無限への結論
そんな時代をいかに乗り越えてこれたのかが知りたいのだが、ひょっとすると、あの時を契機に、民族の滅亡がカウントダウンされたのではないかと思った。
「未来を見てみたい。それも三十年後を」
と感じた本当の理由はそこにあった。
あれだけ酷い世界が一体どうなってしまったというのか、それを考えると、三十年後が実際に存在しているのかということすら怪しいと思えたのだ。
「もし、三十年後に、日本が、いや、世界がなくなっていたら、すぐにでも、元の世界に戻ってこようとするだろうが、戻ってこれたのだろうか?」
と考えてしまった、松岡だった。
未来の行政
とりあえず、未来において、何か少しでも話ができる人が欲しかった。何となくこの時代の話を聞かせてくれた人は、あまりいろいろなことに興味を持っていないようだった。この時代の人間は、良くも悪くも静かで、余計なことを話さない人が多いという印象だった。
数日が経った、生活は何とか、この時代のお金を使うことができることから不自由はない。
不自由がないどころか、金銭感覚の違いが三十年でここまで顕著とは思わなかったが、自分たちが使っていたお金は、ここでは相当な価値を持っているようだった。
この時代のお金にすると、令和三年から持ってきた自分の全財産が、五万円だったが、ここでは、その百倍くらいの価値があるようだ。まるで、円をドルで両替したかのような感覚だ。
そして、額面上の価値は令和三年と変わらない。したがって、一日しか過ごせないお金であれば、こちらにくれば、三か月以上遊んで暮らせるということだ。
「これだけの金があれば、十円は安泰なくらいではないか」
と考えた。
さっきまで科学者としての張り詰めた気持ちが、お金を見たとたん、急に気が緩んできた。令和三年では研究に必死になっていて、遊ぶなどという感覚はまったくなかった。
「タイムマシンの開発」
それだけが目標であり、生きがいだった。
だが、それだけに、タイムマシンの完成は自分の中に一筋の影を見せるのではないかという危惧は持っていた。
「目標を達成すれば、これからは何を目標に生きればいいんだ。いくら遊んで暮らせるだけのお金をもらっても、比較になるものではない」
と思っていたはずなのに、未来の世界にやってきて、急に百倍もの富が入ればどういう感覚になるか、創造とは違っていた。
そもそも、令和三年であれば、もっと冷めた感覚になっていただろう。しかし、ここは知らない世界。今のところ戻れる可能性は低い。下手をすれば、ここで生きていかなければいけないだろう。
そう思うと、寂しさがこみあげてきて、今まで自分が何のために頑張ってきたのか分からなくなってきた。
「未来にやってきて取り残されるために、タイムマシンを開発したのか?」
と思うと、まるで自分が入る墓を自分で掘っていたという、
「墓穴を掘らされた」
というのと同じではないか。
しかし、あくまでも研究は自分にとっての、
「趣味と実益を兼ねた事業」
だったのだ。
それを覆えば、自業自得でもある。そう考えると、ここで手に入ったお金を自由に使うくらいの贅沢はありではないだろうか。
まったく楽しいことも遊びもしたことがない。。女性と付き合ったこともなければ、友達とそこかに遊びに行くということもない。テレビも見ないい、情報など、まるで子供並みであった。
頭の中には計算式と論理が飛び交っている。他のことはすべてシャットアウトしていた。だからこそ、一人で未来に行こうなどという暴挙ができたのだろう。
自分の発明に対しての驕りと、他人の意見をまともに聞かないエゴとがまじりあっていたのだろう。それに、
「自分で発明したものは自分で検証する」
という建前であるが、手柄を人に取られたくないという思いもあったに違いない。
そんな思いを抱きながらやってきたこの世界、
「やっぱりやめておけばよかった」
と思ったがすでに後の祭りだった。
「こうなったら、せっかくこっちにいるのだから、ずっといたと思い、しかも、急に毛ね持ちになったのだから、今までできなかったことを何でもやってやろう」
と思った。
しかし悲しいかな、遊びを知らない松岡は、
「庶民の楽しみって何だろう?」
というところから入ったのであった。
まず気になったのが、女性を知らないということだ。ハッキリ言って、童貞である。この時代の童貞率がどれくらいなのかは分からないが、自分の研究所には童貞が多かった。もちろん、研究室で頑張っていると、女性と知り合う機会などあろうはずもない。
他の連中がどうだったのか分からないが、せっかくこの時代にきたのだから、風俗習慣がどうなのか、気になるところであった。
色街というと、相当古いのだろうが、よく見ると、ローマ字でそう書かれていた。ネオンサインはそこまではなく、よくテレビや週刊誌などで見る、新宿歌舞伎町などのようなケバケバしさはなかった。
よく見ると、ソープランドと書かれていた。そこがどういうところかを知らないわけはない。
「せっかくだから、行ってみよう」
と思った。
お金は腐るほどあるのだ。この世界では、百万円札があるようで、昼間のうちに両替してついでに、預金をと考えたが、考えてみれば、身分証明書もないのに、口座が開設できるわけはないと思っていたところに、
「証明書なしで口座が開設できます。ただし、期間限定です」
と書かれていた。
「そういうサービスもあるのか、さすが銀行もあの手この手だな」
と思い、指紋認証だけで、口座が開設できた。
「今は、昔と違ってスピード以外には、簡易さが求められるからですね」
というので、
「でも、身分証明なしの指紋だけって、大丈夫なんですか?」
「ええ、大丈夫です。指紋から遺伝子が分かるので、DNA鑑定みたいなものですよ」
という。
しかも、口座への預金も限度はないとのこと。ただし引き落としに関しては結構厳しいようで、そこのセキュリティはしっかりしているようだ。引き落としなどは今回関係ないので、口座だけ開設し、預金しておいた。
一応、今回は百万円だけ持って出かけるのに、十万円札十枚を財布に入れた。
ソープの値段は、総額で六万円だということだ。令和三年でも、六万円というと、まあまあくらいではないか。そう思うと、この日の感覚からすれば、六万円は別にもったいなくはなかった。
童貞を捨てる相手は、別に好きな人でなければいけないなどという健気な考えを持っているわけではなかった。ただ、童貞を捨てる時間よりも、研究に熱中する時間の方が今までは貴重だっただけだ。
価値観の問題と言ってしまえばそうなのだが、開発も一段落、これまでやりたくてもできなかったことを片っ端からやってみたいとまでは思わなかったが、通りかかったのが、いわゆる、
「色街」
である。このまま、通り過ぎるにはあまりにも後ろ髪を引かれたのだ。
何よりも、気持ちがすでに、中に向いていた。身体も十分に反応している。
「こんなにドキドキが心地いいものなんだ」
と思った。