無限への結論
「そのホストクラブが大いに問題となったのよ。時代は極端なまでに、男女雇用均等法の問題が叫ばれるようになって、そのために、ホストクラブという商売が一時期、男性相手の風俗よりも強くなったのよ。それが、女性を食い物にするための商売として君臨してくるようになると、女性側と男性側で大いに揉めた。男性の中には男女雇用均等法を胡散臭いと思っている人も多かったので、ホストクラブを反映させることで、女性に一泡食らわせようという男性が増えてきたのよ。そのために、風俗戦争が勃発し、結果、痛み分けだったんだけど、その弊害として、国会で、風俗営業禁止法という悪法がどさくさに紛れて成立してしまったの。それで男性も女性もストレスが解消できなくなって、大人は皆情緒不安定になった。それが勝手に国会で禁止法を定めた政府と三つ巴の戦争状態となり、結局、日本国は秩序から崩壊していったのよ。これが、日本という国が崩壊した理由なの。でもね、本当の崩壊理由は、誰もしゃべってはいけないことになって、結局一部の人しか知らないこととして、歴史に残ったの。だから、歴史の教科書には、日本国の崩壊と、今の世界が、中央集権から、地方分権の合衆国のような国家体制になったという形式的なことしか書かれていないの。これは、昔から歴史という教科が暗記物の教科だったということが幸いしたおかも知れないわね」
と、りえ嬢は話してくれた。
「令和三年にその事件が起こったんですか?」
と聞くと、
「もう少しあとだったかしら? でもその前の前兆として、タイムマシンの開発があったの。これも国家機密となっているんだけど、タイムマシンを使って過去に行った人がいるのよ」
という話を訊いて、松岡はドキッとしていた。
「それは一体……」
そこまで言うと、それ以上何も言えなくなった。
「その人は、タイムマシンの開発者ではなく、過去からやってきたタイムマシンに乗って、過去に行くの。その人はこの世界に嫌気が差した人で、その人も現代史を勉強していて、常々言っていたのが、『半世紀くらい前に戻れば、今の時代がどうして形成されたのか分かる気がする』という言葉だったの。ちょうど、世紀末くらいなんだけど、彼が注目したのは、阪神大震災やオウム真理教がサリン事件を引き起こしたあの時代だったの。それに彼はその時代のことを、天変地異の始まりの時代だって言っていたのよね。私はその時彼ほど勉強をしていなかったので分からなかったんだけど、その時代がなぜ彼にそう思わせたのか、今なら分かる気がするの」
という。
「それはどういうこと?」
と聞くと、
「それはね。その年に起こったことではなく、その前の年の夏のことだったの。その年の夏は、七月に入って、雨がまったく降らずに、七月に入ったとたん、気温はぐんぐんうなぎ上りになっていったの。令和三年の人には珍しくないと思うんだけど、それまで、気温が三十五度を超えるなんて、ほとんどなかったのよ。三十三度でも、その年の最高気温というくらいだったのが、この年から急に気温が上がるようになって、しかも、梅雨の終わりには必ずと言っていいほどの豪雨に見舞われるようになったでしょう? さらに台風の発生も異常なくらいになり、その進路も予測はできるんだけど、それまでの台風の進路とはまったく違った傾向になってきた。これが地球における自然環境破壊に繋がる第一歩だったのよ。彼はそのことを突き止めて、その時代に行ってしまった」
というところで彼女は話をやめた。
「どうして、そこで話をやめたんですか?」
と聞くと、
「だって、彼はこの時代には戻ってこなかったの。そのままその時代にとどまったのよ」
というではないか。
「えっ? じゃあ、どうしてそのことを知っているんですか?」
「彼が私にそのことを書いた書き置きを残していたからなの。俄かには信じられなかったけど、今は信じることができる。あなたがこの時代に来たことで、それが証明された気がしたからなのよ」
というではないか。
「よく分からないんですが、あなたはその人と恋人同士だったということですか?」
「恋人同士というよりも、夫婦だったと言った方がいいかも知れないわ。いや、正式に別れたわけではないので、まだ関係上はまだ夫婦ね」
「じゃあ、あなたの旦那さんは、あなたを捨てて過去に行ってしまったということですか? なぜなんだろう?」
というと、
「私は捨てられたということは、最初に強く思っていたんだけど、今は本当にそうなのかって思うのよ。彼は言っていたわ。過去に行って、その世界に到着すれば、タイムマシンは破壊するってね。過去に行くということは、それだけ罪が重いことだと思うんだけど、なぜ彼がそう思ったのか、そこまでして過去に行こうと思ったのか分からない。実際に彼が過去に行ったことで何が変わったのか、分かるわけもないしね。だって、私たち人間は、たくさんある可能性の中の一つにしか存在できないわけだし、他の世界を覗くことはできないんだからね。だから、彼が何かを変えたとしてお、それは別にたくさんある可能性の方向を変えたというだけで、よく言われていることとして、過去を変えてしまうとビックバンが起こるなんてこと、ありえないと思うのよね、もし、過去を変えたのだとすれば、本当に進むはずだった将来を、今進んでいる将来の二つを見ることができるようになるということで、それが本当にいいことなのか悪いことなのか分からないけど、その人の思いとは関係なく、嫌でも見せられることになる。これはその人にとっては、ある意味ビックバンよりもむごいことなのかも知れないわね」
と、りえ嬢は言った。
「あの人ね、過去に何かを忘れてきたって言ったの。あの人はそれを取りに行ったのかも知れなんわ」
と、続けたが、それ以上は言葉が出ないようだった。
それを見た松岡はりえを強く抱きしめた。話を訊いただけなのに、ここまでいとおしく感じるのは、自分が過去に帰ることができなくなったことで、
「過去に行ってしまって、この時代に戻ってくることをしようと思わなかったその旦那の気持ちが何となく分かった」
と思ったからであろうか?
「ねえ、松岡さんは、過去に戻りたい?」
と訊かれて、
「それは戻りたいですよ」
というと、
「過去に戻って待ってくれている人、あるいは、会いたいと思う人っているの?」
と言われて、ハッとしてしまった。
「俺は研究にかまけて、ただそれだけのために生きてきたんだ。そんな人はいない」
と言ったが、少なくともりえに逢いたい人、待ってくれているであろう人の話をされた時、ドキッとしたのは事実だった。
研究に没頭していても。それくらいの人はいると自分で思っていた。しかし、それは多い上がりであり、そんな比とは存在しない。自分が心からそう思わないとそんな人はいるはずもないだろう。もし、いたとすれば、その人に対して失礼だし、自分にとって、その人たちを自分の世界に引き込むのは、罪なことだと分かっているだろう。