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骨散る時

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「ああ、大丈夫だよ。最初は過労ということだったんだけど、講義中に意識を失って倒れたんだ。念のために精密検査をしようということになって検査をしてみると、少し心臓に疾患があるということで、この間手術を受けたんだが、成功ということで、その後のリハビリもあるので、もう少し入院が必要だということなんだ。さすがに完治というわけにはいかないが、それなりによくなっているということで、年齢的なものもあるので、うまく付き合っていくようにすれば、大したことはないと医者も言ってくれているんだ。そういう意味で、俺としても、ずっと教授の仕事をあまり休まずにやってきたので、ここらで少し休息もいいだろうということになって、気楽にやっているところさ」
 と、今まで仕事をしていた人間のいうことなのかという思いを抱かされた松永は、苦笑いをするしかなかった。
「元気で何よりだ。それにしても、本当に久しぶりだな」
 というと、
「ああ、そうだよな。お前が新人賞を取ってから後、結構苦労していたのを影で見ていて、俺もいたたまれなかったんだけど、それだけに、なかなか声もかけにくくてな、そのうちにどちらからともなく変な遠慮をするようになって、結局会話もないままに、縁遠くちゃったったからな。俺はそれが苛立たしかったんだ」
 と、佐久間は言った。
「それは俺だって同じこと、お互いに自分の道を切り開こうとして、一生懸命に自分の道を歩んでいるからな。どちらかが挫折すると、相手が羨ましくも見えるだろうし、それが相手も分かるから、声もかけにくい。それを思うと、どうしていいのか分からなくなるというのが、俺たちの関係だったんだろうな。だから、結局会話もままならなくなってしまって、行きつく先は、交わることにない平行線というわけだったんだな」
 と、松永が言った。
「でも、こうやって再会したんだ。気持ちが繋がるものがあるでんだろうな」
 と佐久間がいうと、松永はこれまでの自分たちのことを考えていた。
 佐久間の方も、今は独身だ。
 一度好きな人ができて結婚すると言っていたが、縁遠くなって久しいので話を訊く機会がなければ、よく分からない仲になっていた。
 風のウワサで聴いたのが、佐久間が離婚したということだった。松永としてみれば、
「結構簡単に離婚したんだな?」
 と思っていたが、実際には十数年の結婚生活だったという。
 ずっと独身で、毎日の変化がまったく感じられず、三十歳を過ぎてからは、毎日があっという間に過ぎていて、三十歳からこの年になるまで、本当に短かったという雰囲気が醸し出されているようだった。
 だが、結婚生活というのは、期間ではないだろう。数年しか一緒にいなくても、充実した毎日を送っていて。ふとしたすれ違いから別れることになったとすると、案外とあっという間に別れてしまえるような気がした。だが、お互いにジワジワ相手を嫌いになっていったのだとすれば、離婚までに行き着くのは結構難しい。どちらかが離婚したいと思うと、相手は変にしがみつこうとするもののようで、気が付けば離婚が迫ってきているはずなのに、何かを躊躇している。
 お互いにあるはずのない未練を探そうとしているかのようだった。
 未練などというのは、相手に持つものではなく、自分で割り切ることのできない執着心が惨めに何かにしがみついているだけだろう。そういう意味で、未練が残った時点で、すでに修復は不可能だと思ったとしても、それは無理もないことであった。
「男女の仲はなさぬ仲」
 という言葉を聞いたことがあるが、果たしてどういう意味なのだろうか?
 子供はいなかったという。それが幸いしたのか、それとも、子供ができなかったことが原因ではないかという憶測もできる。
「まさか、どちらかの不倫?」
 などと、外野の勝手な憶測だったが、いまさら言っても仕方がないだろう。どちらが悪いにしても、お互いに分かっていることであろうし、分かったうえでの離婚だったのだろうから、それは仕方のないことのように思う。
「佐久間もひょっとすると、今の俺のように、人との関係に疑問を感じているのかも知れないな」
 と、まるで、自分と同じ意見であってほしいという思いが、松永の中にあった、
 だが、さすがにいまさら離婚したことを話すわけにもいかない。いくら検査入院だとはいえ、入院している人間に追い打ちをかけるようなことをするのは忍びない。
 そもそも、お互いに気まずいくらいにぎこちなくなっている関係ではないか。せっかくこの機会にかつての仲の良さを取り戻したいと思っている気持ちに水を差すのは愚の骨頂であり、お見舞いということでは、完全に本末転倒な行為であることは否めないことだろう。
 しかし、そうなると何を話していいのか考えてしまう。何しろ人と関わることを自らで拒否してここまできた松永だっただけに、いざとなると、どうしようもないと思うのだった。
 部屋に入ると、佐久間は一人、点滴を打たれていた。ホッとした気分になったのは、他に見舞客がいなかったことだった。
「もし、他に誰かいれば、挨拶だけして帰ろう」
 と思っていた。
 挨拶というのも、
「知り合いがこの病院に入院しているので、その人の見舞いに来たついでに、君が入院していると聞いたので、ちょっと寄ってみただけなんだ」
 というつもりだった。
 しかし、これはあまりにも失礼だ。
「ついで」
 という言葉は言ってはならない言葉だったからだ。
 そんなことを言えば、相手を傷つけることは当然で、怒りさえ抱かせてしまう。なんのために見舞いに来たのか分からないというものだ。それならば、何も言わない方がマシだと言えるのではないだろうか。
「やあ、佐久間君、久しぶりだね」
 と声をかけると、こちらを最初は不思議そうな顔で見ていた佐久間が、すぐに笑顔になって、
「ひょっとして、松永君かい? いやぁ、久しぶりだね。君がお見舞いにきてくれるなんて思ってもいなかったので、嬉しいよ。でも、どうして分かったんだい?」
 と聞かれたので、
「新川教授から聞いたんだよ。最近、馴染みのスナックで、新川教授と仲良くなったんだけど、そこで、君のことを聞いてビックリしてお見舞いにきたというところなんだ。元気そうで何よりだよ」
 というと、
「それはわざわざありがとう。最初は検査入院だったんだけど、その時に心臓に少し疾患があるということだったので、手術をしたんだ。うまく取り除けたので、今は安心しているところなんだけどね」
 ということだった。
 その時点での松永は、佐久間教授が手術をしたというところまでの情報は聞いていなかった。それだけにビックリもしたが。回復に向かっているというのを聞くと、少し安心した。
――なるほど、個室というのは、そういうこともあるからなんだろうな――
 と感じた。
 それでも、個室で一人、点滴を打っているのを見ると、痛々しく感じられる。輸液の量を見る限り、まだ点滴を初めて半分を過ぎたくらいであろうか、あと三十分くらいは点滴を打っている状態なのではないかと思うのだった。
「松永君と、こうやって二人で話をするというのはいつ以来だろうね。大学時代が最後だったかな?」
 と言われたが、
作品名:骨散る時 作家名:森本晃次