有双離脱
だが、あくまでも、素人の個展という認識があるので、気は楽である。結構自分の個展中には、お客さんが多かったので、それだけはよかった気がした。
そんな中で一人の女の子の視線を、如月は感じていた。あまり女性の視線を意識したことのない如月だったので、ちょっと意識をしていた。二週間もあるので、個展の主催者として、毎回在郎する義務があるわけではない。展示さえしてしまえば、後はお店に任せておけばいいのだ。
何もここは美術館というわけでもない、喫茶店がギャラリーも兼ねているだけなのだ。美術館だとしても、期間中、展示の時間のすべてを在郎する必要もない、プロであれば余計にそんな時間もないわけだし、それは素人にも同じこと、素人は、個展を開いても、開催にお金が掛かるわけで、他に仕事であったり、学校に通うということがあるわけだ、
あくまでもサブカルチャー、生活圏はここだけではない人がほとんどのはずである、
だが、如月は大学でどうしても受けなければいけない講義だけは大学に行くが、それ以外はすべて、ここに詰めている。何と言っても初めての個展、プロの人よりもある意味緊張しているのではないかと思うほど、いつもと違う如月を俊介は感じていた。
そんな如月だったが、ここでは、一見、誰がここの個展の主催者なのかということを客は分からないだろう。別に主催者咳があるわけでもない、カウンターで一人コーヒーを飲んでいるだけだった。
時々俊介も一緒に来て話をしているのだが、俊介が来るのは主催期間の半分くらいだっただろうか、
しかし、如月に熱い視線を送っているその女性は、二週間のうちの十日くらいは来ていた。時間も二時間くらい店にいて、展示の作品を見たり、読書をしているのがほとんどだったのだが、最初はそれほど目立たなかった。
それでも、四日目くらいだろうか。如月はその女性と目が合った時に、彼女は笑顔を見せて、軽く会釈をしたのだ。それはまるで、知り合いに遭ったかのような仕草だったが、如月には、その人に対して心当たりはなかった。
「あれ? 誰だったのだろう?」
と感じたが、思い出せなかった。
それが、二度三度と続くと、次第に如月は照れ臭くなってきた。
普通照れ臭くなってくると、なるべく目を合わせるのをやめようとするはずだが、意識してしまって、つい彼女を見てしまう。さすがに一日に五回も六回も目が合ってしまうと、照れ臭さを通り越して、胸のドキドキが収まらなくなっていった。
彼女の座る席はいつも決まっていた。
テーブル席の一番手前のカウンターに近いところではあるが、席としては一番奥に位置しているところだった。
如月の指定席はカウンターの一番手前で、レジの横に近いところだったので、店のロケーションとしては、ちょうど対角線に当たるところであり、ある意味、視線を合わせやすい場所だったのだ。
――これも、彼女お計算だろうか?
と感じさせるほどで、最初は偶然だと思っていたが、ここまで毎回のこととなると、さすがに如月も意識しないわけにはいかない。
それでも、主催者側から声をかけるのは違う気がした。別に如月はナンパを否定している派ではなかった。本当であれば、声を掛けたいと思ってもいたのだが、主催者として、特定の客と仲良くなっていいものかと戸惑っていたのだ。
だが、そんな如月の様子に気づいた俊介は、
「あの娘、お前に気があるんじゃないか?」
と言われたが、如月としては、
――そんなことは最初から分かっているんだよ――
という苛立ちもあってか、俊介に対して、何も言わずに、苦笑いをするしかなかった。
俊介はさすが如月とは旧知の仲、如月の気持ちがよく分かっているようだった。
「どうしたんだよ。気になるなら話掛けてみればいいじゃないか」
と言ったが、それと同時に、
「あの娘、どこかで見たことがあるような気がするんだよな」
と思っていた。
ということで、二人は大学の同級生であったり、直接知り合いではない人にまで、想像を巡らせていたが、どうも想像に合致する人ではないような気がした。
さすがにそこまで言われると、どうしようかと迷っていた如月の背中を押した形になり、如月としては、軽い気持ちで話しかけてみる気になったのだ。
「あの、こちらいいですか?」
と言って、如月が彼女のテーブルの前の椅子に腰かけて、声を掛けた。
ずっと視線を合わせていて、カウンターにいるのが分かっているはずなので、席を変えてから、
「こちらいいですか?」
というのは、正直おかしな気分である。
「ええ、いいですよ」
と、彼女も別に違和感なく、笑顔で迎えてくれた。
その様子を見て、
「あっ」
と声にならないような小さな声でビックリした俊介だったが、俊介にはその時、その娘が誰だったのか気が付いたのだ。
この俊介の驚きが分かったのは、実際にその正体が分かった彼女だけだというのは皮肉なことであろうか。
その女の子を最初に、
「どこかで見たような気がする」
と思っていたのに、すぐに気付かなかったのは、普段とはまったくその姿や雰囲気が違っていたからだった。
というよりも、彼女を見る時というのは、制服姿しか見たことがなかったからだ。
その制服というのはセーラー服で、妹の恵子と同じ学校に通っている女の子だったのだ。
賢明な読者であれば、それが砂土原典子であることは分かっているかも知れないが、まさしくその娘は、典子だったのだ。
俊介はそのことを如月に話そうかと思ったが、二人の雰囲気を見ていると、明らかに自分たちの世界を形成していて、傍から見ている分には、ずっと以前から恋人同士であるかのような雰囲気を感じていた。
この店での典子の雰囲気は、実に大人びていて、その雰囲気は今までに感じたことのないものだった。
どちらかというと、幼さの残る雰囲気の女の子が好きな俊介は、ここまで大人びた典子を眩しいとは感じたが、すぐには女性として感じるものが出てくることはなかった。
どちらかというと、セーラー服でポニーテールのような髪型の典子の方が好きなタイプではあったが、なぜか気にすることはなかった。それは、妹の友達という意識があるからなのか、どこかくらい雰囲気が醸し出されていることが気になるからなのか分からなかったが、とにかく、セーラー服が似合いすぎているところが気になっているのもあったのだろう。
そういえば、如月と大学一年生の時、制服談義をしたものだった。
最初にカミングアウトをしたのは、如月だった。
「俺って、制服フェチなんだよな」
というのだ。
「制服フェチって、セーラー服か、ブレザーかっていう、女子高生の制服のことか?」
と訊かれて、
「ああ、そうなんだ。ただ、それだけに限らず、ナース服や、婦警さんの服なんかもいいよな」
と言っていた。
ちなみに、今の時代は、男女雇用均等法というもののせいで、看護婦も婦警さんという言葉も遣わなくなったらしいが、ここでは、それを敢えて使うことにする。
如月のセリフを聞いて、
――これはカミングアウトだな――
と思ったが、実は制服フェチに関しては誰にも今まで話したことがなかったが、俊介にもその気があったのだ。