時間の螺旋階段
と言っていたのだが、それを聞いたつかさは、
「有名大学に行って、将来何かやりたいことがあるの?」
と聞くと、敦子がいかにも戸惑いを見せていた。
「何かになりたいと思ってもいないのに、ただ有名大学に行きたいということのね?」
と、畳みかけるように聞くと、
「大学に入ってから考えるわ。今はとにかく、勉強を頑張るのよ」
「じゃあ、理数系なの? 文系なの?」
と聞かれた敦子は、それもまだ考えていないようで、
「とりあえず、今の目の前のことを精いっぱいやるだけなの」
というので、
「じゃあ、精いっぱい今を生きて、それで、有名大学に入学するというのね?」
というつかさに対して、
「その通りよ」
と、答えるしかなかった敦子は完全に、やられた感を拭えないようだった。
ただ、その話をしてから、一週間もしないうちに、
「私、将来何になるか決めたわ」
といきなり言い出して、つかさをビックリさせた。
「どうしたのよ。いきなり」
と聞き返したが、その時の敦子の表情は、数日前のいかにも追い詰められた時のような顔ではなく、何か吹っ切れたような表情から、
――この間から、ずっと考えていたんだ――
という思いを感じさせた。
それだけ敦子という女性が負けん気が強く、人から言われたことがショックであればあるほど、そこから逃げずにそのショックに立ち向かうという正義感や、実直なところがあるのだということを、思い知らされた。
そんな敦子がいうには、
「私、弁護士になろうかと思うの」
というではないか。
「うんうん、それは素晴らしいと思うわ」
今、敦子に感じたことを総合すれば、おのずと見つかる答えはそこに行きつくのだろうと思えた。一週間という短時間で決めれたのも、それだけ性格が一直線だからだろう。
「弁護士とは言ったけど、検察官かも知れないんだけどね。要するに法曹界に身を置きたいということね」
という。
「じゃあ、大学も法学部に進んで、その後は司法試験の合格を目指すということね?」
「ええ、そうよ。そして、それもまだ通過点。司法試験に合格してから、いろいろ経験することもあるでしょうからね」
と敦子の目はギラギラするほどに輝いていた。
それを見た時、敦子はきっと達成するに違いないと感じた。これが叶わないのであれば、世の中に達成できることなんかないのではないかと思うほどであった。
とはいえ、自分はどうなのだろう?
人には勝手なことを言っておいて、何になりたいなどと考えたこともない。そもそも、敦子のように、今を一生懸命に生きるということすら考えてもいなかった。どちらかというと、高校に入学できたことで、燃え尽きてしまったのかも知れない。
「燃え尽き症候群」
とでもいえばいいのか、目の前に何も目標がないことで、ボーっとしてしまっている自分がいるのに気付いていた。
「かといって、誰かを応援するというキャラでもないし、グレたとしても、別に面白い感じもしないんだよな」
と、つかさは思っていた。
それがつかさの根本的な考えだった。人に流されることもなく、かといって一本線が通っているわけでもない。成績もどんどん下降していったが、とりあえず落ちこぼれにはならなかった。落ちこぼれるほど、勉強が嫌いでもなかったからだ。
何とか卒業し、大学も一流と言われる学校には入ることができたが、そこでも何をやりたいということもなく、ある程度無為に過ごしていた。敦子の方は、目標が決まってから、目標に向かって自分で計画を立て、それを忠実に守りながら勉強し、第一志望の京大法学部に入学できた。
東大にしなかったのは、東京という街があまり好きでないことと、京大には自分の目指すべき尊敬する教授gいるということだったので、ちょうどよかったのだ。
「そんなに自分で自分を縛って、それで面白いの?」
と聞いたことがあったが、
その時に敦子は、
「そりゃあ、面白いわよ。だって、自分で脚本を書いて、自分で演じて、自分で監督も演出もするのよ。こんなにすごいことはないわ。それにね、これでだめでも後悔はしないもん」
と言っていた。
最後の言葉は、敦子の本心かどうか分からない。つかさに話を合わせてくれたのではないかとも思うのだ、とにかく見ている限り、
「非の打ちどころのない、完璧な人間」
それが敦子だった。
自分の知り合いにそんなすごい人がいるのだということは、大学生になってから、離れて暮らすようになってから感じた。
一緒にいる時は、そばにいて当然だっただけに、どんなにまわりが尊敬のまなざしを向けようとも自分とは対等だという意識があったが、離れてみると、どうしても他人事のように思えてくる。
それだけに、目線が下がってしまって、
「あんなに遠い存在だったんだ」
と、敦子がまるで自分の手の届かないところに行ってしまったような気がして、少なからずのショックを受けた。
それまでは、なるべく何事も気にしないようにして、
「自分が後悔しないように、言い訳が聞くくらいのところをうまく立ち回っていければいい」
というくらいの感覚でいたのだ。
そういう意味では言い訳が上手になっていたのかも知れない。
入った大学では、一流大学とはいえ、入ってしまえば、中学から高校に入学した時ほど、自分のレベルが影響してくることはなかった。
勉強の内容もまったく違うし、試験も高校までとは全然違う。
高校までは、設問に答える問題だったり、穴埋めだったりが主流だったが、大学の私見というのは実にシンプルで、
「○○について書きなさい」
という問題が一問出されるのが普通だったりする。
文章力も重要であるし、勉強した内容をどれだけ文章の中に織り交ぜ、辻褄が合わないような回答にならないようにしなければいけなかった。
だから、大学の試験は高校までと違って、
「暗記ではなく、想像力と、創造力が試されるんだ」
ということである。
ある意味、面接を筆記にしたような試験という見方もできる。面接でも、
「○○について、思っていることを話してください」
などというのもあったりする。
大学に入る時、面接もあったが、確かそういう質問だったような気がする。あの時は適当に答えたつもりだったが、面接官の人は興味深く聞いていたような気がした。表情を変えないのは面接官なのかも知れないが、興味を持って聞いてくれていると思ったことで、少なくとも、いい加減な回答はしなかったと思う。本当に感じていることを、自分の言葉で答えただけだ。それが、面接を受ける側としての、姿勢という意味では、いいことなのではないだろうか。
つかさは、筆記試験は、あまり自信がなかったので、合格できるか不安だったが、何とか合格できたのは、ひょっとするとこの面接がよかったからなのかも知れないとも思っていた。
だが、さすがにそれだけであるわけもない、筆記試験も、それなりによく、合格点に達していたのかも知れない。
大学を卒業することには、完全につかさと敦子の間では、明らかな差がついていた。それでも、敦子の方はよくつかさに連絡をくれたが、つかさの方はさすがに、大学時代にはそのすべてに返事を帰すことはなかった。