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無限への結論

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 その証拠がどこにあるわけでもない。
 旧約聖書に出てくる、
「ノアの箱舟」
 のような大洪水が起こって、人類すべてが死滅したのだとすれば、考えられなくもない。洪水に限らず、氷河期、食糧難、そして細菌による伝染病の蔓延。
 それらを繰り返して今の世界が成り立っているのだとすれば、最悪、いつ何が起こっても不思議がないと言えるではないだろうか。
 さすがに三十年で、世界が死滅し、まったく違った世界を作り上げたというのは考えられない。しかし、さらに突き止めれば、これが本当に三十年後なのかも分からないからだ。
 いわゆる三十年というのは、一度皆が死滅してしまって。そこから人類がまた増えて行って今のようになったのだとすれば、やはり三十年ではあまりにも短い、
 ただ、人間を冷凍保存していて、何かの危機が去ってから目を覚ますような仕掛けになっていたとするならば、人類が死滅するような天変地異があったとしても、皆生き残れたという考えもある。それこそ、
「現代版:ノアの箱舟」
 と言えるのではないだろうか。
 ただ、天変地異がどのようなもので、生き残った人たちは、どのようにして選ばれたのか、当然人類すべてが冷凍保存できるはずもない、かなり限られた人のはずだ。
「年齢による選別であろうか?」
 しかし、そうなると、老い先短い人が冷凍保存と考えると、それよりも若い人の方が社会のためになるし……。
 また、年齢ではなく、
「誰が社会のために立つか?」
 ということになると、その基準も難しい。
 仕事のないようによるのか、ポストによるのか。
 そうなると、結局は年齢と同じ発想になり、年功序列にするのか、それとも若い有望者を残すのか、それによって、かなり変わってくるだろう。
 それとも、やはり最後は、カネがものをいうのか、高額納税者は優先獣医が高くなり、必然的に狭まった枠を、どう平等に分けるかが問題であろう。
「まさか、くじ引きというわけにもいくまい」
 と思ったが、考えれば考えるほど、差別でしかなく、逆にくじ引きの方が不公平がないという考え方もできるのではないだろうか、
 この問題は、
「すべての人を助けることはできない」
 という場合の究極の選択である、
 どこをどう切り取っても不公平でしかなく、いかに不満が起きないかということを考えなければいけないだろう。
 しかも、このことを考えている人たちは当然助からなければいけない立場でなければいけないだろう。
 まわりから文句が来る状態の立場に追い込まれて、その状態で、自分の命も保証されていないなどというのは理不尽極まりない、
「俺たちの命が保証されていないんだったら、こんな役目まっぴらごめんだ」
 と言って、逃げ出すことだろう。
 さすがに政府も彼らには緘口令をしなければいけない。当然政府高官も生き残るという保険を持っている。ただ、それが国民にバレルと、生き残った人たちからも世の中の再生の時に大いなるバッシングを受けるだろう。
 彼らは、国家に命を救ってもらったなどと思わないからだ。どんな方法で生き残ったとしても、それなりに後ろめたさがあるからのはずである。
 だから、生き残った自分たちが新しい世の中における人類としての使命を、今まで以上に噛みしめなければいけない。政治家は、生き残ったことを当たり前のように思っているので、まったく今までと違わない、
 しかも、政治家は、人間を選別しなければいけない部署において、
「最終的に決められないのであれば、政党支持によって分けるのもいいんはないか?」  と、自分たちを支持する人を優先的に助けるという考えを示した。
 さすがに、選別委員は開いた口が塞がらなかったが。
「我々は民主主義で選ばれた人間なんだ。過半数以上を持っているから、責任政党となり、政府の中枢でいるんだ。だから、過半数の人間はまず助けられる。その後に人たちは政党指示に比例して選べばいいんじゃない? 個人に関しては、くじ引きであったとしてもね」
 と言い出す始末だ。
「隠蔽すれば、何をしてもいいというんですか?」
 と抗議すると、
「じゃあ、君たちはどうすればいいと思うんだね? その案も出さずに勝手なことをいうんじゃないよ」
 という。
 自分で勝手に想像していることであるが、ハッとしてしまった。
「これって、令和三年の世界にいて、自分が思っていたことではないか」
 ちょうど、伝染病問題が勃発していて、そのワクチン接種の順番をそうするか。
 そして、そのワクチンも、どうやら、最初の一回は国民にすべて行き分かるという保証はない。三分の一が精いっぱいだというではないか。
 その時に優先順位をどうすればいいかということで、さすがに政府はここまでいうことはなかったが、やっていることは露骨な贔屓であった。
「俺たち国民は、お前ら政治家が思うほどバカじゃないんだ」
 と言って抗議していたが、政府は別にどこ吹く風である。
 少々の批判には慣れっこなのだろう。問題は口で言われるよりも、次の選挙で過半数を獲得できるかということだけだった。
 そのうちに、政治家の一人が、
「かつての投票率で優先順位をつければいいじゃないか。どうせ、政治に興味のない連中なんて、助ける必要はないんだ」
 というような言い方をしている人が出てきた。
 それを、何と政府は容認しているようだった。
「確かに言い方はきついが、この国で真剣に生きて行こうと考えている人を優先するのは当然のことである」
 という言い分である。
 さすがにそこで野党を中心とした反政府主義の人たちが声を挙げた、だが、最悪なのは、せっかく野党や反政府主義の連中が声を挙げているのに、肝心の選挙にいかなかったからと言って、見殺しにされそうになっている連中がその運動に参加しないのだ。
 それでも、野党は、
「与党の攻撃は今がチャンス」
 とばかりに、強行に責め立てるが、
「代替え案を出すこともせずに、何を好き勝手なことを野党さんはおっしゃっているのか?」
 と言われると、バックにつくはずの、
「見捨てれる連中」
 は助けてくれないのだから、野党もやる気はない。
 そうなると、当然、法律は制定されてしまい、その法律はそのまま、
「有事の際の優先順位」
 ということで、法案は決定してしまった。
 ある意味、民主主義の発想に一番近いと言ってもいいだろう。
 究極の選択なのだから、しょうがないところがある。しかも、政権与党としても、これによって投票率があがるのは、本当は翻意ではないだろう。
 なぜなら、政権与党としては、なるべく投票率が低い方が、自分たちには有利であるのだが、彼らにとっても、この法律制定は、
「諸刃の剣」
 だと言ってもいいだろう。
 それを考えると、どちらにとっても、利益のない、
「痛み分け」
 でも仕方がないと思っていたが、国民のやる気のなさが、政権維持をさせてしまうというとんでもない世の中になってしまっていた。
 そうなると、ますます、
「高級市民」
 であったり、
「特権階級」
 の連中が、私服を肥やす時代になってくる。
作品名:無限への結論 作家名:森本晃次