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着地点での記憶の行方

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 やはり、高橋のような引っ込み思案の男性にそんな短期間で彼女ができるわけもなく、童貞のままだった。ボーナスを使っての童貞卒業というのは、少し違和感があったが、最初に決めたことだったので、悩むことはない。当時のボーナスからソープというのは、結構な出費かも知れない、
 家電を買えば、壊れるまで利用できるので、十年利用したと思えば、少々高くても損をしたという気にはならないが、ソープでは二時間ほどで数万円が飛んでなくなるのだ、それを思うと、さすがに抵抗があってしかるべきだろう。
 しかし、それよりも、童貞卒業という目的で初めてソープを利用するというのが、どこか情けなかった、確かにどういう人は結構いると聞いていたが、高橋のプライドが許さなかった。
 どちらかというと、プライドは高い方なのだが、妥協するのも早い方だったので、自分では、
「割り切りが早い」
 と、ポジティブに考えていた。
 そもそも、高橋はポジティブシンキングの方なので、違和感を感じても、それは短い間で終わってしまう。
「感じるのも早いが、切り替えるのも早い」
 というのは、自他ともに認めるところがあるのは、高橋にとって、長所だったのだと言ってもいいだろう。
「お客さんは童貞を卒業しにきたんですね?」
 と、さくら嬢に言われ、少しビックリした。
「いや、俺は童貞ではない」
 と言いかけたのだが、なぜか出てきた言葉は、
「はい、そうです」
 という言葉だった。
「素直でよろしい」
 と言って笑うさくら嬢を見つめながら、何かを訴えようとしている高橋に気づいたのか、さくら嬢が言った、
「童貞を卒業していたと思っているんでしょう?」
 と言われ、高橋がビックリしていると、
「あなたの表情が、自分は童貞ではないと言っているのを感じたのよ。でもね、私は数か月前にも、一度同じような人にあったことがあるの、その人も、童貞を卒業したと思っていたんだけどってね。でも、実際にはそうじゃなかったの、どうやら、その人の記憶は作られたものだったようなのよ」
 というではないか。
「えっ? それはどういうこと?」
「人の記憶なんて曖昧なもので、それは、コンピュータのように、機械語で記憶されたものらしいの。コンピュータがどうしてあれだけ早く処理できるかというと、言語が単純だからなのよ。単純なだけに、無数にパターンが損座右する。でもその存在するパターンを組み立てていくと、またそのパターンが集約されて、少し狭まった形になるの。それをピラミッドの形に想像していけば、上にいくほど狭まって行って、答えが見つかるというのよ。だから、それなら真ん中に最初からいて、一気に真上に飛び上がれば、最短距離で行けるでしょう? でもね、そのためには最大限のエネルギーが必要なの。コンピュータが実用化されるようになったのって、そんな理屈じゃないのだろうかって、その人は言っていたわ」
 と、いきなり難しい話になった。
「それが記憶を作られたということと、どういう関係があるの?」
 と高橋がいうと、
「人間が記憶することって、よく考えればすごいことよね? 普通に考えれば、生きている時間の記憶がすべて、自分の中のどこかに収められているわけでしょう? 忘れていることがあるとしても、何かの拍子で思い出す。それは、皆記憶することに何ら疑問を感じていないからなのよ。疑問を感じれば感じるほど、記憶があいまいになってくる。あなたは、人間は年を取るほど記憶があいまいになってくると思っているでしょう? それはきっと記憶装置が飽和状態になるからだって、無意識のうちに思っているからなんじゃないかって思うの。でも私はちょっと違うのよね」
 とさくら嬢は言った。
「どういうことなんだい?」
 興味津々で、高橋は訊いた。
 すると、ニッコリと笑って、余裕を見せながら、
「記憶があいまいになるのは、記憶する機能に、疑問を感じるようになるからなの、それは自分が成長して、記憶に対して疑問を抱くようになるからなのか、それとも、意識があいまいになることを年齢とともに受け入れなければならないという宿命のようなものを感じるからなのか、それはその人それぞれによるのかも知れない。年のせいにしてしまうのは、そんなことを考える自分を否定したいと無意識に感じるからなんじゃないかしら?」
 というのだった。
「どうして、そんなことを思うんだい? 誰かにその発想を埋め込まれたの?」
 と聞くと、
「最初は、似たような話をしてくれた人がいて、その話を半信半疑で聴いていたの。それが今言った、記憶が作られたものだと思っている人だったんだけど、その人がいうには、何かウソなんじゃないかと思うことって、実は重要なことで、その時に感じた感覚が電気となって自分の中に格納されるのよ。それが記憶なんだろうけど、一度自分の中で取り込めるように電気にして格納して、思い出す時に、映像に戻して意識するのが、記憶だというのよね。だって、そのまま取り込もうとすれば、同じ時間だけの莫大で広範囲な記憶装置が必要になるでしょう? でも、この発想はコンピュータ開発の基本概念だったのよ。そのことが分かっていないと、記憶が作られたという発想は、永遠に理解できないものであり、コンピュータも生まれなかったんだって思うのよ」
 とさくら嬢は言った。
 この言葉、さくら嬢の口から直接聞いていたのに、何か別の人から聞かされているような気がした。
 その人物が誰なのか、全然分からなかったが、次第に気持ちに余裕のようなものが出てくると、
「なるほど、そういうことか」
 と感じた。
 理由は分からないが、誰が言っていた言葉なのか分かった気がした。
「なんだ、あの言葉は俺が言った言葉じゃなうか。確か、この発想に酔ってしまって誰かに話をした記憶があるんだけど、誰にだったかな?」
 と考えたが、それがなかなか思い出せなかった。
 それをなぜ、三十年後の未来で、ソープ嬢から教えられることになるのか、それも、不可思議であった、
 だが、この発想が不可思議ではないという発想を、高橋はすぐに感じた。
「そっか、この話が大学研究員の中では定説になっていて、僕の説が今の世にも受け継がれているのだとすれば、嬉しい気がするな」
 と感じた。
「それにね、このお話は、このお店でキャストをしている他の女の子も知っていたのよ」
 というではないか?
「どういうこと?」
「普通は、こういうお店では、キャスト同士が話をすることも店で出会うこともあまりないのよ。だけど私は一人の女の子とこのお店に入る前も知り合いで、時々一緒にご飯を食べたりしているの。一度私がこの話をした時、彼女も、その話なら私も聞いたわよというのよね、それを誰から聞いたのかって聞くと、お客さんなんだけど、誰だったか、思い出せないんだって。私と同じだというと、二人で、顔を見合わせて、その時はこの話はこれで終わったのよ」
 と、彼女は言った。
「そのキャストというのは? 差し支えなければ教えてくれる?」
 と半信半疑で聴いてみたが、
「あすなさんというキャストなんだけどね」
 というではないか。
作品名:着地点での記憶の行方 作家名:森本晃次