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着地点での記憶の行方

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「急に、ご予約の女の子が出勤できなくなりました」
 と言ってしまうと、男性の中には、
「しょうがないから、他の女の子で」
 という人もいるのを狙ってのことである。
 予約をした客の中には。その女の子でなければという人もいるだろうが、そこまでの気持ちがない人は、せっかく高めた士気を、冷ますことのできない人もいるだろう。健康な男子であれば、その傾向は強いことだろう。そうなると、予約していた相手がいなくてもしょうがないと思って、他の子にするということも往々にしてあるだろう。客としては、
「やられた」
 と思うのだろうが、それを含めたところで、
「これも風俗だ」
 と思っている客も少なくなかっただろう。
 そういう意味で、この法改正は、客にとってありがたかったかも知れないが、ただでさえ、経済が疲弊し、風俗業界は大変な時期に来ているのに、実に酷いものだ。
 しかも、女の子の方も、架空出勤ではなくても、店側から出勤が少ないなどの理由で解雇されたりすることにも繋がり、本当は、集客率の高く、人気嬢だったかも知れないのに、自分から辞めていく女の子も結構いたようだ。
 本当は残したかった女の子に辞められてしまい、並行して辞めてもらう人のリストアップをしているような状況では、下手をすれば、人数制限の上限を、かなり割り込んだ人数しかキャストが残らないかも知れないという問題も起こってくる。
 そうなると、
「キャストになりたい」
 という女の子も次第に減っていき、業界自体が、かなり混乱することになる。
 条例が制定される前に、準備段階として行われた女の子の整理が、かなりの混乱を呼んでしまい、そのまま、小さな店は営業ができなくなって、廃業するところが増えてきた。
 だが、この問題は、実はもっと奥が深かった。
 伝染病禍において、家庭問題が噴出したが、それによって離婚が増えてきたりして、男性の性欲のはけ口が、ソープなどの風俗に行くことが多かった、
 伝染病が収束しないと行けないところではあるのだが、そのことを政府や県議会は分かっていなかった。
 しかも、最近増えてきた婦女暴行事件などを起こす連中の、精神的な中和剤の枠目を果たしていたのに、逆に性風俗というものが、性的犯罪を引き起こすというような勝手な理論のでっちあげが、議会で言われるようになっていた。
 いくら、国立議員が、
「性風俗は決して減らしてはいけない必要なものだ」
 と訴えても、頭の固い議員は、性犯罪と性風俗を強引に結びつけることに違和感を感じていないようだった。
 そこで、風俗業界の中で、風俗営業協会と話をして、県に抗議をしていたのだが、なかなかうまく伝わらない、
 そんな時、あるソープに一人の男性が客としてやってきた。
 ソープ「ラビリンス」という店があるが、その店は高級店というわけではなく、大衆店に近い感じであった、
 店の規模はそれでも今まではキャストを百人近く抱えていたが、今回の条例改正のために、人数を半分以下に絞らなければいけなくなっていた、
 早番、遅番といるのだが、前半を八人から十人、後半を十人から十五人くらいの出勤だったのだが、その中で、在籍ができるかできないかのボーダーラインにいる子が、その日は早番で入っていた。
 その女の子の源氏名は、「さくら嬢」という名前で、その客は、すぐにさくら嬢を指名した。
 お店は午前九時からの営業で、受付は八時半から。その男性客が現れたのは、平日の開店少し前ということで、飛び込みの客は誰もいなかった。
 前日までに予約をしている客が二人いたくらいで、さくら嬢には予約は入っていなかった。
 その男は、いきなり店にやってきて、スタッフが在籍の女の子の写真を数枚見せてくれたが、最初から決まっていたのか、ほとんど迷うことなく、さくら嬢を指名したのだった。
 この男性は、風俗を利用するのはもちろん、初めてではないようだ。年齢的には、二十歳前後、下手をすれば、未成年(令和三年時点で、二十歳)だったかも知れない。
 口数が少ないのは、風俗通の客にでもいるが、この人は見ていると、普段から無口な人に思えた。その客は無口ではあったが、オドオドしている感じではなく、そそくさとしていて、慌てている感じでもなかった。
 だが、あまりスタッフと長い間話をするのも嫌なようで、決めることを決めて、さっさと待合室に入って行った。
「あのお客さん、どこかで見たような気がするんだけどな」
 と一人のスタッフが言ったが、
「そうか? 俺は初めて見るんだけどな」
 というと、
「いや、この店のスタッフとして見たというわけではなく、どこかで見かけたということなんだけどな、それがいつどこでだったのかということは思い出せないんだ」
 と言っていた。
「あんな感じの男性は、そんなにいるような感じがしないよな、どこか時代錯誤な感じがするんだ」
 というと、
「時代錯誤?」
「ああ、ハッキリとは分からないけど、昭和の感じがするというのかな?」
 というが、その男の年齢で、昭和を知っているはずもなかった。
「昭和なんていわれると、本当にピンとこないんだけど。でも、昭和の頃ってよく古き良き時代と言われるけど、どうだったんだろうな?」
「昭和の頃のこういうお店は、もっと暗かったんじゃないかな? こんな大衆店がたくさんあった時代じゃなかったらしいし」
 と、一人がいうと、
「そうだよな。高級店のイメージが強くて、風俗の中で差別化されているかのように思えたんだろうな」
「そうだと思うよ、昔はデリヘルなどもそんなに普及もしていなかっただろうからな」
「昔にもあったのか?」
「あったようだよ。こういう店舗を持ったお店が主流ではあったけどね」
 彼らスタッフも、そんなに昔のことを知っているわけではない。こうやって会話をしている二人も、一人は三十代で、一人は二十代。二人とも、一度はサラリーマンをやっていたが、仕事があまり好きではなく、フラッと辞めてしまったが、しばらくはコンビニでのアルバイトで食いつなぎ、ここに入ったということだった。
 二人とも、まさかこんな仕事をすることになるとは思ってもいなかったようだが、結構楽しんで仕事をしているようだった。
「サラリーマンなんかよりも、よっぽどいいや」
 と言っているが、きっと、たいていの人にはその気持ちは分からないだろう・
 待合室に入ったその人は、スタッフの前では毅然とした態度を取っていたが、待合室に入って一人になると、ブルブルと震え始めた。自分でも緊張しているのが分かるようで、喉がカラカラに乾いていることに気づくと、目の前にある、浄水器のサーバーの水を、備え付けの紙コップに注いで、二杯くらいを一気に口に運んだ。
「ブファ」
 と、思わず口から洩れたくらいに、喉が渇いていたのだろう。
 待合室に一人というのは、ある意味ありがたいのだが、却って心細い気持ちになってしまい、緊張がどんどん深まってくる。
 だが、それも最初の五分だけだった。
 待合室に貼られているポスターを見ていたのだが、最初から指名する人が決まっていたので、ほとんど見ていなかった。壁に貼られているのは、この店のキャストの写真が細工なしに飾られている。
作品名:着地点での記憶の行方 作家名:森本晃次