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時間の螺旋階段

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 と思ったのは中学の頃で、それまで結構悩んでばかりいたのだが、思春期の中学時代、好きになった男の子に告白できなかったことで、気が付けば違う女の子と仲良くしているのを見せつけられるようになったことを、今でもトラウマのように思っているからだ。
「あんな思いをするくらいだったら、ダメで元々と思って、玉砕覚悟で告白してればよかったんだわ」
 と考えていたのだ。
 それだけに、今回の決断は度胸がいるのは確かだったが、
「もう後悔したくない」
 という思いへのリベンジだと考えれば、容易に決断できるということにも繋がってきているように思えた。
 電話にはすぐに出た京極氏だったが、声の様子は確実に喜んでくれていた。それは、つかさが電話してくれるという予想をしていなかったことから、
「予期せぬ回答に、嬉しい誤算」
 だったのかも知れないが、つかさのもう一つ考えているのは、
「私が回答するのを最初から分かっていて、自分の予感が当たったことへの喜びから、声が弾んでいるのかも知れない」
 とも考えられる。
 要するに、その声からだけでは判断できないが、京極氏の目論見に沿っていることは間違いないのだから、喜んでくれたことを、つかさも素直に受け止めればいいのだろう。
 そう思っていると、
「さっそくですが、いつお会いできますか?」
 と言われたので、
「そうですね。バイトがない時であれば構いませんよ」
 と言って、そこでスケジュールを合わせてみた。
 考えてみれば、誰かと待ち合わせをすることもほとんどなかったのだということを思い出させるものだった。待ち合わせをするとしても、バイトの飲み会などなので、逆にスケジュールは分かっていることだけに、いちいち調整する必要などなかったのだ。それだけに、自分で調整しているスケジュールを、次第に楽しんでいる自分に気づいたつかさであった。
「じゃあ、明後日の夕方五時頃に待ち合わせしましょうか?」
 というので、
「ええ、お願いします。待ち合わせは駅でいいですか?」
 というと、
「いいですよ、つかささんが都合のいいところでですね」
 ということで、待ち合わせも即決だった。
 電話を切ると、その楽しみな余韻がまだ残っていたが、
「服装はどんなので行こうかしら?」
 と急に考えた。
 まあ、別にその日は打ち合わせというだけなので、普通にラフな服装でいいような気がする。きちっとした服装よりも、少し可愛らしさを出したような服の方が好きだし、
「何よりも好きな服を着ていくことが一番いいのではないか」
 と考えたが、それが正解なのだろう。
 久しぶりに洋服ダンスの扉を開けて、持っている服を引っ張り出して見てみた。
「思ったよりも、可愛い洋服を持っていたんだ」
 と、自分でもいつ買ったのか覚えていないような洋服が揃っていることにビックリしていた。
 好きな服装としては、やはり清楚な服がいいだろう。白いワンピースなどいいかも知れない。お揃いで買った帽子もあるので、それを着ていくと、喜ばれるのではないかと思った。
 しかし逆に思ったのは、
「もう私も三十歳。もう少し落ち着いた服の方がいいのかな?」
 と思ったが、そう思って洋服箪笥を見ると、意外と落ち着いた系統の服はなかった。
 かといって、派手でケバい服があるわけではない。清楚系の少女を思わせる服が多かった。そう思うと、化粧も薄くしていく方がいいのではないかと思うのだった。
 待ち合わせの駅に着くと、彼が待っていてくれた。
 まるで本当のデートのような気がして、考えてみれば、デートらしいデートというのはしたことがなかったような気がした。大学も女子大で、友達は合コンに明け暮れていたが、つかさはお呼びがかからなかった。
 もっとも、つかさの方も自分から行こうとも思っていなかったので、声が掛からなくてもすねるようなこともなく、
「自分には関係のない世界なんだ」
 と思うことで、落着していた。
 結局白いワンピースに、白い帽子という、まるでお嬢様風の服になったのだったが京極氏はそんなつかさを見て、
「なかなか、いいですよ」
 と言ってくれた。
「つかささんは、パスタは好きですか? パスタが自慢の馴染みのバーがあるので、ご一緒したいと思いましてね」
 というではないか。
 まずは食事なのかと思ったが、バーというと、お酒だけではなく、食事を楽しむためのところであることは知っていたので、京極氏の提案に反対するつもりはなかった。
 そもそも、つかさはバーというものに行ったことがない。どんなところなのか興味があった。
「こじんまりとしたお店なんですが、まだこの時間だとそれほど客もいないので、ちょうどいいでしょうね」
 と言っていた。
 時期的に、伝染病も大きな波を超えたこともあって、時短営業も解除されていた時期だった。
「やっと、再開できてホッとしているんですが、なかなかお客さんが戻ってきてくれるという保証もないので、不安の方が大きいですね」
 とマスターが言っていたが、バーの入っている雑居ビルの他の店では、すでに閉店を決めている店もあるようで、一抹の寂しさがあるようだった。
「つかささん、お好きなものを選んでくださいね。この店の自慢h自家製の麺なんですよ。タマゴやホウレンソウ、カボチャなどを練り込んだ麺になっているので、いいですよ」
 と言っているその横に、麺を裁断する機会があった。写真では見たことがあったが、実際に見てみると、結構いいものだと思えてきた。
 店は確かにこじんまりした店だった。カウンターには十人も座れないくらいで、テーブル席は二つあるだけだった。入ってきた時にはあまり気にはならなかったが、カウンターの奥には一人で呑んでいる客がいて、よく見るとバーというよりも、居酒屋が似合いそうな初老の男性で、背筋を丸めて飲んでいる姿には、哀愁が感じられた。
 居酒屋だと寂しさを感じるのだろうが、バーだと寂しさというよりも、別の感じがしてくる。
 調度の具合からなのか、その男性の影が壁にくっきりと映っているが、その男性の姿の数倍くらいはあるのではないかと思える影の大きさが、本人よりも印象深く感じさせ、それが寂しさを逆に感じさせない魔力なのではないかと思うのだった。
 つかさと京極氏が入ってきた時、一瞬、こっちを見た気がしたが、すぐに目線を下に逸らしたようだ。それだけに最初は印象があまりなかったのかも知れないが、座って落ち着いてみると、その男性の視線が気になってそちらを覗いてみたが、こちらを見ている感じがしない。
「気のせいなのだろうか?」
 と思ったが、やはりこちらを気にしているようだった。
 店のカウンターは「L字」になっていて、斜め前を見ると、その男性を見ることができる位置に座っていることになる。気にするかしないかというだけで、視界には入っているのであった。
「このお店は、時間を食べるんだよ」
 とその男性がボソッと言った。
「えっ?」
 とつかさは思わず声に出したが、隣の京極さんは、何も言わずに、これでもかというほどに目をカッと見開いて、その男性を見つめていた。
作品名:時間の螺旋階段 作家名:森本晃次