無限への結論
「そこはよく分からないんですよ。実はこれは私の常連さんになってくれているお客さんがいるんですけどね。その人が言っていたんですが、人間って飽きが来る動物だっていうんですよ。確かに、恋愛をしている時、彼女とセックスをするのは、楽しかったし、結婚したら幸せなんだろうなって思うんですよ。でも、実際に結婚すると、普段の生活はいいんだけど、セックスになると、急に飽きてきたっていうんですよね。嫌いになったわけではなくて、あれだけ交際中会うたびにホテルに行っていたのに、結婚してしまって、彼女が自分のものになったとたん、達成感が満たされてしまって、今度はその達成感が飽和状態になったというんです。だから、他の肉体を求めるんだってね。だから、彼は私のところに頻繁にきてくれるようになったんですが、ある日聞いたんです。奥さんに飽きたっていっているのに、私には飽きないんですか? ってね」
「それで、その人は何と言っていたんですか?」
「飽きはきていないって。だって、君に対しては達成感という感覚ではなく、癒しを求めに来ているからね。だから、射精した痕の脱力感だって、悪くはないんだよ。妻に対しての背徳感のようなものも少しはあるのかな? って言っていたんです。でも、私は背徳感はないと思っているんです。もちろん、これがお金の絡まない女性相手だと不倫になるということで背徳感があるんでしょうけど、ここまで通ってきてくれると、彼の中で割り切っているはずだと思うんですよ。言い方は変だけど、私は子供にとってのおもちゃのようなものかも知れないと思っているんです」
「あなたはそれでいいんですか?」
「ええ、もちろん構わないわ。だって昔から疑似恋愛を楽しむ気持ちってあるじゃない。例えば、アイドルを追いかけるとか、二次元に嵌るとかね。だから、そういう意味では私はそんな男性にとってのアイドルでいられればいいと思っているし、癒しだと思ってくれれば最高だって思うの」
と言って、顔を真っ赤にしてりえ嬢ははにかんでいた。
それを見ながら、まだ童貞の松岡は、
「この人が俺の童貞を卒業させてくれるんだな。相手にとって不足はない」
と思いながら、彼女の横顔を見て、その癒しに少し感動していた。
彼女の言う通り、確かに話だけを聞いていれば、政策としては、最善の方法なのかも知れないと思ったが、それが最良かどうかと訊かれると、疑問符を感じた。
どこに疑問を感じたのかまでは、正直ハッキリと分かっているわけではなかったが、どちらかというと、何か形式的なところが感じられた。
それはきっとまだ自分が童貞だからという理由と、もう一つは、この世界というのが、本当に自分たちがいた世界の未来なのか、それが怪しい気がするからだ。
彼女のいうように、日本という国が、二十年前に崩壊したということは、何となく頭の中にあったのだが、それはあくまでも最悪のシナリオであり、
「まさかそれが本当のことだったなんて」
と感じると、自分の予感に恐ろしさを感じ、さらに余計にこの世界にいかに関わればいいのか、そもそも、この自分が関わってもいいことなのかどうか、そのあたりがハッキリとしないでいた。
それを思うと松岡は。
「どうしても、余計なことを考えないわけにはいかなかいな」
と感じずにはいられなかった。
過去への呪縛
りえ嬢の身体には、懐かしさがあった。すべてが終わり、童貞を卒業した時、なぜか涙が出てきた。女の子が処女を失った時、涙を流すことがあるというが、それを聞いた時、
「そんな殊勝な女性、そんなにたくさんいるわけない。中学生くらいのものなんじゃないだろうか」
と思っていたが、男でも、しかも、いい大人がこんな気分になるなんて、訳が分からない。
しかも、相手は自分が好きな相手とかではないではないか。好きな相手にだったら、うれし涙もあるのだろうが、これはうれし涙ではないということは分かっている。
風俗に行くという背徳感でもない。虚しさでもなければ、憔悴からの涙でもない。一体何が涙に変わったというのか、松岡には分からなかった。
りえ嬢はというと、向こうを向いて小刻みに揺れているではないか。
――泣いているのか?
と思って、思わずこちらに彼女を向けると、りえ嬢は顔を両手で覆って、見られたくないという素振りをした。
「どういうことなの?」
と聞くと、
「これは、あなたがいた世界の人には絶対に理解できないことだと思うの。あなたのいた世界であれば、この行為は重罪に値する行為だからよ」
というではないか。
「えっ、どういうことなんですか? 風俗産業は法律さえ守っていれば、ちゃんと市民権を得ていることのはずなんだけど?」
というと、
「ううん、違うの。この世界でも風俗産業に対しての考えは同じよ。むしろ、あなたのいた世界よりも、もっと風俗に関しては肝要なの。ある意味、病院か療養所に近いような認識もあるくらいよ。社会正義に属するくらいのものなの。それだけあなたのいた時代とは隔たりがあるということなのよ」
とやけに、りえ嬢は、
「あなたのいた時代」
という言葉を口にするではないか。
「りえさんは、僕のいた時代を知っているんですか?」
と聞くと、
「いいえ、詳しくは知らないけど、このお仕事をしていると、過去の歴史に関しては、他の人よりも勉強するのよ。特に私は大学でも現代史と呼ばれる勉強をしたわ。日本が崩壊に至るまでの歴史をね」
と言った。
「じゃあ、りえさんは僕がいた時代を認識しているということですか?」
と聞くと、
「そうね、令和三年という時代なんでしょう? 認識しているわ」
という。
「一体、どういうことなんですか?」
「この時代、風俗嬢というのは、結構人気のお仕事なのよ。さっきも言ったように、男性の療養のための仕事であったり、童貞卒業の相手であったりするのよね。それにあなたの時代には存在しなかった男性のソープもあるのよ。あなたの時代には、ホストクラブくらいしか男性の風俗的なものはなかったでしょう?」
と訊かれて、
「そうですね」
と答えると、