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記憶喪失と表裏

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 日本にだって、浦島太郎のような、タイムマシンや相対性理論を思わせるような話が存在したのだから、同じくらいの時代にロボットについての発想が生まれていたとしても不思議ではないだろう。
 ヨーロッパではルネッサンスという中世n芸術が花開いた時期なのだ。日本もないとは限らないのではないだろうか。
 そんな昔に思いを馳せていると、自分が演劇に夢中になる理由も分からなくもない気がする。
「時代は繰り返すっていうけど、これくらいの時代で周期しているとすれば、興味深い気がするな」
 と、菜々美は感じたのだった。

             フェロモンと同性愛

 劇団の中で、前述のように仲良くなった新人の子がいたが、その子の名前を、竹内れいなと言った。
 彼女とはよく一緒に食事に行ったり、稽古をするようになった。それまではほとんど一人で稽古をしていたのだが、それは、他の人に見られると恥ずかしいという思いと、緊張してしまうという思いとが交錯するからであった。
 れいなは、菜々美より一つ若かったが、劇団では新人とはいえ、先輩である。年齢が一つ上でも、劇団員としては相手の方が上なので、相手を立てていたが、最初は向こうも年齢が下だということで、遠慮していたようだ。
 それでもお互いに相手のことを気遣っているのがぎこちなかったのだが、それはお互いに忖度しているからではないかと思うことで、それぞれに相手を遠ざけようとしているというよりも、相手から遠ざかろうとしていることで言い訳をしているように感じたのだった。
 しかし、最初はどちらが最初だったのか、歩み寄ったことで、距離が一気に縮まった気がした。
「へえ、そうなんだ。お互いに遣わなくてもいい気を遣っていたということなのかしらね」
 と、菜々美がいうと、
「ええ、そのようですね。何か私もお姉さんができたような気がして嬉しいんです」
 というれいなを見て、
「これで、関係性は決まったわね」
 と、菜々美は感じた。
 自分から、相手を、
「お姉さん」
 と言ってしまったのだから、もう、その時点から菜々美はお姉さんである。れいなを包み込むような気持ちになって、れいなも身体を預けるように菜々美を受け入れようとする。
 劇団の立場とは関係なく、二人の間には、姉妹に似た感情が芽生えていた。
 これは親友に対してのものとは違っている。今まで親友などというものを持ったのはおろか、友達関係になった人もあまり今までいたことがなかっただけに、菜々美は劇団員に感じていた恥ずかしさや緊張が一気に解れてきて、れいなと話をしているこの自分というものが、
「天真爛漫な性格なのではないか?」
 と思えるようになった。
 自分のことを、どこか天然だという意識はあったのだが、天然ということの本当の意味がよく分かっていなかった。
 他の人に、
「天然ってどういう人のことをいうのかしらね?」
 と、白々しくも聞いてみると、
「自分では、真剣そのものなんだけど、どこかずれていて、まるで、ネジが一本外れているかのように見える人、でも、それでも憎めなく感じられる人というのが、私にとっては、天然と言える人なんじゃないかって思うんですよ」
 と言っていた。
 それは学生時代のことであり、誰かから、突拍子もない時に、自分のことを、
「あなたって、天然ね」
 と言われたことがあった。
 その時、その言葉が出る一瞬前、その場が固まってしまうほど、一瞬、何が起こったのか分からなかったが、急に相手が笑い出し、
「菜々美さん、やめてよ。本当に起こるわよ」
 と言って、さらに、
「本当に天然なんだから」
 と言われた。
 その直前、つまり、固まった空気と笑い出す間に流れた空気が、あったことは分かっているがそれがどんな空気だったのか、菜々美には分からなかった。相手には分かっていたのだろう、それでないと、
「天然なんだから」
 などという言葉が出てくるはずもない。
 それを思うと、菜々美にとって、天然という言葉の意味が何なのか、そのうち分かることになるのだろうが、それはきっと、誰かに教えられて感じることに違いないと思うのだった。
 菜々美と、れいなは、お互いに相手のことが手に取るように分かっていた。菜々美はれいながどうすれば喜ぶのか、れいなも菜々美がどうすれば喜ばすことができるのかが分かっていたようだった。
「まるで双子のようだね」
 と団長がいうと、
「そんなことありませんよ」
 と、声を揃えていう。
 お互いに目を合わせると、照れたように俯く二人だったが、団長が見ていて二人とも喜んでいるようにしか見えなかった。
「そういえば、二人とも、双子のように似ていると、それぞれにいうと、まるで示し合わせたかのように、顔が似ていないのに? と聞いてくるんだ。それを思うと、おかしくてね。お互いに示し合わせているわけではないと分かっているだけに、余計に、楽しく見えてくる」
 と、団長が言ったが、そんな団長を見るれいなの顔が、
「私は、この人のことが好きなの」
 と言っているように見えて、微笑ましく感じられた。
 菜々美は、団長のことを、好きではあるが、男性として意識をする感覚ではなかった。どちらかというと、
「お兄さん」
 という雰囲気に感じられて、
「やっぱり、この二人はお似合いだわ」
 と感じていた。
 れいなの天然なところを、冷静な目で制しながら、
「しょうがないな」
 と言って、笑みを浮かべて、これまた楽しそうにしている団長の顔が浮かんでくるくらいだった。
 だが、団長はれいなのことを、妹以上には見ていないようだった。そのことをれいなに告白されて、
「そうなのね」
 と呟いた菜々美だったが、自分がどうして団長のことをお兄さん以上に感じないのか、分かった気がした。
 そこが自分とれいなとの一番の違いだと思った。
 れいなは、自分の気持ちに素直になり、気を遣うところはしっかりと使いながらも、最後は自分の力を信じて、押してくるのだ。
 しかし、菜々美の場合は、途中まで真剣に相手と接しているくせに、いざとなってくると、急に臆病になるのか、勢いが衰えてくる。それを相手の男性は冷めてきたように見えるらしく、
「せっかく、こっちがその気になってきたというのに、最後にはこちらの意向を無視して、自分でさっさと見切りをつける。いかにも女だなって思わせるところがあるんだ」
 と男性に思わせてしまうらしい。
 ただ、その女性らしいところというのは、本当は別れる時によくあることで、付き合っている。あるいは、これから付き合おうとしている相手とでは、女性らしさという意味では少し違っているように思えた。
 だから、相手の男性は途中まではせっかくうまく付き合っていても、最後は自然消滅のようになってしまうのが菜々美だった。
 だから菜々美は、
「私は今まで、男性とまともに付き合ったことがない」
 と言っているが、実はいいところまで行っても、相手に誤解を与えることで、最後には自然消滅のような形になり、しかも、それを菜々美が認めたくないという思いから、
「男性と付き合ったことがない」
 などということが平気で言えるのだった。
作品名:記憶喪失と表裏 作家名:森本晃次