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有双離脱

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 と、マスターは言った。
「そういえば、相手のことを好きになったわけではないと思うのに、気になってしまった相手というのがいたような気がする。好きになったわけではないという感覚は、付き合ってほしいとか、付き合ってみたい、そして、その後の結婚などということがまったく結び付かないということであって、だけど、女性として気になるんですよ、このまま秘めている気持ちが何であるか、ハッキリさせて、それをちゃんと相手に伝えないと、まったく何も進まない。それどころか、何もできなくなってしまうような、言ってみれば、自分だけ時間が止まってしまったという感覚でしょうか?」
 と、言ったのは、ここの常連客であった。
「うんうん、そういうことはあるかも知れない。特に相手のことを何も知らないのに、気持ちだけが先行して、自分のことを知ってもらいたいと思ってしまうんですよね。相手を知りたいと思う前にね」
 と、如月がいうと、
「そこまで来ると、たぶん、相手のことを好きなんじゃないかと思いますよ、ただ、それは第一印象によるものなので、そこから先の進展によって、その時点なら、まだまだ変わるかも知れないですけどね」
 というのは、マスターだった。
「如月君がね、さっき好きになった典子さんがいるでしょう? 見るのは本当に初めてだと思っているのかい?」
 と、俊介は如月に聞いた。
「さっきまでは、初めてだと思っていたんだけど、今の恋愛や他暗日主義や探偵小説などの話を訊いていると、前にも典子さんを見たことがあるような気がするんだ。最初の時は、本当に美というものを感じて、見えたのが美だけだったので、印象に残ってしまったんだけど、実際には印象に残っただけで、心の中に響くものではなかったんだよ。だから忘れていたと思うんだけど、でも、話をしたこともなく、感情だけでそこまで印象に残っているということは、やはり、感情として覚えていたということになるんじゃないかとも思えるんだ」
 と如月は言った。
「実は、彼女は俺の妹の恵子がいるだろう? その妹の友達なんだ。親友だと言ってもいい。兄貴の俺から見ても、恵子は魅力があるだろう? だから余計に二人を見ていると、二人の美人というだけではない、何かプラスアルファのような感情があるんだよ。それがきっと二人が一緒にいると、耽美主義的なものを感じるのかも知れない」
 と、俊介がいうと、
「それは、ひょっとすると、君が妹に恋愛感情を抱いていて、それが禁断であることで、道徳や倫理を廃する美だけを優先するという耽美主義で、気持ちを証明しようと思っているからではないかな? 確かに典子さんも美しいが、その美しい典子さんよりもさらに自分の妹の方が美しいということで、さらに自分が誘惑されても仕方がないという、二重三重の言い訳、そのようなものが渦巻いていることから、耽美主義ということに対して、造詣が深いのではないかと思うんだが、違うだろうか?」
 と、マスターは言った。
 ここまで来ると、さすがに俊介も平常心ではいられなかった。顔が完全に赤面していて、まわりから責められているという感が激しくなり、額からも汗がダラダラ出てきていて、憔悴感がハンパなかった。
 まさか、耽美主義の話になってから、我を見牛穴ってしまって、その話にもめり込んでしまうとは思ってもみなかった。耽美主義のような論理的な話は確かに好きで、のめり込んでしまうのは昔からのくせではあったが、墓穴を掘ってしまうようなことになるとは、穴があったら入りたい気分であった。
 顔がカーッと熱くなり、次第に、顔に当たる風を感じてくるようになる。その風に爽やかさを感じてくると、スーッと何かが右から左に通り抜けていくのを感じた。
――これは精神的に落ち着いてきているということなのかな?
 と考えると、よく見れば、まわりが自分を別に追い詰めているわけではないことを感じる。そして、目の前に、後ろを向いて、自分の前に立ちはだかっているその人が自分であることに気づいた。
「幽体離脱なのか?」
 とも思ったが、こちらを振り向かないのは、その正体を自分には絶対に見せたくないという気持ちの表れのようであり、それが、自分だということを証明していることであり、後ろにいる人物が自分だということが分かっているから、決して後ろを振り向かないという強い意志を持っているように感じるのだ。
 普段は、媒体がなければ見ることのできない自分。そして、その自分というものが一旦身体から離れてしまうと、まったく別の存在が目の前にいるということは、録音した声でその違いを知った時に思い知ったのを思い出した。例の弁論大会の時である。
 まるで夢でも見ているような感覚、それも、耽美主義の小説に出てくるような話ではないか。耽美主義が自分の異常な妹への愛を浮き彫りにする恰好になってしまったという皮肉なことに、夢が、どう自分を導いてくれようというのか、
 ただ、そんな感情を考えていると、目の前にいる自分が見ている相手が違うような気がした。
 目の前にいるのは、妹の恵子と、友達の典子である、もう一人の自分はずっと典子の方ばかり見ていて、妹の方を見ようとしない。二人は視線で愛し合っているかのように見えるのは、見つめられた典子の満足そうな顔を見るとよく分かる。
 いかにも満面の笑みというところである。
 では、妹の方はどうであるか?
 その表情には焦りが感じられる。見てはいけないと思いながらも、後ろ向きの俊介を見つめている。
 諦めなければいけないという思いの次の瞬間に、
「そんなことを思ってしまった自分が許せない」
 とばかりに、相手に対してではない、自分に対しての憤りを感じている洋だった。
「それにしても、俺はどうしてこんなにも人のことが分かるのだろう?」
 と感じていた。
 普段であれば、
「もっと、人のことを思いやれよ」
 と言われるくらいに、他人に関して無関心だった。
 いや、自分と気が合う人とであれば、十分なくらいに気を遣っているのだが、そうでない人には全くと言っていいほど気を遣うことはない。それだけ極端なのだが、そんな極端な俊介は、
「俺なんか、誰からも好かれることはないんだろうな」
 といじけるほどだった。
 ただ、俊介の考え方としては、
「好きだから好かれたいと思うよりも、好かれたから、好きになるという方が俺らしいんだよな」
 と思っていた。
 それは、思春期が晩生だったことから感じることであったが、嫉妬心を感じることが、まず好かれることで、まわりに嫉妬心を感じさせ、なるべく長く、
「俺のことでイライラさせたい」
 と思うのだった。
 この感情も、異常性癖から来ているのかも知れない。だから妹を好きになり、禁断の恋だと思いながらもその思いを抱いている自分を戒めるというよりも、いとおしんでいるような気持ちになっている。そこで、耽美主義という隠れ蓑も出てくるわけだ。
 そんなことを考えていると、如月も、二人いるように見えた。自分が幽体離脱のようなことになっているのは夢だと思えば、まだ理解できるところがあるが、如月が二人いる理由がよく分からない。
作品名:有双離脱 作家名:森本晃次