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有双離脱

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「でもね。彼女が帰ってから、考えることは彼女のことばかりで、そのうちに、こんな思いをするなら、もう少し前のめりで話せばよかったって思っているんだ。あの時に彼女に対して前のめりにならなかったのは、また彼女と近いうちに遭えるという思いがあったからなんだけど、よく考えてみると、どこにそんな根拠があるかって話だよね? この店にまた来てくれるという保証もないし、でも、名前まで教えてくれたということは、やはり彼女の方としても、もっと自分のことを見てほしいというアピールだったのかな? って思ってしまうんだよね。思い込みが激しいのかな?」
 というのだった。
「うーん、そんなことはないと思うよ。誰かを好きになれば、そんなものさ。日に日に気持ちが高ぶって行って、ひょっとすると初めて感じる感覚なのかも知れないのに、以前にも感じたことがあるという既視感というか、デジャブのようなものがあるのは、恋愛あるあるだと思うんだよ」
 とマスターが言った。
「マスターにもそんな経験あるのか?」
 と、俊介がいうと。
「そりゃあそうさ。君たちよりも少なくとも長くは生きているからね。経験という意味では豊富なところがあるのさ。
 というではないか。
「人を好きになったら、そんなにどんどん思いが深くなるものなんですか?」
 と、俊介がマスターに聞いた。
「うん、抑えられなくなるほどになるものさ。段階を追って次第にという人もいれば、最初に身体に変調を感じるくらいの思いの強さを感じ、その後は、その感情の後遺症のようなものがジワジワとこみあげてきて、あたかもどんどん気持ちが深まってくるかのような錯覚に陥るのも、無理もないことだと思うんだ」
 とマスターがいうと、
「俺は、最初に、そんなに強い思いがあったわけではないんだけど、そのうちに意識がどんどん強まって行って、その原因がどこにあるのかということが分かるまでに少し時間が掛かった気がする。最初に気持ちが強く持たれているとすれば、それは最初から原因も分かっていたということになるのかな?」
 と、如月はいうのだった。
「次に会ったら、どんな話をするかということはシミュレーションできているかい?」
 と、マスターに言われたが、
「そんなシミュレーションなんかできていないよ。そもそも、どんな人なのかというのも知れないんだからね」
 というと、
「いやいや、だから聞くんじゃないか? 何を聞いていいのか分からないと思っていると、ずっと会話ができなくて、悶々とした日々を過ごすことになるかも知れないよ」
 と、マスターに言われたが、
「でも、その間というのも、意外と楽しいカモ知れないよ。そのうちに何かが出てくると思うんだ」
 と、俊介がいうので、
「俊介はそんな経験があったのかい?」
 と如月に言われて、
「うん、俺にもそういう経験はあるんだけどね。でも、会話ができるようになった時には、彼女には彼氏ができていたようで、他の人から話を訊いてみると、俺がぼやぼやしている間に彼氏ができたっていうんだ。しかも、彼女は俺からの声を待っていたようで、その様子が物欲しそうな雰囲気に見えたんだろうな、他の人で勘のいい人がいて、その人が話しかけると、彼女の方もその気になったということだったんだよ。さすがに、誰でもいいというわけではなかったんだろうけど、彼女自身も悶々としていたとすれば、その心の隙間に入り込みさえすれば、彼女の心を捉えることは、それほど難しいことではなかったのかも知れないな」
 と俊介は言った。
「後期したかい?」
 と、如月に言われたが、
「後悔? そうだな、後悔もあっただろうし、ホッとしている自分もいたんだよ。あの頃は自分が悶々としていることで、やり切れない気持ちもあったので、彼女が心変わりしてしまったように思うと、悪いのは自分なのに、彼女がそういう目移りするタイプの女性だったんだと思うと、後悔というよりも、そんな相手を好きになりそうにはなったけど、ならなかったのは、よかったという意味でのホッとした気持ちだったんじゃないかな?」
 と、俊介は言った。
「さっきの耽美主義の話だけど、皆は耽美主義の感覚と恋愛感情は切り離して考えるものだと思うかな?」
 と、マスターが少し話を変えてきた。
「俺は少し違うと思うんだ。耽美主義というのは、あくまでも感情というよりも、美というものを感性として感じ取ったことが、第一だと思うことでしょう? だから、切り離すというよりも、次元が違うような気がするんだ」
 と、俊介が言った。
「でもね、昔の、大正から昭和初期にかけての探偵小説などを読むと、恋愛感情の行き過ぎが耽美主義に行きついて、そこで犯罪が起こるというような猟奇的な部分があるという気がするんだけどな」
 と、如月は言った。
「それは違うと思う」
 と、マスターがいうと、二人はほぼ同時にマスターを覗き込むと、
「どういうことですか?」
 と、声を重ねて聴いた。
「そもそも、耽美主義という考え方は、ある瞬間に目覚めるものではなく、生まれながらのものではないかと思うんですよ。つまりは、恋愛感情の発展形にならないわけではないと言えるでしょうね、だから、あったく次元が違うというわけではなく、恋愛感情の歪な感覚が、耽美主義と言ってもいいんじゃないだろうか?」
 と、アスターは言った。
「なるほど、確かに、昔の探偵小説の猟奇的な犯罪というと、恋愛感情の歪んだ感覚という意識があったけど、読んでいるうちに、次元の違いを感じたんだ。それに探偵小説というのは、その後に、SFやホラーに派生していくので、元々猟奇的であったり、異常性癖などが盛りだくさんなのはありえることだと思う」
 と俊介がいうと、
「でも、昔の探偵小説というと、恋愛はご法度だという定説があったと思うんだけど、そこに恋愛を絡めるという新たな発想を描こうとすることで、それが無理がいかないように、耽美主義の考え方を交えることで、理由付けにしているんじゃないかと思うんだ」
 と、マスターが言った。
「でも、それは探偵と犯人というか、登場人物の間の恋であって、事件の発端になるところは普通の恋愛だったりするじゃないかな?」
 と俊介がいうと、
「確かにそうなんだけど、時代が進むにつれて、そのあたりが曖昧になってきてしまったところもあってか、耽美主義と探偵小説を結び付ける発想が、その後に続く、ホラーやオカルトに関わっていくところではないかとも思うんですよ」
 とマスターが言った。
「じゃあ、恋愛感情というのは、探偵小説における耽美主義とは、どう関係してくるんでしょうかね?」
 と聞くと、
「恋愛関係と恋愛感情の違いのようなものではないかと思うんだよ。恋愛関係というと、耽美主義的な、猟奇的なドロドロとした恋愛も含むが、果たして、そんなドロドロとした猟奇的な恋愛も、恋愛感情に含めるのかどうかですよね。恋愛小説としては、純愛以外に、愛欲というものも含むかも知れないが、感情となるとどうなんでしょうね?」
 と、マスターは言った。
「じゃあ、恋愛感情に基づかない恋愛が、耽美主義の中に答えがあるということですか?」
「そう考えると、納得がいくようなところがあるんじゃないですか?」
作品名:有双離脱 作家名:森本晃次