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有双離脱

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「そうなんだよ。その人にはあの伝染病禍が分かっていたようなんだ。もちろん、大っぴらには言わなかったんだけど、その理由が、世間が混乱するという理由からか、それとも、どうせ誰も信用する人がいないという理由からなのか分からなかったが、そのどちらもだったような気がするんだ。しかも、もしあの時予言のようなことをしていれば、実際に伝染病禍になった時、その人は良くも悪くも世間で評判になって、引っ張りだこになるだろうね。だけど、予言したからと言って、この状況をどうすればいいかなんて、分かるはずもなく、できなければ、下手をすれば、ほら吹き呼ばわりされて、石を投げられたりするくらいのものだよ。一歩間違えると、殺されるかも知れないほど、物騒な世の中になっていたからね」
 とマスターは言った。
「そうだよね。あの時の伝染病禍の時は、有事や災害でよく起こることとして、誹謗中傷やデマが横行してしまうので、予言していた人がいたなんてウワサになれば、ただではすまなかったでしょうね。何しろ関東大震災の時には、朝鮮人が大量虐殺されたというからね」
 と俊介は言った。
「当時はネットどころかテレビもない時代だったので、情報はほとんど入ってこなかったでしょうからね。でも今の時代は一瞬にして全世界に情報が広がる時代なので、誹謗中傷も何でもありになってしまうんだよね、情報がまったくないのと、情報が行き届いている場合とで、結果がほとんど最悪な方に一緒だというのも、有事の際の宿命のようなものなのかも知れないな」
 とマスターが言った。
「本当にそうですよね」
 と俊介がいうと、
「私の師匠は、でもそんなことはあまり気にしていないようだったけどね。何しろ、一人のホームレスのいうことなんか、誰も聞きはしないという意識があるようだったからね。何か聞かれるとすれば、夜中に何かがあった時、目撃したかどうかというのを、警察に聞かれるくらいだって言っていたよ。まるで路傍の石のような存在なんだって言っていたんだよね」
 とマスターは言った。
 それを聞いて、俊介も考えた。
「そういえば、ホームレスがいた時代は、結構いるなと思ったけど、最近は気が付けばほとんどいなくなっているけど、本当にどこに行ってしまったんだろうな?」
 と、呟いた。
「確かにホームレスが姿を消したのはどうしてなんだろうな? 駅や地下街は以前から、電車の最終が終わってから、閉めるようになったので、昔のように、駅のコンコースや地下街で寝ているというのはあまり見かけないけど、たまにビル街の正面玄関をねぐらにしている人を見かけたことがあったんだ。だけど、それだと冬の寒さや梅雨時期の雨の中など、どうやって過ごしているのか。まったく想像もつかないよね。それを思うと、本当にどうしたんだろう?」
 と、マスターがいうと、
「僕も、公園なんじゃないかと思ったんだけど、最近は公園にもあまり見かけないらしい。ホームレスの数は増えているのは間違いないのに、一体どういうことなんだろうか?」
 と俊介がいうと、その横から如月が口を挟んだ。
「ネットカフェとかなんじゃないかい?」
 というと、
「ネットカフェだってお金がいるだおう?」
 とマスターがいうと、
「僕もハッキリとは知らないけど、ホームレスにも自治体から支給が行ってるんじゃないかな? 支援団体かどこかに。そこからホームレスに少しずつ分けられているとすれば、ネットカフェくらいは泊まれるなないかって思うんだけど」
 と如月が言った。
「生活保護のような感じで?」
「そんな感じじゃないかな? ホームレスは住所が不定なので、正式には自治体から支給はできないけど、その間に自立支援のような団体が絡んでいるとすれば、そこに支給するだけで、あとは、民間の自立支援団体が配るだけなので、問題はないのかなと思うんだ。だけど、これだって税金が使われているわけだから、大っぴらにはできないのかも知れないよね、でも、そうでもなければ、ホームレスがどこに行ったのかというのも、分からないよね」
 ということだった。
「でも、そんなに政府や自治体って優しいんだろうか?」
 と、如月が言い出した。
「どういうことだい?」
 と俊介が聞くと、
「だって、この間の伝染病禍の時だって、自粛や休業要請を出しておきながら、なかなか保証を出そうとしなかった国や自治体なんだよ。あれだけのことがあっても、出し渋ったんだ。それをホームレス対策にそんなに簡単にできるだろうか?」
 と如月が言った。
「確かにその意見はあると思うけど、伝染病禍は、いきなり起こったことだろう? 予期せぬことで誰もが何をどうしていいのかという戸惑いがあった。しかも、問題は山積みになって、どんどん増えていくばかりだ。それを一つ一つ解決していかなければならないので、優先順位のつけ方も問題があるだろう? だけど、ホームレスの問題は昔からあることで、対策はいろいろ考えられてきて、ノウハウもある。そういう意味で、逆にあの伝染病禍を何とかしてきた。というか、何とかなってきたんだから、ホームレス問題のように積み重ねてきたものに対しての対応は、ある程度まではできるんじゃないかと思うんだけどね」
 と、マスターが言った。
「確かにその通りなんでしょうね、ホームレスがどこに行ってしまったのかというのは、意外と、如月君の話が的を得ているのかも知れない」
 と俊介が言ったが、
「でもね、ハッキリとしたことが分からないので、ここでどんなに話しても、机上の空論でしかないよね。でも、話をしていろいろな意見が飛び交うというのはいいことだと思うんだ、何も考えなくなると、あの禍の時のように、何もできなくなってしまうのが恐ろしい。何しろ、国と自治体は、危機管理という意味では、まったくの無能力だということが分かったんだからね:
 とマスターがいうと、
「でも、国の危機管理のなさは前からありましたけどね。大地震が起こったと報告を受けた首相が、ゴルフを最後まで楽しんでいたなんて話、どこまでは本当か分からないけど、何かがあった時には、いつも問題になっている政治家がいるじゃないですか。それに、一番責任がある人間が、責任を取らないのが、この国の政治ですからね」
 と俊介が言ったが、どうも最初はホームレスの行方の話のはずだったのに、いつの間にか政府や自治体への不満を話している空気になり、ハッとなった。
 だが、これこそ今に始まった話ではなく、政府への批判は、今は酒の肴のごとく、日常茶飯事になっているのだった。
 ギャラリー「くらげ」での個展を真剣に考えている如月だった。彼は、あまり無駄遣いをする方ではないので、アルバイトをしたお金は結構残っていた。それを趣味に使っていたわけだが、絵を描くという趣味はそれほどお金がかかるものではない。
 写生をするのに、郊外に出かける時に掛かる交通費と、絵を描くために必要な最低限の費用くらいで、普通に遊びに行くよりも、よほどお金もかからない。
 そもそも食事はどこに行ってもするものだから、それをお金が掛かるところに入れてしまうのも変であろう。
 そういう意味でも、ここでの個展を開くために貯めていたお金ではないかと思えた。
作品名:有双離脱 作家名:森本晃次