っていないのに、なぜなんだろうってね?」
 と高橋が聞くと、
「うん、それに関しては私も自信があったわけではないの。ひょっとすると、かつてお店で童貞を失うつもりできていたとして、その人がお店でトラウマになったとしましょうか? それで、好きになった付き合おうと思った女の子がいたとして、その子としようとして、寸前になってトラウマが出てきて、できなかったとしましょう。実際にそういう人は多いのよ。それを克服しようとするには、同じ環境にもう一度自分の身を置く必要がある。そこで克服できなければいけないという治療法があるらしいの、本当なら同じ相手がいいんでしょうけど、いきなり同じ相手はハードルが高すぎるでしょう? だったら、同じ風俗のお店のキャストが相手だという環境に持っていくことで、克服することができれば、晴れて、トラウマ克服に一歩近づけるんじゃないかと思っているんじゃないでしょうか? 私はそんな人を見抜く力があるようで、ひょっとすると、お客さんもそうなんじゃないかと思ったんですが、違いました?」
 とさくら嬢に訊かれて、
「それは残念ながら違いますね。僕にはトラウマはないんだけど、でもおかしいんですよ。確かに記憶の中では童貞を卒業したという意識があるのに、身体が覚えていなかったんですよ、途中までは女性の身体を懐かしいと、いとおしんでいたつもりだったんだけど、肝心のところで、その懐かしさがなく、却って新鮮さを感じてしまったんです。だから、今は、やはり今日が卒業だったのかな? と思うようにしようかと思ったんですが、自分の記憶がそれを許さない感覚になっているのが気になるんですよね」
 と、高橋は言った。
「私はお客さんの相手をしていて、私も何か懐かしいものを感じたんです。それに恥ずかしいんですが、お仕事なので、今までは割り切っていたつもりだった私が、今日は本当に快感に身体をゆだねたんです、何だろう、快感を貪る時間を素直に感じないと、自分自身に叱られそうな気がしたんです。どういうことなんでしょうね?」
 と、さくら嬢は言った。
「そういえば、さっき、さくらさんは、今わの際で、何か口走ったような気がしたんですが、あれは何だったんですか?」
 と言われたさくらは、
「ああ、これも恥ずかしいんだけど、思わず、お父さんを想像しちゃったの。ごめんなさいね」
 と謝ったが、
「どうして謝るんだい? だってさくらちゃんが僕に対してそう思ってくれたんだろう?」
 という高橋に、
「うん、素直にそう思ったの。私お父さんを知らないのよ。だけど、最近になって聞いたことなんだけど、お母さんもお父さんの記憶がないんだって、ただ、お母さんが昔ソープ嬢をしていたのではないかということが分かったの。昔の写真が出てきたんだけど、ぼかしが入っているので、ハッキリと顔は分からないんだけど、かなり綺麗だったみたい」
 とさくら嬢は言った。
 二人がこんな会話をしているちょうどその時間、国立もこの店を訪れていた。
 国立が贔屓にしているのは、あすな嬢だったのだが、あすなも、国立のことを好きなようだった。
「実はね。僕の知り合いが、今日、この店を訪れているんだ」
 と国立が言うと、
「へえ、そうなんだ。国立さんが紹介してくれたの?」
「うん、さくらさんを指名させたんだけどね」
「私でもよかったのに」
 と言って、あすなが微笑みかけると、
「大丈夫さ、焦ることはない」
 と、国立は言った。
 あすなは、国立の言った、
「焦ることはない」
 という言葉を聞いて、
「近いうちに逢うことになりそうね」
 と感じた。
作品名:着地点での記憶の行方 作家名:森本晃次