記憶喪失と表裏
そんな菜々美のことを、団長はよく分かっていた。元々団員のことはよく分かっているつもりだったが、菜々美三関しては別だった。だが、そんな目に気づいたのか、今度はれいなが、菜々美に嫉妬するような気分になっていた。
ただ、菜々美との親友としての関係は崩したくない。そのため、ただの自分の予感というだけで菜々美のことを疑ったり、嫉妬したりというのは、菜々美に失礼だと思うようになっていた。
それがれいなの性格であり、天真爛漫で天然なところは、実は菜々美にもあって、その部分はお互いに見えないところにあったようで、そういう意味でのまさかの共通点だったと言えるのではないだろうか。
れいなが自分の気持ちに正直で天真爛漫なところがあることから、自分がれいなに惹かれていることに、最初の頃の菜々美は気付かなかった。
惹かれているというのは、れいなをオンナとして見ているからであり、それを認めたくないという思いが、れいなを意識している自分に気づいた時に、菜々美は感じたのだ。
男性を好きになったことが、あまりない菜々美だったが、こんなに簡単に女性だと好きになるのだと自分でもビックリしていた。
確かに、小学生の頃は、男子よりも女性によくモテたりした。
その傾向が中学に入っても変わらなかったことで、女性にモテることに違和感がなかったというべきか、感覚がマヒしてしまっていたのだろう。むしろ、女性が女性からモテることは当たり前のことのように感じていた。
菜々美は、よく告白をされていた。
「付き合ってください」
と正直に言ってくるのだが、付き合うということがどういうことなのかよく分からなかった。
中学の修学旅行では、だしぬけにキスされたこともあったくらいだ。
「何するの?」
と反射的に抵抗したが、相手の女の子はひるまない。
そう、菜々美に積極的な女の子はまったくひるむことはなかった。普段は可愛らしい女の子だと思っている子に限って、行動は大胆だった。主導権は完全に相手に握られていた。
だが、相手が求めるのは、男性役の菜々美だったのだ。女性と一緒にいる時は、凛々しくしかもたくましい。そんな菜々美を男子は、男性としての本能からなのか、あまり近寄ってくることはなかった。
それに比べて、ひっきりなしに女性が寄ってくる。押しの強さに負けて付き合ったりしたこともあったが、付き合い始めると、相手は従順だった。
――ネコって、あの子たちのようなのをいうのかも知れない――
と菜々美は感じた。
しかし、それを感じた時、ふと何かの矛盾を感じた。
「猫というのは、犬と違って、従順ではあるが、それは表面上だけで、実はわがままなものだ」
と言われているではないか。
菜々美に近づいてくる女性の大部分は、確かに従順だが、何を考えているのか分からない子もいた。
「私は男性には興味がなくて、菜々美さんに憧れているんです」
と言われて、菜々美もその気になっていた。
女性の中には、同性から好かれることを嫌がって。気持ち悪いと思っている人も多いようだが、菜々美は自分が男性からはモテないと思っているから、言い寄ってくる女性を拒否することができないだけだったのかも知れないが、実際に女性に言い寄られると、押し切られてしまった時、嫌な気はしなかった。
菜々美は、女性が醸し出すフェロモンに次第に惹かれていったのだ。
中学時代など、体育の授業で、着替える時の更衣室での匂いに、気が遠くなるほどの快感を覚えていた。香水の匂いがしてくるわけでもなく、女性独特の臭いが、密室に立ち込めていたのだ。
それを嫌がる人はいなかったが、フェロモンを異常に感じてしまい、その雰囲気に酔う生徒は確かにいたが、部屋を出ると、その余韻は消えているようだった。だが、その余韻を残したまま、その感覚はその日一日消えなかった。
お風呂に入っても消えることはなかった。抱きしめたくなる衝動に駆られながら、それができなかったのは、まだ理性が残っていたからだろう。
自分に酔っている時ほど、理性を強く感じることはなかった。それは強い思いに対しての反動が沸き起こってくることによって、隠された自分の本性が、強く表に出てくるのではないかと思ったからだった。
「レズビアン」
という言葉を、中学時代に初めて聞かされた。
友達の中には、異常性癖に興味を持っていて、独自にいろいろ調べていたようだが、そのうちに、一人で黙っていることができなくなったのだろう。聞きたくもないと思っていた菜々美に対して、
「性教育」
を始めたのだ。
しかも、いきなり強烈で、
「原始時代しか知らない人に、明治維新からの話を始めるようなものだ」
と感じさせられたものだった。
そんな中で、菜々美が気になった言葉が、
「気持ちいい」
という言葉であった。
その言葉を、まるで耳元で囁く、女色の女の子は、まず耳から刺激をして、麻酔に掛かってしまったかのような身体が、マヒしながら条件反射で身体あビクッとしている感覚を味わってると、胸を沢われても、どこを刺激されようが、感覚は同じだった。
すでに胸の鼓動は激しくなって、身体も熱くなってくる。そのくせ、汗が出てくるわけではないのだが、自分の身体から淫靡で厭らしい臭いが発散されていることに気づくのだ。どんなにきつい臭いであっても、自分の身体から発せられるものは気付きにくいものである。餃子を食べて、まわりは一律に、臭いと思っているのに、その臭いを感じないのは自分だけだというような感じである。
それなのに、自分のフェロモンの匂いを感じる。
「いい匂いだと思っているから、感じるのかな?」
と思ったが、そうでもないようだ。
しかも、他の人のフェロモンの匂いとは、どこかが違っている。同じ匂いでも、決してまじりあうことはないと言わんばかりのその匂いに、菜々美は気絶寸前になっていた。
まじりあって異臭と化すことも、十分気絶するに値するものだが、同じ匂いがまじりあうことがないのに、鼻腔を強く刺激しているにも関わらず、その強さに意識を失いそうになりながら、ギリギリ耐えている。それも、一種の快感なのだった。
匂いというものが、同性愛と密接にかかわっていることに、中学生の頃から気付いていたのかも知れない。その匂いに関する思いが、
「気持ちいい」
と言われた時に感じた思いを思い出させ、その時が自分の性の目覚めの原点だったように思った。
女性にばかり興味があると言っても、男性を毛嫌いしていたわけではない。ただ、男性からよりも女性から言い寄られたり、自分が意識する人が多いというだけで、男性に脅威がないわけではなかった、
むしろ、まったく知らない男性に興味がないはずもなく、ちょっとだけ中途半端に知ってしまった女性の魅力をもっと知りたいと思う方が、圧倒的に強いからであった。
男性と初体験をするよりも、女性と身体を重ねる方が早かった。男性との初体験は、
「儀式」
であり、女性と身体を重ねることは、
「禊」
だと思っている。