悪魔の保育園
そこで、交換士が、聞き耳を立てるように、受話器を当てた耳の向こうに神経を研ぎづませたが、何やら、
「ざわざわ」
という音がするだけで、
「本当に向こうに誰かいるのだろうか?」
ということであったので、再度。
「もしもし」
と聞いてみるが、何もいう気配ではなかった。
隣にいた、もう一人の交換士が、その電話から、現在位置が分かる。GPSをオンにしているかどうかの疑念を持ちながら、確認してみると、果たして、相手の現在位置くらいは分かった。
そこで早速、一番近い所轄に連絡を取り、その場所に赴いてもらうように考えたが、
最初に電話を取った人もしばらく様子を見ていたが、
「ダメだ。返事がない」
ということで、二人の意見も一致していて、所轄に電話を掛けると、
「よし、わかった。ちょっと訪ねてみよう」
と言って、GPSのデータを共有する形で、交換士と連絡を取りながら、その場所に近づいていった。
「それにしても、何もしゃべらないというのは変ではないか?」
と一人がいうと、
「そうなんだ。しかも、受話器の向こう側に、まったくの人の気配を感じないというのも、おかしなものなんだ」
というではないか。
その話は、所轄の刑事も分かっていて、一人を交番勤務の巡査部長と落ち合って、その場所にいくことにした。
「相手も警察が来たと思えば安心するだろう」
それに、もし何かの事件に巻き込まれているのであれば、
「ヤバイ」
と思い、志半ばで諦めるかも知れない。
さすがにそれだけのリスクは負えないのだろう。
GPSを辿っていい-くと、そこは、学校だった。高校なのだが、今の時間が、夜の十時、表はそれなりに人通りはあるが、この時間に学校が開いているとは思えない。
果たして学校に行ってみると、当然のごとく、学校の正門は、閉まっていた。
インターホンのようなものがあり、警備員がいたので、警備員に説明をして、中に入れてもらうことにした。
「でも、ここは高校ですよ。どうして一般の人の携帯がここから使われたんでしょうね」
と、警備員がいうと、
「それは何ともいえないですね。何かがあって、学校に逃げ込んだとかいうわけでもなさそうですしね」
と刑事がいうと、
「それはそうですよ。私だって見回っているんだし、門を乗り越えない限り、入ってこれるわけはありませんからね」
と警備員がいうのだった。
「GPSによるよ-と、この少し向こうですね」
と言って、刑事がその先を指差した。
「こっちは、2年生の教室になりますね」
と、警備員がいい、さらに進んだ。
そして、ここまで教室が並ぶ中で、少し様相の違う。そして、教室とは雰囲気の違う部屋があったが、どうやら、表からは見えないようになっているようだった。
「ここは?」
と刑事が聞くと、
「ああ、ここは教員室になります。いつもだったら、まだ仕事をしている教員の方もいるんですが、今日は誰もいませんね」
と警備員が言った。
教員室は、完全に真っ暗だった。しかし、目を凝らして見ていると、何かがうっすらと浮かび上がっているかのように見えた。
「何か、光のようなものだろうか?」
と、一瞬前に思ったことと、真逆のことを感じたことで、身体にゾクッとしたものを感じたが、それも、自分で、
「何かがおかしい」
と思ったからだった。
さて、歩きながら考えたことなので、一瞬だったはずなのに、まるで、5分くらいは、そこにとどまって考えたことのように思えた。
つまり、
「こんなに真っ暗なのに、もっと時間がゆっくり過ぎてもいいのに」
と感じながら、かなりの時間がないと考えられないようなことを想像したというのは、自分の中で、おかしな感覚があったのだった。
教員室に、後ろ髪をひかれるような感覚を感じながら、そのままゆっくりと教員室を通り過ぎ、まっすぐいくと、いよいよ目的の教室が近づいてきた気がした。
目的の教室は、
「2年2組」
と書かれていた。
その教室の中に、警備員が先に入り、勝手知ったるというべきか、真っ暗な中で迷うこともなく電機のスイッチに手がいったのだ。
「カチッ」
という音がしたかと思うと、2段階で、電気がついた。
蛍光灯というのとは違うのだろうが、徐々に明るくなっていくのを感じると、今流行りの、
「LED電球の蛍光灯なのだろう」
ということは、容易に想像がついた。
電気がついたところで、刑事が部屋を見渡すと、少なくとも誰もいなかった。誰かがいれば気配で分かるし、かといって、誰かが暗闇に紛れて脱出したのだとしても、物音や気配で分かるというものだ。
その感じがまったくなかったので、
「最初からここには誰もいなかったんだ」
ということに変わりはないようだった。
だが、GPSは明らかにここを示している。それなのに、人の気配がしないとはどういうことであろうか?
電気がついたことで、警備員は、懐中電灯の明かりを消して、蛍光灯の明かりで見ることにした。
「誰もいませんね」
と警備員が言ったのと同時に、刑事は、床に落ちているスマホを見つけた。この電話から通報があったのは、間違いないようだ。
交換士から聞いた話では、この電話をかけてきた人と、話をしたわけではないという。
「相手は、ずっと無言で、息遣いさえも聞こえなかったんですよ。何かあったんだと思うので、ちょっと言ってみてください」
ということだったのだ。
急いで来てみると、その場所は学校で、拍子抜けしたというのと、真っ暗だということで、味わうスリルさ、それを思うと、急にゾクゾクとした寒気が感じられたのだ。
「まるで肝試しのようだ」
と、刑事は思ったが、警官の手前、そんな不謹慎なことを口にできるはずもない。
さて、そんなことを考えていて、まっすぐに歩いていくと、落ちていたスマホを見つけたのだった。
スマホには、ロックが掛かっていなかった。
「変だな」
と思ったが、そこの設定からプロフィールを見ると、確かにその電話番号からの通報だった。
刑事はまわりを再度見渡すが、やはり誰もいない。
そして、スマホを見ていると、その中にある写真が気になったので、見てみることにした。
フォトアプリを開いてみると、結構いろいろな写真が保存されていた。
そのほとんどは、女の子の自撮りっぽい写真が多く、ピースサインをしているもの、何かを食べようとしているもの、さらには、おいしそうな食事など、
「なるほど、これを投稿しようとしたか、すでに投稿しているものなんだろうな」
と感じたのだ。
どうやら、古いものからの並び替えのようになっているようで、一番古い写真が、4年くらい前のものだった。
さらに、進んでいくと、今度は、途中から、男の写真も出てきた。
仲良さそうに写っているのを見ると、
「これは彼氏なんだろうか?」
と思ったが、かなりの確率で彼氏だと思えるほどのツーショットだった。腕を組んでいる写真。抱き合っている写真までもがあった。
そして、さらに進んでいくと、今度は、言葉では言い表せないような淫蕩な写真が出てきた。
「エロ写真の類」
と言われても仕方がないもので、女が全裸で、カメラ目線で微笑んでいる。