時間の螺旋階段
実際につかさは知らなかったが、つかさに注目している女性もいて、
「できれば、近づきになりたい」
と思っていたのだが、それだけ、つかさという女性には人を寄せ付けないような、結界のようなものがあったのだろう。
だが、彼女が考えているように、つかさというのは女性としては、分かりやすいタイプのようだ。それは、きっと性格的には素直なくせに、下手に隠そうとすることで、余計に目立ってしまうというのが真相ではないかと思えた。実際につかさを気にしている女性からすれば、
「彼女って、本当に損な性格なのかも知れないわ」
と思われていた。
そんなつかさを気になった男性が、このカメラマンだった。
名刺を見れば、有名雑誌社専属のカメラマンということで、グラビア撮影と書かれていた。
「あなたを一目見て、この人だって思ったんですよ」
と彼は言う。
つかさにとっての、分岐点となるのだろうか。
ホームレスの正体
男が死体を発見して通報して駆けつけてきた警官に職質を受けることになった。
「まず、お名前をよろしいでしょうか?」
と訊かれて、男は、
「筒井正孝といいます」
というと、
「今日は、朝のジョギングだったんですか?」
と聞かれ、
「ええ、そうです。今のこの時代なんで、朝起きるのが早くなったことで、運動不足からか、ジョギングするようになったんです」
というと、
「じゃあ、会社に通勤されているんですか?」
と聞かれ、
「最近になって、やっとテレワークの環境を会社が整えてくれたので、先週くらいから私もテレワークになったんです。だから、早起きの習慣は、時差通勤の時からありましたが、今はその時の影響からか、朝の目覚めが早くなり、しかも通勤時間がいらなくなったことで、余計に時間が余ったので、朝の誰もいない時間に、ジョギングをして、普段であれば目が覚めてから会社に出勤するまでの時間を睡眠に使うということをしています」
と答えた。
「なるほど、帰ってから二度寝をするのであれば、これくら早い時間でないとダメですからね、それであなたが第一発見者になったというわけなのでしょうね」
と警官は言った。
「その通りだと思います。さっきも言ったように先週からテレワークなので、それから毎日、同じ時間にこの公園を通ってジョギングをしているというわけです。今日は、ベンチに何かが置いてあると最初は思ったのですが、近づいてみれば、向こうを向いて寝ている人がいるじゃないですか。さすがにこの時期、何も羽織らずに横になっているというのは自殺行為ですからね。それで気になって行ってみたんです」
「なるほど、今の時期は本当に寒いですからね。この寒さの中で何も羽織っていないというのはあなたでなくても、気になると思います。被害者は向こうを向いていたんですね?」
と言われて、
「ええ、そうです、だから眠っているのかと思ったんですが、動いている様子がなかったので、まさかと思って、声を掛けても返事がない。触ってみると、硬直しているので、ビックリしてこちらに向きを変えようとすると、この人がベンチから転げ落ちたというわけです」
と、説明した。
と、ここまで説明していると、遠くから、聞き覚えはあるが、なるべくならあまり聞きたくはないサイレンの音が近づいてきた。
最初は救急車かと思ったが、どうも違っているようだ。パトカーの甲高いサイレンの音であり、考えてみれば、通報したのが、
「死体を発見した」
ということだったので、出動してくるのは救急車ではない。
救急車では死体を運ばないからだ。もちろん、救急車の中で患者が急変し、死に至っただ場合は仕方がないが、それ以外は救急車で死体を運ぶことはないだろう。
そういう意味では、最初に警察に連絡したのは正解だった。パトカーから出てきた刑事と、鑑識の人によって、その場所は死体発見現場として確保される必要があるからだ。
特にこの場合は、他殺の可能性もある。自殺の可能性もあるだろうが、警察としては、まずは他殺だと思うだろう。どちらにしても、変死であることに変わりはない。鑑識による調査と、司法解剖が行われるのは間違いない。
そして、他殺という可能性が強ければ、所轄で捜査本部が設けられ、本格的な捜査が始まることになるだろう。
刑事がやってきて、鑑識が手際よくバリケードを築いているのを見ると、いよいよこの事件が自分にとって現実味のあることなのだと実感する正孝であった。
刑事が来てから、警官は質問を一時止めた。
「あとで、刑事さんから質問があると思うけど、もう一度同じ質問がされるかも知れないので、重複するのも何だから、とりあえず、ここまでにしておきましょうね」
と警官がいうので、正孝も無言で頷いた、
そういえば、刑事ドラマなどで、家政婦さんや第一発見者の人が、
「また、もう一度最初から言えってか?」
と言って、立腹している光景をよく見た。
まさにその通りなのだろう。
真っ暗では何も分からないので、カンテラのような結構きつい照明をいくつも照らして、鑑識が詳細に調べていた。こういうライトの適正上、影になった部分と明るい部分とが結構違っているので、実際に立体感や見え方で、判別を間違えたりしないのかと、勝手な推測をしてしまう正孝だった。
「死亡推定時刻はいつ頃なんですK?」
と、主任クラスの刑事が訊くと、鑑識は、
「そうですね。正確には分かりませんが、死後、六時間は経っていると思いますね」
ということだったので、
「じゃあ、午後十時半から、十一時半の間くらいということで大体はいいでしょうかね?」
と聞き返すと、
「ええ、その認識で間違いないです」
「死因は、やはりナイフに寄る刺殺でしょうか?」
と訊かれて、
「ええ、間違いないと思います。首を絞められた様子も殴られた後もないようですからね。それに他に刺し傷もなく、一気に抉った様子から見ると、最初から一撃で致命傷を狙ってのことだったと言えるのではないでしょうか? おそらく、声を挙げる暇もなかったのではないかと思われます」
「ということは、即死だったということでしょうか?」
「そうですね、即死に近いと思います。でも、本来の死因とすれば、胸を刺されたことでの出血多量によるショック死ということでしょうね」
「そこに至るまでには時間が掛かるんでしょうか?」
と聞くと、
「いえ、個人差はあるでしょうが、ほぼ即死と言ってもいいくらいの時間だと思いますよ。刺された本人がどう感じたかは、二度と話を訊くことはできませんけどね」
と鑑識は言っている。
「なるほど、そういうことなんですね」
という会話だったが、そこまで話をすると、二人の間に沈黙が流れた。
「この人はホームレスのようですね」
まわりには、この男のこの日の食事だったのか、スーパーのビニール袋に残飯のようなものが入っていた。
米粒も少し入っていて、最後にはお腹がいっぱいで食べきれなかったのかも知れない。
「おや?」
と一人の刑事がそれを見て、急に不思議に思った。
そして、そのまわりを少し見渡した刑事は、頭を傾げて考えていた。
「どうしました。清水刑事」