時間の螺旋階段
と同僚の刑事に聞かれた。清水と呼ばれた刑事は、
「ああ、桜井君。あとで、このおにぎりも一緒に鑑識に回してくれないか?」
というではないか。
「どうしてですか? この被害者が毒を盛られているとでもいうんですか?」
「いや、そうではないんだけどね。イヌがね」
と言って、清水刑事がまわりを見渡すのを見て桜井刑事も見渡すと、なるほど犬が三匹ほど、こちらを見ている。
そのイヌは先ほど、正孝に懐いてきた犬たちであったが、今は大人しく、ちゃんと少し距離を取ってお座りしながら、こちらの様子を見つめている。
「イヌですか?」
と桜井刑事が訊くと、
「ああ、犬なんだ。彼らは首輪がないことから見て、この公園に生息する野良犬なんだろうけど、ここにおにぎりがこぼれているのに、決して食べようとはしないだろう? おかしいと思わないかね?」
と清水刑事がいう。
「なるほど、でも、お腹が空いていないだけでは?」
という桜井刑事に対して。
「桜井君の言う通りかも知れないけど、三匹いるんだよ。三匹が三匹ともお腹が空いていないというのもおかしいとは思わないかい? 一匹くらいは食べてもよさそうなものだけどね」
と言った。
「分かりました。あとで科学班の方に回してみます」
と桜井刑事は言った。
「それにね。もう一つ気になるのは、この死体はこのベンチに横になっていたということだよね? そのわりに、このおにぎりのこぼれている場所は、少し離れすぎているとは思わないかい? この被害者が胸を刺されて即死だったとすれば、もっとすぐそばにあってもよさそうな気がするんだけど、それを考えると、このおにぎりは、本当にこの被害者のものだったのかどうかも、怪しいものではないかと思うんだ。それに刺される前に持っていて、刺されてこぼしたのだとすれば、刺されてフラフラしているうちに、おにぎりを踏んづけるような気がするんだけど、おにぎりに踏まれた後も、ホームレスの足に、おにぎりを踏んだ痕もないだろう? それを思うと、このおにぎりは、被害者のものではないんじゃないかと思うんだよ」
と、清水刑事は言った。
清水刑事は犬の頭を撫でながら、いろいろ考えているようだった。
桜井刑事の方は、清水刑事に比べれば、まだ新米なのか、少し落ち着きがないような様子だったので、それを見ていると、桜井刑事と目が合った。
それに気づいた警官が、
「ああ、桜井刑事。こちらが今回の事件の第一発見者で、通報してくださった筒井正孝さんと言われる方です」
と言って紹介してもらった。
「これはどうも、通報ありがとうございました。筒井さんは、その恰好を見るとジョギングをされていたんですか?」
と訊かれて、
「ええ、最近の日課なんですよ」
というと、
「偉く早い時間からのジョギングなんですね?」
と聞かれたので、最近の会社の事情と、テレワークになったことで、生活のリズムが変わったことまで話した。
「そうですか、大変ですよね。サラリーマンの方も。リモートワークというのも大変でしょう?」
と訊かれて、
「ええ、そうですね。何しろ通信回線の具合によって、なかなか難しいところもありますからね。書類を作っていて、会社のパソコンにリモートで入って作業していても、通信回線が悪いとそこで固まってしまいますからね。絶えず保存していないと、せっかく作ったり改修したりしたものが、パーになってしまうこともありますからね。それに会議の時亜土でも、決を採る時など、回線の具合で時間差ができて、忖度する人がいたりすると、公正な多数決ではなくなる時がありますからね。本当に困ったものだと思いますよ」
と答えた。
「なるほどですね。我々現場の警察官は、なかなかそういうリモートには慣れていないので、事件が解決した後の調書だったり、報告書を作成する時などは、結構大変だったりもします。それに、警察にも結構重大なデータベースもあるので、そこにアクセスする時に集中してしまったりすると、なかなかうまく情報がすぐに得られなかったりするので大変ですね。そもそも警察って、アナログが主流だったので、なかなか難しいんですよ」
と言って、桜井刑事はこぼしていた。
「でも、警察の人が捜査をするのは、地道な聞き込みだったり、現場の捜索だったり、容疑者を尾行したりするのが主流だと思うので、そこはなかなかデジタル化などできるわけもないので、大変なんじゃないかと思いますよ」
と正孝は言った。
「ええ、その通りです。警察というところは、地道な捜査に基づいて得られた材料から、いろいろと推理して、容疑者を割り出し、証拠を見つけて、逮捕、そして事情聴取。さらに検察官から起訴してもらうところまでが我々の仕事ですからね。テレビドラマなどでは、逮捕するところまでしかなかなか描いてくれないですが。実はその後の方が大変なんですよ。時間との闘いであったり、事情聴取も行き過ぎはいけない。何しろ逮捕から先は。相手には弁護士がついていますからね」
と、桜井刑事は言った。
どうやら、正孝は話しやすいタイプなのか、桜井刑事はついつい余計なことを言ってしまったと思い、すぐに我に返った。
正孝の証言は、さほど重要なものではなかった。
それよりも、桜井刑事が気になっているのは、清水刑事が指摘した、おにぎりの件だった。そのことをボーっと考えていた桜井刑事に、正孝も少し不審に感じ。
「どうされたんですか? 刑事さん」
と聞くと、
「ああ、いやいや、ところで筒井さんは、いつもこの公園をジョギングされるんですか?」
と言われて、
「ええ、ジョギングの時もあれば、散歩の時もあります。特に私のはジョギングと言っても歩いている時もありますから、服装も見た目スポーティですけど、本当にジョギングしている人は、もっとピッチリと身体にフィットした服を着るんじゃないですかね。水泳選手のようなですね」
「そうなんですね。筒井さんは、散歩やジョギングをする時、いつもまわりを意識しながらされているんですか? いえね、今日も気になったから、死体を発見されたんでしょう? いつも気にされているのかな? と思ってですね」
「ああ、そういうことですね。私の場合はあまり気にしていないかも知れませんね。そもそも、嫌なことを忘れたいとか、何も考えたくない時に散歩やジョギングをするんです。散歩にしてもジョギングにしても、大切なのは呼吸何ですよ。呼吸というのは、決まったスピードでするものでしょう? 普段は気にしない呼吸を気にするということは、それだけ他のことを考えていないという証拠にもなると思うんです。もし何かを考えているとすれば、楽しかった時のことを考えているかも知れませんね」
「私もその気持ちは分かります。警察のような地味で、しかも地道な仕事をしていると、何か別のことを考えていて、上の空になることもあるんですよ。本当はダメなんでしょうけどね」
と言って、桜井刑事は笑った。
さらに、桜井刑事は続けた。
「じゃあ、この公園はいつも来ているとしてお聞きしたいんですが、この公園はホームレスは多いんですか?」
と訊かれて、