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着地点での記憶の行方

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 それなのに、徳川慶喜は隠居して、趣味に生きたという史実が残っているが、普通では考えられないような気がする、
 ひょっとすると、表向きは徳川慶喜は歴史上に姿を見せていないが、裏では政治に口だすフィクサーだったのかも知れないと思うのは、作者だけであろうか?
 そういう意味では、大政奉還というのも、徳川慶喜の失敗だったと言われているが、実は違い、生き延びるという意味からいけば、この作戦は、大成功だったのではないかと言えるかも知れない。
 平成の、
「政権交代」
 はひどいものであり、結局失敗だったのだ。
 それを思うと、
「政権交代というもの、何が成功なのかは、すぐには分からないものではないか?」
 と言えるのではないだろうか。
 県議会議員は、そのあたりもしっかり研究していた。彼らには、歴史に学ぶということをしっかりできていることから、今度の計画を思いついたのだろう。
 何しろ時代はパンデミックという有事の時代、ある意味、時間は待ってはくれない。タイミングが問題なのは、分かり切っていること。動いている時代の中で、いかに一石を投じるタイミングを間違えずにいけるか、それが、一番の問題であった。
 そんな時に現れた、
「バブル時代からやってきたと思われる男」
 どこまで信用していいのか分からないが、話を訊いているだけでも信用できる気がした。彼に近づく役目を負ったのが、国立議員であった、
 国立は、高橋を全面的に信用した、そして、彼に自分のいた時代の話や考え方を話させた。それが、これから行うサイレントクーデターの序曲を奏でることになると、そう思ったからだ。理屈は分かっても、何しろまったく知らない世界、不安がないわけはない。そんな自分を全面的に信用してくれる国立のことを信頼しないわけにはいかなかった。そうでなければ、その瞬間に、彼の運命が決まってしまう気がしたからだった。
 過去から未来にタイムスリップした高橋が、この時代のことを理解するにはかなり時間が掛かった。
 何よりも平成になってからの政治体制などを理解するだけで結構時間が掛かり、そのために、かなりの質問を短い時間で浴びせたので、回答する方も質問する方も、かなりの労力を失ってしまった。
 しかし、時代がひっ迫していることに異論はなく、風俗禁止法を作ることで、政府を潰すための起爆剤にすることを了承した。
「でも、国立さんはそれでいいんですか? 国立さんは、風俗に癒しを求めているので、本当は賛成派なんですよね?」
 と言われたので、
「そうなんだけどね、だけど、禁止令を出しても、それは一時的なもので、法律にするまでは考えていないんだ、そんなことをすれば、まるで自然界の生態系を崩すようなものだと俺は思っているからね」
 と、国立は答えた。
「国立さんの風俗への愛情は、癒しに対しての誠意のようなものなんですか?」
 と高橋に訊かれて、
「まあ、そんな感じだと言ってもいいかな? 僕が風俗に通うのは、セックスという性的な行為が目的でもなければ、疑似恋愛を楽しむというのが目的でもないんだ」
 というと、
「でも、ほとんどの人が、そのどちらかですよね? 癒しというのは、そうじゃないんですか?」
「何が癒しなのかというと、セックスの快感にしても、疑似恋愛にしても、相手から与えられるものが主だろう? でも、俺の場合は、そこに何か与えるものがあってこそで、そう思わせてくれることが癒しなんだって思うんだよ」
「じゃあ、何を与えるんですか?」
 と訊かれて、
「それはいろいろなんだけど、俺としては、相手に考えさせる余裕を与えることができればと思うんだ。人間って、どんなことをしていても、不安が絶対に消えないだろう? 消えないものを追い求めるのは、地獄の無限ループだと思うんだ。それを断じるのは、余裕を持てる気持ちではないかと思うんだ。人間、気持ちに余裕ができるとまわりが見えてくるものだし、何よりも自分のことを顧みることができる貴重なものだからね。余裕というのは、顔や態度にも出てくるだろう? そうすると目の前にいる人にも同じような余裕や自分を顧みる時間ができると思うんだ。こっちのループは同じ無限であっても、天国のループと言っていいんじゃないかな?」
 と、国立は答えた。
「それにしても、面白いよね?」
 と言って、国立は笑った。
「何がですか?」
 と高橋は訝しがったが、それを制するようにさらに笑顔で、
「確かに、二人をここで見ている分には俺の方が年上なんだけど、君は三十年前の人間なんだよね? 俺は今四十五歳だから、三十年前というと、中学生くらいか、高校一年生くらいになるのか、どちらにしても、今の君よりも年下だったんだよ。それなのに、君が敬語を使って、俺が普通に話しているというこの感じ、違和感がないかい?」
 と言われた高橋は、
「そうですね。違和感は結構ありますよ。だって、僕は中学時代の国立さんを知っていますからね」
 というではないか。
「えっ? 知っているの? じゃあ、俺の記憶に高橋君のことがあるということなのかな?」
 と言われた高橋は、
「そこが難しいところなんですよ。本当であれば、あったと思うんだけど、僕がこうやって未来にタイムスリップしたことで、ひょっとすると、国立さんの記憶が変わってしまったかも知れない。これは僕の勝手な思い込みで、かなり無理のある発想なんだけど、僕がこの世界にタイムスリップして出会った相手が国立さんだというのは、これは偶然ではなく、国立さんにとって、そして僕にとっても、お互いに、現れるべくして現れた相手なんじゃないかって思うんです」
 と言った。
「根拠は?」
 と訊かれて、
「根拠は難しいですね。でも、僕が国立さんの目の前に現れたのに、国立さんの記憶が消えることはなかった。国立さんの方では記憶が曖昧なのにですよ。そこに理由がありそうな気がするんです」
 と、高橋は言った。
 自分は知らないのに、相手が知っている。そんなことはよくあることだ。タイムスリップ自体が、信じられないことなので、すでに感覚的にはマヒしている。それだけに、少々のことを言われても驚かないと思うのに、この高橋という男が何かをいうのには、いつも驚かされる気がしていた。
 これがもし未来から来た人だとすれば、まだ何か理屈も分かる気がする、自分の知らないことを相手が知っていても不思議はないからだが、だが、相手が生まれる前のことであれば、自分しか知らない。世の中というのは、そうやって回っているのだ。
 ということは、高橋が自分を知っているということは、やはり何か意味があるということだろうか?
 それを考えると、またしても、地獄の無限ループに入ってしまいそうな気がする。
 しかし、今ふと思ったのだが、、
「地獄の無限ループ」
 という言葉、何か違和感を感じていたが、それもそのはず、
「ループというのは永久に繰り返すということなので、無限ループや永久ループなどという言葉は、そもそも同じ内容の言葉を重ねていることになるのだ」
 と言えるのではないだろうか。
作品名:着地点での記憶の行方 作家名:森本晃次