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着地点での記憶の行方

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「なるほど、ここではこうやって、次に来た時に誰を指名しようか、考えさせるんだな」
 と感心していた。
 彼の好みの女の子もたくさんいた。今日指名したさくら嬢もその中にはいて、こうやって他のキャストの中に入り込んでしまうと、さすがに目立たない存在だ。これはさくら嬢に限ったことではないのだろうが、他の人に交じってしまうと、目立たない女の子が結構いるのかも知れない。
 それだけ、ソープの女の子というのは、さまざまな女の子が所属していて、それぞれに華やかさを感じさせるものだのだろう。
「一足す一が、三にも四にもなる」
 と言った感覚である。
 壁いっぱいに飾られているキャストの写真を見渡してみると、結構壮大なものを感じる。誰にしようか迷ってしまうというのも分からなくもないが、正直、目移りしてしまっていた。
 誰も他にいないからいいのだが、まわりを見渡しているのを見られると、まるで田舎者のように見られるかも知れないと思うと恥ずかしかった。
 時間がどれくらい経ったのか分からないが、最初あれだけ緊張していたものが、次第にその緊張も解れてきた。その場の雰囲気に馴染めたというのだろうか。彼は性格的にすぐにその場に馴染めるようだった。
 それはいい性格なのか、そうでもないのか分からないが、本人としては、
「決して悪い性格ではない」
 と思っていた。
 彼は、最初、条例が制定されたことを知らなかったが、最近知り合った男性が教えてくれた。
 その男性がこの店を教えてくれたのだが、この客がソープを探しているというのを、その男はなぜか知っていて、何もかも分かっているかのように、自然にこの店のことを教えてくれた。
 その時一緒に、県条例が改正されたことを教えてくれたのだが、その情報がどういう意味を持っているのかということを、客の男はよく知らなかった。
 そもそも、ここを教えてくれた男性とは呑み屋で知り合ったのだが、まるでこの客がその居酒屋に現れるのが分かっていたかのように、近づいてきた。
「待っていたよ」
 と今にも口から出てきそうだったが、さすがに最後までその言葉を発することはなかった。
 キャストの写真が四方の壁に所せましと並んでいたが、最後に少し小さめに注意事項が書かれていた。その少し横に、条例のことも書かれていたが、新しくできた条例も書かれていて、条例の内容はいくつかあったのだが、その中で大きなものは、前述の営業に携わるところの改正と、あとは、サービスに対しての問題だった。
 これは、期間限定での特措法のようなものだったが、それは、
「必ず、避妊具はつける」
 ということであった。
 前は、避妊具なしでのサービスを、割増料金としてもらい、女の子の方が避妊するという形の店もあったが、
「伝染病を抑止するため」
 ということでの問題だった。
 そこは、客も自分たちにとっても安全安心なことだからということで、納得していた。ただ、今は昔と違って、デリヘルなどというサービスが流行ってきたので、どこまで守られるかというのは、モラルの問題になってくるだろう。
 ただ、守らないからと言って、条例なので、そこまで厳しいということはないだろうが、今回の改正は、これまでの伝染病禍においてのことなので、ある程度は自分たちを守ツという意味もあり、徹底されるべきことが多いのではないかと、店側も、しょうがないところがあると、ある程度までは覚悟していた。
 それでも、キャストの人数制限は、経営に直結することなので、簡単に承服できないところもあったであろう。
 そう考えると、やはり早い段階から、準備をしておく必要が、それぞれの店にあるのかも知れないのだった。

           昭和の匂い

 昭和の終わりというと、時代としては、バブルの時代で、
「今日よりも明日の方が必ずいいことがある」
 と言われるほど、やればやるほど、成果が出るという時代だった。
「二十四時間戦えますか?」
 などという流行語ができるほどの時代で、事業拡張をして、それを回していくことが、当時の仕事の主だっただろう。
 今の時代であれば、事業拡大には最大限の配慮が必要で、少なくとも損益をしっかり計算しなければいけない。しかも、先を見越していかなければ、バブルが弾けた時に何もできなかったようなわけにはいかない。
 そういう意味では、最悪の事態を経営者は考えていなければならず、特にパンデミックの時代を超えてきただけに、今は経済が瀕死の状態であるので、余計に最悪を考えざるおえなくなっていることだろう。
「時代は繰り返す」
 というが、バブルの頃のような時代はさすがにないだろう。
 あの時代がのちの世にどのような影響を及ぼしたのかというと、、その後の反動くらいであろうか、その時代に言われるようになった言葉も結構あり、就業体制から、雇用体制も変わっていった、
「リストラ」
 などという言葉も、この頃から言われるようになり、定時で帰る残業なしの状態で、
「サブカルチャー」
 などのいろいろな趣味が流行ってきた時代でもあった。
 雇用体系も、それまでほとんどを社員がやっていたが、途中から、アルバイト、パートを始めとして、派遣会社に所属していて、そこから派遣社員という形で派遣され、雇用会社と派遣会社の間で契約が結ばれるという形態も増えてきた。
 しかし、その雇用形態は、十年くらい前に一度、破綻しそうになった時期があった。
「リーマンショック」
 と呼ばれる事件から端を発した世界的な不況が、
 さらに人件費節減ということで、一番切りやすい、
「非正規雇用」
 である派遣社員の解雇が目立つようになった。
 さらにそれが、公園などで生活をするホームレスのような、
「難民」
 と作ることになったのだ、
 そのために、大きな公園で、年末を越せるように、ボランティアによる炊き出しなどが出現した、
「派遣村」
 などというものもあった時代があった。
 今から思えば、バブルの頃を知っている人は、すでに定年退職している人が多いカモ知れない。だが、三十年前がよかったのか悪かったのか、その答えが歴史の中で出ているのかどうか、分からないだろう。
 もし、バブルの頃の人が今の世界を見ればどう思うか、そして、今の時代の人が、あのバブルの時代に出現すればどう感じるのか、歴史として知ってはいるが、実際にどのようなものなのかまでは分からない。
「本当に、誰も近い将来において、バブルが弾け、社会がまったく変わってしまうなどということを想像もしていなかったのだろうか?」
 我々は過去の歴史を知っているので、
「何で誰もあのようになるまで、何も言わなかったのだろう?」
 と思う。
 本当に誰も想像していなかったのだろうか? 知っていたが、それを言ってしまうと社会が混乱するということから、緘口令が敷かれていたのだろうか?
 確かにバブルが弾けて社会は大混乱したが、もし、それを誰かが警鐘を鳴らしていたとすれば、
「どうせ、どうにもなることではないので、下手に言わない方がいいのかも知れない」
 とも思える、
作品名:着地点での記憶の行方 作家名:森本晃次