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有双離脱

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「それは、どういう考えなんだ?」
 と聞かれると、どうも、如月は、これから言う自分の答えを最初から分かっているかのように感じられた。
「それはね、遠近感を感じないんだよ。普通に見ていても遠近感を感じない。だけど、逆さから見ると、違和感はあるんだけど、その理由が分からない。ただ、バランスの違いだけはハッキリと分かっている。だけど、それだけで説明できない感覚だったのだ。それで何度も普通に見るのと逆さに見るのをを比較してみて、感じたのは、逆さから見た時に始めて距離感を感じないことが分かったんだ。逆に普通に見ている時というのは、距離感を感じないのではなく、本当は感じているのに、当たり前すぎて、普段の方が錯覚していたのではないかという風に思ったんだよ」
 と俊介は言った。
「なるほど、そうなんだよ。絵を描ける人と描きたいと思ってもなかなかうまく描けない人の違いはそこにあるんだよ。僕も最初は思ったように描けなかったさ、何しろ雅勇だからね。でも、それが分かってくると、どこから描いていいのかということも自然と分かってきた。もちろん、絵をどこから描くかというのは自由で、人それぞれなんだけど、感性によっていろいろあるという意味で、その感性であれば、どこから描くのかというのは、ある意味決まっているんじゃないかと思うんだ。僕はそれを発見した時、絵を始めて書いていいんだと思ったさ。そして、一歩前に進んで、今度はまた別のことにぶつかったんだよ」
 と如月は興奮気味に話している。
「というと、どういう壁なんだい?」
 と俊介が聞くと、
「壁というのは少し違うのかも知れないんだけど、僕が思ったのは、絵というのが、ジグソーパズルのピースのように、端から埋めていくのがいいと思っていたんだけど、実際には違うのかって思ってね。以後のように真ん中から端に向かっていくものなのかも知れないと思うと、またそこで迷ってしまった」
 と如月は言った。
「結局どっちなんだい?」
 と聞くと、
「それが俺にもハッキリとしないんだよ」
 と言って、苦笑している。
「俺も自分から言っておきながら、結論としては分からないんだ。描く絵によって違ってくるような気がする。それが風景画なのか、人物画なのかによっても違う気がするしね。さらにいうと、動くモノを捉えて描くのも、結構難しい。だけど、それができるようになると、第一段階を卒業できたような気がしたんだよ」
 と如月は続けて言った。
「じゃあ、如月君の中では絵が描けるようになるまでには何段階があると思うんだい?」
 と俊介は訊いたが、実はこの質問は、実は答えがないものだという意味で聴いていた。
 素人の目から考えても、答えを出せるだけの根拠がないような気がしたからだ。
「うーん、難しい質問だね」
 と言って、如月は苦笑いを浮かべながら、俊介の表情を盗み見ているようだった、
 ひょっとすると、如月の方も、俊介が答えを求めていないことを分かっていて聞いているのが分かったのかも知れない。それほど、この質問は、曖昧で相手に考える隙を与える質問のような気がした。
「そもそも、この質問には無理があるのさ。というのは、何をもって、絵を描けるようになるという定義がないからね。それが分かっているのであれば、そこから考えることもできるけど、絵を描けるということがどういうことかが曖昧なだけに、この質問は最初から破綻しているような気がしていたんだ」
 と、今回は想像していたような回答が返ってきたので、俊介の方も、その回答には苦笑いをせずにはいられなかった。
「確かにそうなんだよね。プロだから、絵は描けるというのかということであれば、じゃあ、プロのレベルっていうのが、具体的に何ができればプロなのかってことになるよね。それは結局、売れる絵が描けるか描けないかという違いなだけで、お金を出すのは相手なんだから人それぞれで感性がある。でも、本当に芸術家としての目を持っている人は、優秀な作品を見抜く目を持っているんだよね。きっと彼らには何か他の人には見えない何かが見えるから、大金を出してでも買おうと思うんだろうね」
 と俊介がいうと、
「もっと言うとね。実際に売れると言われる絵を描いている人だって、自分の絵がそういう選定のできる人の目に適う絵を描いているという自覚はないと思うんだ。言い方は変だけど、点は二物を与えずというだろう? 生み出す方と見出す方の両方を持っている人というのは、少し考えてみるとなかなかいないような気がするんだ。他の世界では分からないけど、芸術の中でも絵画や造形は違うと思うんだ。贔屓目になってしまうけど、それだけハードルが高いものなんじゃないかって思う。だって、絵や彫刻なんて、買い取る値段が違うだろう? 絵一枚に、何千万とか、創造を絶するものだと言ってもいいよね」
 と如月は言った。
「そうなんだよ。しかも絵に対しての評価というよりも、有名画家が描いた作品ということで値が跳ね上がるケースだってあるからね」
 と、俊介は言った。
 ギャラリー「くらげ」として利用する人もさることばがら、ここのコーヒーは、結構評判もいいようだった。
 マスターが、コーヒーの淹れ方を先生から教わったというが、その人物がどこの誰なのか、教えてくれない。
「そりゃあ、教えたって、別にソムリエとかパテシェのようなプロじゃないんだから、誰も知らない人だからね」
 と言っていた。
「その人は今、どこにいるんですか?」
 と聞くと、
「どこにいるか分からないんだよ。元々私にコーヒーの淹れ方を教えてくれた時は、住所不定でしたからね」
 というではないか。
「えっ? じゃあ、ホームレスということですか?」
「まあ、そういうことになるかな? でも、そういう人の方が意外といろいろ知っていたりするし、そもそもホームレスになる前は、大会社の社長だったりするかも知れないわけで、それだけ人を身なりで判断してはいけないということの証明になるんじゃないかな?」
 とマスターは言った。
「確かにその通りですね。特に数年前の伝染病禍の時には、国や自治体の散々な政策のせいで、経済が壊滅的になった時に、ホームレスが溢れたりしたからね、本当に有望だった人だっていたはずだし、本当に困ったものだったですよね」
 というと、
「まあ、その人は、伝染病禍の前に知り合った人だったので、何とも言えないけど、その人の淹れるコーヒーには味わいがあったのさ。そしていうんだ。俺には先の世の中が見えるってね」
 と言われて、さっと緊張が走った。
作品名:有双離脱 作家名:森本晃次