無限への結論
それなのに、いないことを、研究のせいにして、まるで自分を犠牲にしていることを美談にでもしようとしている自分がいることに気づくと、恥ずかしさというよりも、思い知らされたことへの彼女に対しての尊敬の念がこみあげてきた。
そして。今まで過去に戻ろうと思った自分が恥ずかしく思えたくらいだった。
「そう、そうなのよ。彼もさっきまでのあなたのような目をしていたの。まるで人生に諦めたかのようなね。だから、きっとあの人は戻ってこないと分かっていたわ」
「でも、それだけで、旦那さんが戻ってこないということが分かるの?」
「ええ、分かるのよ。実は彼が残した手紙が見つかったの。それも、今日ね。だから、今日は何かが起こる日だって私は確信していたの」
というではないか。
「彼の手紙というのは?」
というと、彼女がボロボロになった手紙を出してきて、松岡に見せてくれた。
「この手紙ね。あの人が、死ぬ前に書いたらしいの。署名を見ると、令和十三年と書いてあるでしょう? だから、ちょうど七十歳くらいの頃になるのかしら? しかもちょうど政府が崩壊した混乱の時期。ひょっとすると、巻き込まれそうになったので、自ら命を断ったのかも知れないわね」
という。
「じゃあ、遺書のようなものということなのかい?」
「ええ、私はそうだと思っている。だから、余計に彼の気持ちが分かるし、すべてを告白してくれているのだと思っているの」
「僕が見てもいいんですか?」
「ええ、読んでほしいの」
というではないか、そんなに人に見てもらいたいということなのだろうか?
もし、見てもらうのだとすれば、その相手はこの状況を知らない人がいい。つまり初対面の人で、変に因果関係のない人に見てもらって、何らかの慰めにでもなればいいとでも思ったのだろうか?
それならそれで、童貞を卒業させてくれたお礼として、その気持ちに答えればいいのだろうと思い、気楽な気持ちで読んでみることにした。
手紙を読んでいると、確かにこの旦那という人は、妻であるりえさんに対してというよりも、先ほど自分が感じたように、自分のまわりに誰もいないと自覚したことがタイムマシンを使う理由だったという。
タイムマシンを使って過去にいくと、そこには、前述のようにりえさんが言ったような、
「あなたには、待っていてくれる人や、会いたい人が未来にいるのか?」
と訊かれて、それがりえさんだとは言えなかったという。
その時に一緒にいてくれた女性をいとおしいと感じ、もうこの時代から自分が離れられないことを自覚した旦那が、そのままタイムマシンをぶち壊してしまったのだ。
永久に戻ることのできない未来、それは、過去に戻ることのできない自分と同じだった。自分の場合は、過去に戻って、他人の人生を狂わせることの危険性のために戻れないようになっているのかと感じたが、そうではないのかも知れない。
この人の遺書を見る限り、自分はこの世界にいなければいけない人物であり、旦那にとっての癒しをくれたその人が自分にとってのりえさんになるのではないかと感じた。
旦那はその時に出会った人と一緒になり、過去で人生をやり直した。子供も生まれて、幸せな人生を歩んでいたという。
だが、その子供というのが、ある時から科学や物理学に興味を持って、勉強し始めた。
「タイムマシンを作るんだ」
と言い始めたという。
それを聞いて、旦那は恐怖を感じた。
「自分がこのままこの子供のそばにいることは許されない」
と思ったということで、しばらく海外にいたという。
そして、日本に帰ってきた時には、その息子が行方不明になっているのを聞いて、頭を抱えたのだった。
「息子がどうなったのか、俺は分かっているが、きっと俺と同じ運命を歩んでいるかも知れない。すべての罪を作り出したのは、この俺なんだ」
と言って、旦那は後悔の念に捉われていると書かれている。
未来から来た旦那が、日本の崩壊を知らないわけはない。その時を彼は自分の死に場所だと考えたようだ。
確かに、旦那の生き方は、それはそれで仕方がないと思う。ただ、それは旦那の手紙を遺書だとして見ているからである。どうしても贔屓目に見てしまうからで、それはきっとりえさんも同じことではないのか。
そう思いながら、手紙を読んでいると、最後の方で、何か不思議なことが書いてあった。
それはこの世界のことのようで、元々この世界から飛び立った彼だから知っていることなのは当然のことである。
「お前も知っているように、生まれ変わった日本という国は、近親相姦が許されている国だ。お前のところに、俺の息子が行くことになるかも知れないが、その時は、俺だと思って大切にしてやってくれ」
と書かれていた。
「これって……」
と言って、その手紙を折りたたんで、りえさんに返すと、りえは、頷いていた。
「まさかと思うけど、ここに書かれている息子というのは、僕のことなんじゃないでしょうね?」
というと、
「私も信じられなかったわ。でもね、あなたにさっきの質問をした時、私は彼のこの手紙の言いたいことが分かった気がするの」
というではないか。
彼女のいう言葉というのは、
「過去に戻って、あなたを待っている人、会いたい人がいるの?」
という質問である。
それに対して何も答えることができなかった松岡は、まるで過去に行ってしまった旦那と同じではないか。
「この世界では、近親相姦もありだし、親子で結婚することも許されているの」
というのを聞くと、
「じゃあ、俺たちが今まで生きてきた世界のモラルや倫理なんて、まったくここでは通用しないということになるのか?」
というと、
「そういうことなんでしょうね。そもそも、国家が崩壊したわけだからね。倫理、モラルが行き過ぎていたということの反省なのかも知れない。そういう意味で、この世界では結構自由が許されているけど、でも絶対にダメなのは、タイムトラベルなの。これは重罪になるのよ」
というではないか。
「でも、旦那さんはそれをしたんでしょう?」
「ええ、彼が最初で最後のね」
という彼女に対して、
「そういう意味でもこの世界に帰ってくることを、旦那さんは怖がっていたから、戻ってこなかったということなのかな?」
というと、
「そうじゃないの。この法律ができたのは、あの人がタイムマシンで過去に行ったからなの。だから、今あなたのタイムマシンがあそこにあなたは隠されていて、それを警備隊が守っていると思っているんでしょうけど、それは違うの。そもそもそのタイムマシンを最初に見つけて、それで過去に行ったのが、私の旦那だったのよ」
というではないか。
「えっ、じゃあ、元々のきっかけを作ったのは、この俺だということになるのか? 俺がタイムマシンなどを作ってしまって、この世界に来てしまったことで、旦那さんとりえさんの運命を変えてしまった。なんて罪作りなことをしてしまったんだろう?」
と言って、後悔した。