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有双離脱

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 昔なら、有名にならなければ自分の絵を展示するなどありえなかったのに、個展が開けるというのはいいものだ。最近ではネットでいろいろな作品がブログなどでアップされたり、SNSで拡散されたりしているので、ネットの世界では公開は結構多いのだろうが、実際に現物を展示して、美術館のように見てもらうということに憧れている人も多いだろう。
 ネットというのは、気軽にC情報を拡散することができるが、その分、逆に本物志向にファンを傾ける効果もあるのではないかとも思えた。
「ただの趣味だよ」
 と言っていた如月だが、彼は今までに自分の個展を二度開いていた。
 同じギャラリーで開かれたものだが、よくよく見てみると、結構凝っていてイベントとしてもなかなかなものだった。
 キチンと宣伝用のポスターも作っていて、店に行けば、喫茶店の壁や通路に彼の絵が飾られていた。彼の絵はアニメチックな感じではなく、幻想的な絵が多かった。その中でもあまり意味の分からないと思えるような絵が多く、絵のタイトルからでは、何が言いたいのかよく分からなかった。
 しかし、如月の解説を訊いてみると、
「なるほど」
 と思えるところもあり、さらに、
「この絵の配置だって、実は結構考えているんだよ」
 というではないか。
 どこに繋がりがあるのか分からなかったが、訊いてみると、
「なるほど」
 と思わせるもので、訊いてみないと分からないところが、まだまだ自分に芸術的なセンスが分かっていないからなのか、それとも、彼の絵がそれほど、玄人好みするような素晴らしい作品なのかまでは分からなかったが、そのどちらかなのだろうと、俊介は感じたのだ。
 その喫茶店の名前は、
「くらげ」
 という名前だった。
「どうして、くらげなんですか?」
 と聞くと、
「くらげって、一番芸術的な気がしたんです。身体が透明で、軟体動物のように自由に身体を動かすことができ、そして、身を守るために人間を差すでしょう? 何よりも形が美しい。男性のようでも女性のようでもある。サブカルチャーの芸術的な店としては、一番いいのではないかと思ったんですよ」
 とマスターが話していた。
 マスターの話の中の、
「男性のようでも、女性のようでもある」
 というところが、俊介の気持ちを揺さぶった。
「なるほど、納得のいくお話ですね」
 というと、
「私の中では、透明な身体に興味を持ったんです。たぶん、この発想は芸術的な発想をする人は同じかも知れないと思っています」
 というマスターの話を訊いて、如月は何度も頷いていた。
 そういえば、如月の作品には、身体が透明な動物であったり、人間が時々出てくる。まわりが幻想的な光景で、海の中だったり、宇宙空間だったりと、非日常の世界を、透明な身体が表現している世界に通じるものがある気がしていた。
 ギャラリー「くらげ」、もしくは、喫茶「くらげ」と、どちらでも表現は構わないというマスターだったが、芸術に興味のある人は、
「美術館にいながら、コーヒーを楽しめる店」
 とイメージで、あくまでも喫茶店として利用する人は、
「壁に絵が飾っているだけで、普通にコーヒーのおいしい喫茶店」
 として利用していた。
 コーヒーも結構高い豆を使って作っていて、そもそもマスターは、自分にコーヒーの美味しい入れ方を教えてくれた人に出会うまで、それほどコーヒーが好きではなかったという。
「コーヒーなんて、どの豆を使っても、誰が入れても、さほど味に違いはないと思っていたんですよ。だいたい味なんて、その人の好みじゃないですか。誰もが美味しいコーヒーだと言って褒めているコーヒーを、そんなに美味しくないと思ったその人は何を感じるかというと、自分はコーヒーが好きではないんだって思うでしょうね。それは普通に当たり前のことで、好きでもないものを、おいしいから飲めと言われて、おいしくなかったら、そりゃあ、嫌いにもなるますよね。でも、おいしいから飲めと言われて本当においしかったら、本当においしいものに出会ったと思うんですよ。だから、僕は人に勧められたものは、どうしても嫌いなものは別にして、飲んでみようと思うんです。おいしくなくたって、別に損をした気はしませんからね。次から飲まなければいいだけで、その飲み物は自分に合わないということを知るという機会になっただけのことですからね。でも、おいしいものに出会えたら、何か運命的な出会いをした気分になることってあるでしょう? あの気持ちを私は、その人が定期的に感じるものだと思うんです。精神的に余裕がある時などは、意外と運命的なものに出会えるチャンスなんじゃないかって思うんですよ」
 とマスターは話していた。
 さすがにマスターは芸術的センスにを感じることができる人なのだろうと感じた。
 感性を持っていたとしても、それを理論的に口にできる人というのはなかなかいないものだ。
「私も、陶芸に少し凝っていましてね」
 と言って、マスターの作品を見せてもらった。
 正直、最初はそれが何なのか分からなかったが、
「マスターは、想像上の動物を作るのが好きで、特に、動物を合体させたりしたものが好きなようなんです」
 と、如月が言っていた。
「昔から特撮が好きで、怪人や怪獣をデザインしてみたいと思って陶芸を始めたんですが、なかなかプロの道は難しくて、喫茶店を営業しながら、趣味で作ったものを、最初は自分の作品だけを飾っていたんです、そのうちに壁が寂しい気がしてですね、古美術などを売っているところに絵を見に行ったんですが、見た瞬間、それこそ目が飛び出るような値段じゃないですか。これはさすがにと思っていると、ちょうどその時アルバイトで雇った女の子が、芸術系の大学に行っていて、絵を描いているというじゃないですか。彼女の絵を飾りたいと言ったんですが、さすがに最初は彼女も照れて、絶対に嫌って言っていたんですけどね。せっかく描いた絵なんだから、コーヒーを味わいながら見てもらうというのもいいかもよ? っていうと、彼女もその気になって絵を持ってきてくれたんです。彼女の絵は風景が多かったので、実に店の雰囲気に合っていたんです。特に彼女の描く絵は、山の中に湖畔の風景が多かったんです。コーヒーの香りが、木の幹を思わせる気がして、私は即行で、その絵を飾りましたよ」
 とマスターは言った。
「いい絵だったんでしょうね?」
 というと、
「彼女の絵を見たお客さんの中に、画廊の経営者の人がいて、その絵を高価で買うということになったんですよ。彼女は、それから、ここでアルバイトを続けながら、その画廊の絵を定期的に描くようになったんです。結構、画廊でも売れたらしいですよ。それでね、その時の彼女からの提案が、この店を喫茶店とギャラリーにして、素人だけど、作品を発表したいという人のためにここの壁を使ってあげればいいかも知れませんよ。と言ってくれたんです。それが、この店のある意味で出発点になったと言ってもいいと思いますね」
 というマスターに、
「なかなかいいお話を聞かせていただきました」
 と、俊介は言った。
作品名:有双離脱 作家名:森本晃次