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時間の螺旋階段

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 被害者をなかなか特定できずに、三日ほど経ったある日のことだった。それまで事件現場近くの住宅街で被害者を知っている人がいないか、あるいは、行方不明者がいないかを調べていたが、なかなか見つからなかった。二日目からは県警にも行方不明者を当たってもらったが、なかなか該当する人が見つかることもなかったが、それが四日目になって急転直下で被害者が分かることになったのだが、それが意外なところからの情報であった。
 この話が出てきたのは、まったく違うところから、まるで湧いて出てきたような話からだった。
 警察に詰めている新聞社の記者が、辰巳刑事に相談があると言って、話をしてきたことから始まった。
 その番記者は、そもそも週刊誌のライター出身だったのだが、ここ数日、何かに思い悩んでいるような雰囲気を、辰巳刑事はすぐに察して気にかけていた。
「何か悩み事でもあるんですか? それなら話くらいは訊きますよ」
 と、その記者に話した。
 以前、辰巳刑事が自分の刑事としての限界を感じていた時、その記者に相談とまではいかないが、一緒に呑みに行ったことがあって、その時に言ってくれた言葉がきっかけで立ち直ったことがあった。
 たぶん、その記者は自分の言葉の何が辰巳刑事の心を打ったのかわからなかったのだろうが、自分の話で立ち直ってくれたことが嬉しくて、お互いにそれから、昵懇になった。プライベートでも一緒に呑みに行ったりと、きっと、勧善懲悪型の辰巳刑事に対して、週刊誌であったり、新聞などというマスコミという、広い範囲から狭く見ることに対して長けている彼の存在は尊いものだったのだろう。
 だから、今回は逆に辰巳刑事は、
「自分が今度は彼を助ける番だ」
 とばかりに話を訊こうと思ったのだ。
 辰巳刑事の性格をよく分かっているだけに、本当は余計に話していいものなのかどうか迷った新聞記者だったが、話しかけられてしまったのであれば、もう隠しておくことはできないと思ったのだろう。
 新聞記者は、話しにくそうにしながらも、意を決して話始めた。
「辰巳刑事は、週刊誌などの記者で、特ダネを得ようとする記者がどこまでのことをしているかということはあまり詳しくは知らないでしょうね?」
 と切り出した。
「うん、新聞記者などのマスコミというと、警察という立場から見ると、警察のように公務員であるがために、ガチガチになっているのとは反対に、少々危ないことでも、ギリギリまで冒険して書くというイメージがあるんですよ。つまりは、我々警察がもっとも嫌いな職業の一つなのかも知れないね」
 と、これが他の新聞記者であれば、絶対に話すわけもないような話をぶちまけたのだった。
 それでも、その新聞記者は神妙にしていて、その言葉に反論しようとはしなかった。いや、反論する気力もなかったというべきか、顔はまずます真っ青になっていくようで、これ以上彼を追い詰めることは、せっかく何かを言ってくれようとしている相手に対して失礼であると思ったのだ。
 なので、それ以上責める口調をやめると、彼はゆっくりと口を開き始めた。
「これは、話していいことなのかどうか迷ったんだけど、もし、これを言ってしまうと、新聞社、雑誌社などという垣根を超えて、マスコミ業界に大きな衝撃になるので、本当であれば言いたくないのだけど、殺人事件ということもあって、もし、これをマスコミが何も喋らずに事件が解明されないままに終わってしまったり、警察に先に解明されてしまえば、今度はマスコミがそれどころではない状態に陥ることが分かっているということを前提に、話させてもらうんだが……」
 という少し長い前置きの中で、
「警察も、事件によっては、内偵であったり、おとり捜査などということもやっているだろう? 麻薬捜査などの場合がそうなんだと思うけど」
 というと、辰巳刑事は少し怖い顔になって頷いた。
 まさか、話がこっちの方向に向かってくるとは思ってもいなかったので、話を訊くと言った手前後には引けないのだが、心の中で、少し後悔している自分がいた。どうやら、アンタッチャブルなところに踏み込んでしまったらしいということが分かってくると、自然と表情がこわってきてしまうのも仕方のないことであろう。
「業界でも、特ダネをたくさん輩出していることで有名な、旭日出版という会社があるんだけど、そこは、少々ヤバい方法で取材ネタを拾ってくるということで、業界の間では公然の秘密になっていたんだけど、そこの一番の売れっ子というか、特ダネ回数の多い記者が最近行方不明になっているんだ」
 と訊かれて、
「いつから何だい?」
 と聞くと、
「ここ数か月くらいなんだが、誰も見かけた者はいないらしい」
 というので、
「それはどういうことなんだろう? 当然、捜索願は出しているんだろうね?」
「ええ、出してはいると思うんだけど、でも、警察は捜索願を出しただけでぇは、簡単に捜索はしてくれないだろう? よほどの事件性でもない限りね。だからひょっとすると捜索願は出してはいるけど、本当に捜査してくれているかどうかもよく分からないんだ」
 という。
 確かに警察というところは、事件性がなければ、ほとんど警察は取り扱わない。一般の人は捜索願を出せば、警察が捜索をしてくれると思っているかも知れないが、それは大間違いだ。
 よほど、何か確証になるものがない限り、捜索はしない。
 例えば、遺書のようなものが見つかったり、部屋の中から血の付いた凶器、あるいは、毒薬でも見つかれば、自殺、あるいは犯罪に関係があるとして、警察は捜索を行うが、そうでなければ、まず捜索を行うことはない。
 また、女性などであれば、失踪する前に、ストーカー被害に遭っているなどで、被害届があれば、捜索をするかも知れないが、これもあくまでも、その度合いにもよるだろう。
 あまり長く捜索を続けることもできず、打ち切られることもあるだろう。辰巳刑事は、自分が警察の人間だから、内情はよく分かっている。その中で自分が、
「警察官であるがゆえに」
 という前提の下に、せっかく勧善懲悪を目指して警察官になったにも関わらず、ガチガチの縦社会による理不尽なことがここまでたくさん存在していることには本当に憤りを感じている。
 だから、思い悩むことも多く、
「本当は勧善懲悪を成し遂げたいという気持ちがあるなら、上を目指さなければいけないのだろうが、上を目指すには、勧善懲悪ではいけないという理不尽な矛盾が存在していることで、今後どのように警察で生きていかなければいけないかを、絶えず考えないといけない」
 と考えていた。
 しかし、事件は待ってくれない。一生懸命に刑事としての仕事をまっとうしていかなければいけないことも分かっている。まずは全体を一気にただすことなどできるはずもないので、目の前に起こっている事件を一つ一つ解決していくことが、今の自分の責務であり、実際に高みを目指すという意味でも必要なことだ。
 そもそも、辰巳刑事は、コツコツと目の前の仕事をこなすということには長けている。警察学校時代にも、先生からは、一様に、
「彼は、コツコツとこなしていく努力家型だ」
 という評価を受けていた。
作品名:時間の螺旋階段 作家名:森本晃次