有双離脱
図書館では、本を読むことはたまにあったが、すぐに眠くなってしまうというので、長居はしなかった。しかし、雰囲気は好きで、本の匂いも好きだった。だから、小説を書いてみたいと思ったのだ。
辛辣な批評
だが、小説というのは、思ったよりもハードルが高すぎた、その後いろいろ芸術を考えてみたが、一番最初に諦めたのが、小説だったような気がする、ただ、後から考えて、
「ひょっとして、もしできたかも知れないと思うのは、小説執筆だったのかも知れないな」
とも思った。
小説を書く上で一番何がハードルを高くしたのかということを考えてみた、すると、思い浮かぶのは、
「書き上げる」
ということだった。
そもそも、小説に対しては、
「書き上げることの難しさ」
というものを他の芸術で、最後までやり遂げることを最初から難しいと思っていたのは、小説だったからだ。
だから、
「俺にはできるはずがないんだ」
という思いを強く持ってしまい、書くことができない言い訳を頭の中で抱こうとしていたのかも知れない。
その思いが先に来てしまうと、できるものもできなくなってしまうだろう。つまり、最初から言い訳ありきになってしまうと、すぐに気が散ってしまい、できるものもできなくなる。それが小説執筆における一番のネックだったのだ。
最初からハードルを上げることの弊害を、その時初めて知ったような気がしていた。
結局小説を諦めて、絵画に走った。
絵画は思ったよりも描けていたような気がした。自分では満足のいくものが描けたような気がしていたが、それは他の人の作品を敢えて見なかったことで描けていたのだと思った。
自分の作品がそんなに素晴らしいなどと最初から思っていない、しかし、これは小説と違って、描き上げることができた。それは正直自信であったが、はーづるを上げていなかったことで、今度は他の人の作品を見た時、
「何かが違う」
と感じたのだ。
プロの作品と比較した時にも感じたが、プロではない人の作品と比較しても何かが違っている、その違っているものが同じであるならば、そこは個性として尊重すべきで、自信として持ってもいいのだろうが、何かが違ったのだ。
何がどのように違うのかを説明しろと言われたとしても、それは無理だった。
「それが分かるくらいだったら、もっと、違った感性で描き上げていた」
と思うからだった。
小説というものが、最初の―ハードルの高さがネックになったのであれば、絵画においては、人との比較、そこに自分の個性が感じられるかということがネックとなったのだ、
たぶん、絵画を描いている時、自分が素人なのだという意識をしっかりと持っていれば、諦めるということなく、絵画を自分の中のサブカルチャーとして生かしていくこともできたであろうに、今から実にもったいないといえるのではないだろうか。
ただ、絵画や小説執筆などの芸術を実際にやってみようと思った時、ふと感じたことがあった。
それは、最終的には続かなかったが、どちらにもやっていてふと感じた瞬間があった共通点だった。
小説にしても、絵画にしても、自分が何を求めていたかということである。それが、
「美」
というものではなかったと思うのだ。
美というものは、いろいろな捉え方がある。絵画などは、そのままキャンバスに投影する形で、色であったり、遠近法によるもの、そしてバランスというような、絵画の基本から生まれてくるのだろうが、小説の場合はそうはいかない。
文章で、美というものを表現しようとすると、相手に伝えるには、少々大げさな表現が必要になってくる。
ただ、目の前のものをそのままの描写で表現しようとしても、そこに現れるのは、ただの、
「相手に、情景を想像させるだけ」
ということになってしまう。
それでは小説を書くという意味での結果にはならないだろう、
小説を書く上でできなかったのは、どうやらハードルを上げてしまったからだけではないような気もしてきた。
小説というのは、確かに最後まで書き上げるということがどれだけ難しいかというのが、最初の難関になっていることだろう。しかし、それだけが問題ではない、描写を重ねることでどれだけ相手に伝えることの難しさを知ることが第二の難関であったのだ。
第一の難関は、小説を書く上で、よく言われることであった。特に小説のハウツー本であったり、ネットでの、
「小説の書き方指南」
などという検索で出てきたサイトを見ると、
「小説で一番難しいのは、最後まで書き上げることだ」
と書かれている。
なるほど、この感覚が俊介にとっての、ハードルの高さであり、知らず知らずのうちに諦めに入ってしまうために、言い訳を考えるという逃げに走ってしまうということになってしまった理由なのだろう、
小説を書き上げるためには、いろいろと準備がいる。まずは、書きたい小説の外枠を考えることだ。ジャンルであったり、時代背景、地理的な場面であったり、主人公のまわりの環境、そして、主人公の立場、さらには主な登場人物など、まだまだいろいろあるが、最初にそれくらいのことを考えたうえで、書き始める。
その最初の準備をまとめたものが、いわゆる、
「プロット」
と呼ばれる、小説の設計図のようなものだ。
どうしても、最初はそれを書かずに、書き始めてしまうことで、まったく先に進まなくなって、最初に感じていた、
「ハードルの高さ」
を実感してしまい、最後にはいつものパターンに落ち込んでしまう。それが小説のネックとなった。
俊介も小説を最後まで書き上げることは今のところできていなかったが、プロットまではしっかりと考えていた。
書いてみた内容としては、途中までは納得のいくものだったような気がする、正直書いていて楽しいと思ったくらいだった。
だが、最後に近づくにしたがって、思ったよりも執筆が進んでいない。内容に満足していないというのもあるのだが、最後の締めの部分でそれまで書いてきた内容の辻褄が合っていないことに気づくと、落としどころが分からなくなってきたのだ。
「こんなんじゃダメだ」
と思うと、そこで諦めてしまった。
せっかくそこまで書いてきて、最後まで書き上げることが大切であるということも分かっていたはずなのに、そこまで来て、なぜか諦めてしまったのだ。
それはきっと、
「欲が出てきたからではないか?」
と感じていた。
「ここまで書けるのだから、最後まで書けるはずだ。書けないということはどこかで道を間違えたんだ」
と思うと、それまで少しずつ積み重ねてきたはずの自信が、脆くも崩れ始めてしまうのだった。
それが、まずは大きな間違いで、間違いを意識してしまうと、それ以上進むのが怖くなってきた。
「怖い?」
この思いは小説を書いていて初めて感じた思いだった。
それまで、怖いなどと思ったことはない。怖いということを感じたのだとすれば、ただの趣味であるものに対して感じてはいけないことだと思えてきた。その怖さが、何に対しての怖さなのか分からなかったが、正直、怖いと思ったことに対して、自分が怖くなったというのも事実だった。