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記憶喪失と表裏

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 そんなことを思っていると、れいなの方も菜々美に対する感情が、いくつかの段階を通り越して、
「もう、顔を見るのも嫌だ」
 というくらいにまで発展していた。
 二人が劇団にいても、まったく別のところに座っている。れいなは、以前から所属していたので、少しは寄ってくるくる人がいた。しかし、まったくの新人で、しかも、友人というと親友になってくれたれいなくらいのものだったので、自分からそのれいなを遠ざけたのだから、まわりに誰かが来ることはない。
 しかも、れいなとは親友だったはずだ。劇団人の団結は、他のサークルなどに比べて、かなり深いものであることは、団体の中の個人も、他の団体の個人にも分かっていたはずだ。
 それなので、一度入ってしまった亀裂が元に戻ることは難しいのかも知れない。このままでいくと、菜々美かれいなのどちらかが劇団を辞めてしまわない限り、この状態をどうすることもできないだろう。
「今まで味わったことがないはずのこの孤独感と、その孤独感の裏側にあるマヒした感覚。まるで昨日のことのような気持ちを、一日経ってもまた感じるようになるというのは、どうしてなのだろう?」
 と、菜々美は感じていた。
 そして、別の意味で意識したのは、
「この感覚は過去にあったことではなく、未来に感じることのような気がした。それも実に近い未来で、その未来を予知しているということを分かっていながら、認めたくないのは、裏にあるマヒした感覚があまりにもリアルだからである」
 という感情からだった。
 感覚がマヒしてしまうという思いは過去にもあった。いや、むしろ、定期的にあったような気がするのだ。
 しかも、その思いが、自分だけではなく、れいなにもあったのではないかと思ったのは、「親友というと性格も似ていると思われがちだが、磁石の同極のように、相反するものではないかと思う。しかし、れいなと同じ天真爛漫で天然なところがあるのは不思議な気がする」
 と思っていたが、それなのに親友でいるというのは、
「一口で表す性格は同じであっても、その種類が違っているのかも知れない。それはお互いに分かっていたはずではないか?」
 と、菜々美は考えていた。
 れいなはしばらくすると、劇団に来なくなった。理由もハッキリと分からないようで、団長が菜々美に聞きにきた。
「先日、れいなが、しばらくこの劇団を休みたいと言ってきたんだけど、菜々美さんはなにか聞いている?」
 と聞かれた。
「いいえ、初耳なんですねど」
 と、答えたが、それは本当であった。
 菜々美にとっても、れいながどういう気持ちでいるのかということを分かりかねていた。れいなのように普段から天真爛漫な人は、自分もそうだけに分かるのだが、何か都合が悪くて、その人から遠ざかる時、理由を言いたがらない。
 これは実は本心ではなく、本当は言いたいのだが、相手が分かってくれるはずがないという気持ちが一番強くなり、そのせいで、まるで殻に閉じこもったかのようにまわりから見られてしまうのだ。
 それを、本人が損だと思うよりも、それ以上に、自分の事情を話す方が嫌だと思う。だから、気持ちをまわりに打ち明けようとしないのだ。
 れいなにとって、菜々美に裏切られたと感じたのは、菜々美が思っているよりもかなり強く感じているようで、会った時やすれ違った時に、顔を見ようとしないのは、目が遭った瞬間に、どんな表情になるか、自分でも想像がつかないからであろう。
 菜々美は、最初こそ、れいなを意識していたが、それは意識しないようにしようと思えば思うほど、意識してしまうからだった。
「じゃあ、却って意識するようにすればいいのか?」
 とも思ったが、それこそ本末転倒である。
 それを思うと、どちらにしても、意識せざるおえないのであれば、後はこの思いに慣れてきて、感覚がマヒさせるだけしかないのではないかと思ったのだ。
 ようするに、
「時間が解決してくれるまで待つ」
 これしかないと思っていた。
 時間の経過というのは、最初こそ時間がなかなか経ってくれないものであるが、次第に時間の感覚がマヒしてくるのを感じると、どんどん時間の進みに比べて、忘れていく意識が加速する方が早いと感じられるようになる。
 だが、それは錯覚によるもので、実際には、それ相応に時間が経ってしまっているのだった。
 時間が経つことにマヒしてしまったのだと言えるのだろうが、そう思ってしまえば、忘れてしまうまでというのはあっという間で、気分も随分と楽になるというものだ。
 そんなことを感じていると、今度は無性に寂しさがこみあげてくるように思えた。理由がどうであれ、苦しんでいる親友を見捨てたのは事実だ。しかも、その理由としても、実に曖昧なもので、もし、自分がれいなの立場だったら、許すことなどできないだろう。
 そう思うと、れいなに背を向けた自分を恥ずかしく感じる。元にも取りたいという意識もあるのだが、実際にそれができないのは、一度背を向けてしまうと、元に戻すことがどれほど厳しいことなのか分かるからだ。
 キチンと歩んできた二人の関係を、少しでもたがえてしまったら最後、戻そうとする場合に、どこに戻るのか分かったものではない。下手をすると、自分の知っているれいなとはまったく違う人が自分の前に現れるかも知れない。それくらいなら、少しでも元に戻れる可能性が残っているのであれば、今の状態を続けるしかないと思っている。
 つまり、
「ゴールは未来にしかなく、過去にゴールは存在しない」
 ということだ。
 もし過去に行って、過去の歴史を変えてしまうと、どんなに些細なことでも、次の瞬間には本当に進むべき未来とは違う未来が無限に開けてしまう。どこに進むか分からない未来だ。それを思うと。菜々美は恐ろしくて、過去を振り返ることができない。
「またここでも、タイムマシンのパラドックスを感じてしまうなんて」
 と、菜々美は自分を因果に感じていた。
 その応報がどのような形で現れるのか、考えただけでも怖かった。その不安を払拭するには、とりあえず、今は演劇の練習に没頭するしかないと思うのだった。
 考え方として、
「答えは未来にしかない」
 というのは、本当は当たり前のベタ過ぎる話であった。確かに歴史の答えも未来にしかないと単純に考えれば、それを正しいと思うだろう。
 しかし、冷静になって考えると、少し違っていると思うのはおかしいだろうか。
 何かの答えをほしいと思った歴史の事実が今であれば、確かに、
「答えは未来にしかない」
 と言えるだろう。
 つまり、ちょっとでも過去になれば、過去から見た未来には、今から見れば、答えはすべての場合がありえるのだ。
 一つは、本当に未来である場合。そしてもう一つは、一番可能性としては低いが、現代がその時における未来である可能性である。
 しかし、答えが見つかった今だからこそ、その時に立ち戻って、
「ああ、本当に答えは未来にあったんだ」
 と言えることに気づくからである。
作品名:記憶喪失と表裏 作家名:森本晃次