着地点での記憶の行方
ソープランドの経営海底条例も、始まってみると、混乱もなかった。客側も、それほど意識することもなく、条例が厳しくなったことで、客足が減ったわけでもなかった。
むしろ、パンデミック収束により、それまで抑制されてきた欲望のはけ口を求めようと、以前の活気が、風俗街に戻ってきていた。
女の子の制限も条例化されたことは、少し客側からすれば不満であったが、それでも、架空出勤がなくなったことで、安心して予約を入れることができるようになったのはありがたかった。
架空出勤がなくなったことで、分かりやすくはなったが、客としては、キャストが確実に減っているので、なかなか当日予約なしで店舗に行って、サービスを受けようというのは、かなり難しくなってしまった。
そのため、予約体制の改善が余儀なくされるようになった。
そこで考えられたのが、
「会員のランク付け」
というものであった。
ポイントカード制を導入している店は結構あったが、来店回数に伴って、ランク付けをするというものだ。
例えば、来店十回までは、通常会員、そこから二十回まではプラチナ、そこらか三十回までは、シルバー、それ以上は、ゴールドという形で決めておいて、ランクが上がるごとに、予約が取りやすくなるというシステムだ。
つまりは、ずっと前から予約ができることで、ゴールドになればm一週間前から予約できるが、通常会員であれば、前日にしか予約ができないなどというものである。
予約がほとんど必須となってくれば、このシステムは結構有効で、来店回数によってVIP感が味わえるのであるから、常連客で、馴染みの女の子がいる客は、ランクをあげようと頑張るだろう。
このやり方は普及していき、採取は数店でしか実施していなかったが、条例が施行されると、ほとんどの店が採用するようになった。
飛び込みの客が減ったことで、風俗街に足を踏み入れた客が、昔のように、ポン引きに引っ張られるなどということはなくなった。
元々、風営法ではポン引きはダメだということなので、ほとんどはなかったが、店の前に立っている黒服がいたりするのは今でも見かけることだったので、それすらいなくなったということでの今回の条例制定は、いいことのような気がするのだった。
一長一短はあるだろうと思われていた条例改正だったが、蓋を開けてみると、
「店にも客にもメリットの方が大きい」
ということで、半年もすれば、誰も文句を言う人がいなくなっていた。
ただ、これは、序曲にすぎなかった。
実際には、第一段階が終わっただけで、県議会の中では、さらなる改正案が燻っていたのだが、そもそも今回の条例改正の目的は、
「県の条例で、成功例を出すことで、それが全国に成功例として伝染していき、それが風営法の改正を促すことができれば、それが一つの流れを形成することになり、今後の自分たちの目的を達成しやすくなる」
ということだった。
つまりは、一連の流れをまず形づけることが第一弾の目的だった。
そういう意味では、県下における上々の評判は、県議会にとっては、成功だった。
「これで第一段階の成功はみた。ここから先は、他の県、そして中央政府がどう動くかという動向を見ていくことになるだろうな」
と県議会は目論んでいた。
県議会における仕事は一段落だったが、彼らの見込みはある程度想像していた通りに推移していた。
他の県でも、風俗に対して似たような条例を発効し、店側、客側ともに文句もなく、順調であった。そのうちに、ほとんどの県で、このやり方が標準となったところで、いよいよ国も動き始めた。
国会で、審議が行われ、結構早い段階で、これらのっ条例が、風営法改正に動いたのだ。
「こんなにとんとん拍子に進むなんて思わなかったな」
と県議会の考えであったが、政府の方としても、この条例を最初に出してきた県に対して、実に信任を厚く持っていた。
「彼らがモデルとなるのもいいかも知れないな」
ということで、ある意味、法改正のモデル地域としての国家からのお墨付きをもらっていた。
つまりは、法改正の際に、モデルとして最初に調査の対象になるところであったが、これだけでは、県としては損な役回りになってしまう。
だが、モデルとしての立場には付加価値がつけられた。それは、
「法改正での発言力の絶対的な強化と、その発言権」
であった。
法改正に対して、その進言や発言権は、地方自治体には認められてはいないが、モデル都市に制定された自治体に関しては、その限りにはないということだ。
特例としてではあるが、これを大っぴらにはできない。下手に公表すると、不公平を指摘され、国と自治体の関係に亀裂が入るからだった。
そのためには、すべてが水面下で動く必要があるのだが、これらのシステムは、公然の秘密であったのだ。
ただ、マスコミももし分かったとしても、公表は許されない。
もし、公表などをしたなら、国家からそのマスコミは潰されてしまう。国家がその気になれば、報道関係の会社一社くらい潰すのはわけもないことだった。
この自治体と国との関係はそれだけ密接なものであり、時々ニュースなどで、自治体と国とが言い争っているのが見られるが、中には本気のものもあるのだろうが、そのほとんどは、ポーズであることは、これも、公然の秘密だったのだ。
「国民に向けてのパフォーマンス」
ある意味姑息ではあるが、国家と自治体の間においては、問題ではなかった。
そんな状態に目を付けたのが、県議会であったが、彼らの本当の目的は、
「ソープランド廃止論」
であった。
まだ、その本当の目的を知っている人はほとんどいない。まず第一段階がうまくいったことによって、逆にこれが表に出るタイミングを慎重に見計る必要が出てきたのだ。
タイミングを間違えると、下手をすれば、自分たちの首が危ない。これまでは国と自治体のうまくいっている関係が、根本から崩れてしまうことも考えられるからだった。
そんなことになってしまっては、自分たちが辞任するだけでは済まされないだろう。
そこまでして、どうしてソープランドの廃止を目論むのか?
それはやはり、これまでに起こったパンデミックに対しての考え方が問題となるのではないか。
本当の目的は別にあるのだが、とにかくまずは、ソープ廃止論という法律を制定させるために、第一段階を成功させた。ここからいくつかの段階を超えていく必要があるのだろうが、第一段階を超えたことで、これから先はある程度、順調に推移していくことはわかっているのだ。
だが、最終目的に近づくほど問題は難しくなり、最後には結界を破らなければいけなくなってしまうところまで行った時が、本当の闘いになるのだと、いう覚悟はあった。
すべては、今回のパンデミックによって、今まで分からなかったことが分かってきたことでの計画なのだが、
「本当に中央政府は一体何を考えているのだ?」
というところから始まったものだった。
とにかく、地方自治体は今回のパンデミックによって、まったく力がないことを思い知らされた。
作品名:着地点での記憶の行方 作家名:森本晃次